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歌劇場が煙に包まれる夜(4)

「お入り、そこに座って。そっちのあんたも」


女性は顎をしゃくって二人を狭い部屋の中へ招き入れた。

部屋の中にもエキゾチックな色とりどりの布が垂れ下がっていた。

それをかき分けて、奥の椅子に座る。


部屋には怪しげな香が焚かれ、様々な薬草や呪術めいた面などが天井や壁からぶら下がっている。

竹でできたかごの中には派手な色のオウムが一匹こちらを威嚇していた。


「女の子を泣かせていいのはベッドの中でだけよぉ王子様。まだまだチェリーちゃんねぇ」

「悪いが下ネタに付き合うほどの時間はないんだ」

「そっちのあんたもねぇ、何でも鵜呑みにしちゃ駄目よぉ。誇りを持って必死で出来ることを…なんてお綺麗な話だこと。毎夜嫌々男に触られて、こんなことがしたかったんじゃないって悩んでるコはごまんといるわ。その逆で性に合って仕方ないからずっと続けてるっていうアタシみたいな淫乱もねぇ」

「生々しい話を吹き込まないでくれないか。また泣くと困る」


イーシャと名乗った彼女は、この娼館の経営者兼占い師であるらしい。

よく話を聞くと彼女は新大陸から海を渡ってやって来た元ジプシーで、元はここの娼婦だったが母国から持ち込んだ占いが当たると評判になり副業で占い師をやっているのだと言う。


色っぽく笑いながら後ろの棚から何やら色々と準備している。

その正面に座らされたライナは、年下の癖にライナを子供扱いする生意気なフォルクハルトを睨みつけた。


「もう泣きませんったら。先程の痴態はお忘れください」

「嫌だね、良い歳して仕事中に号泣したってアガーテに報告してやる」

「さっきは王子様が召使いを身売りさせに来たのかと思ったけど、随分仲がいいんだねぇ」


イーシャは何やら親指大のオレンジ色した種子を籠に盛り、石版のようなものと共に持って二人の正面に座った。

その揶揄する声色にフォルクハルトは僅かに顔を顰める。


「クビになったうちの元使用人です。変な勘ぐりはやめて頂きたい」

「あらぁ、それじゃ今は関係ないの?ならあなたもここで働く?」

「えっわたくしがですか!?」

「うまくすれば主演女優よぉ。あなた幸薄そうな顔だけど作りはそう悪くないし、胸も…まぁまぁね。ウブでお嬢様然として潔癖なトコもきっとお客様喜ぶわぁ。たくさんお客を取ればすぐ大金持ちになれるわよ」


クスクスと笑いながらイーシャがライナの頬や胸に触る。

あまりに驚いて固まっていると、バンと大きな音がしてライナは首をすくめた。

フォルクハルトがテーブルを叩いたのだ。


「ふざけていないで、占いを頼む」


見れば、フォルクハルトはニッコリと笑顔で不機嫌そうな低い声を出すという器用な芸当をしてのけて、イーシャを脅した。

王子として人前では爽やかで優しい好青年を保つフォルクハルトの珍しく乱暴な所作にライナは驚いた。


「何を急いでいるのです、王子?まだ歌劇が終わるまでは時間がございますわよ」

「ウフフ、可愛いんだから。分かってるわよぉ何が聞きたいの?」


どうやら冗談だったようで、イーシャはすぐにライナに触れていた手を引く。

自分から面白そうだと一緒に来ておいて不機嫌そうなフォルクハルトは暫く放っておくことにして、ライナはイーシャに事情を説明した。


「なるほど?それじゃ妖精の楽園ってのがどこかにあって、そこに行くには歌劇場が煙に包まれる必要があるってわけねぇ?」

「えぇ。それで、占い師様の使う煙草の煙が何か関係あるのではないかと思いまして」


ライナの説明に、イーシャは悩ましく息を吐いてテーブルに肘をついた。

零れ落ちそうな胸が一層強調されて、ライナはギョッとする。


「確かに、今日の演目は『ティターニア』よぉ。妖精の国に行くならお誂え向きね。アタシも昔は女優を目指した口だけど、ティターニアの舞台に立つのは難しいのよ。何故だか分かる?」

「存じません。わたくしは歌劇を見たことがないのですわ」


ティターニアは神話を元にした歌劇だ。

女神の眷属である天使だったティターニアが、女神の庭から果物を盗んでしまった所から物語は始まる。


女神は悲しみ、神々の裁判によりティターニアは堕天し妖精として下界へ。

下界では妖精の奴隷だった人間達が蜂起し妖精と戦争をしている所だった。

ティターニアは、悪いのは長年人間を虐げて来たのは妖精だから人間達を解放して戦争を辞めて平和に暮らそうと、妖精達を説得する。

妖精達は全然言うことを聞かないが、一生懸命説得するティターニアの気持ちが天界に通じて女神が降臨し、争いは平定される。


ティターニアは女神に功績を認められ、再び天使として天界へ戻れることになった。

しかしティターニアは妖精の女王となる道を選び、女神のために妖精達が今後悪さをしないように見張ると誓った。

そして女神によって懲らしめられた妖精達を連れて妖精の国へ帰っていく、というのがストーリーである。


ライナは下級貴族なので歌劇など見たことはないが、ストーリー自体は本にもなっているので知っている。

イーシャは女優を目指した若い頃を思い出したのか、ウットリと語ってくれた。


「魔法をたくさん使うのよぉ。妖精の女王が空を飛んだり、光ったり。最後なんて必見よ、女王が妖精の国に帰る時、煙になって消えるの」

「煙?」


ライナとフォルクハルトは顔を見合わせた。

二人の期待を察したらしいイーシャが蠱惑的な笑みを浮かべて首を振る。


「だけど、ティターニアが上演されたからって本当に妖精の国に行っちゃった人なんていないわよぉ。本当に妖精の国に行けるとしたら、何か他に秘密があるはずよ」

「それがイーシャの占い煙草なのではないか?そなたの煙草は、神や精霊と人間を繋ぐ聖なる煙なのだろう?」

「えぇそうよぉ。アタシの産まれた国では長老が毎朝煙草の煙を神へ捧げるの。その煙の行方でその日何をしたらいいか決めたわ。煙草は神と対話する道具だったってわけ」

「それでは…!」


ライナが胸の前で手を組んだ。

イーシャは再度首を振る。


「駄目なの。今アタシの占い煙草は切らしているの。故郷の国から荷物が届かないのよぉ。仕方ないから今は別の方法で占いをやってるんだけど、それはこの種を使う方法だから煙は出ないわ」


イーシャの言葉に、二人は口をポカンと開けて固まった。

ややあって、フォルクハルトがギギギと首をライナのほうへ向けたのが分かった。

見なくても分かる、お前の不運のせいではないか?と言いたいのだ。


ライナは落ち着こうと一旦目を閉じた。

海を越えて荷物を輸送しているのは、この国の交易を担うアンダーソン家の会社だ。

つまり、荷物が届かないのはアンダーソン家のせいである。

決してライナの不運のせいではない。大丈夫。


「な、何か!何か代わりになる物はありませんの?煙草というのは、乾燥させた葉に火をつけて煙を吸うものでしょう?この国で、代用できる植物はありませんか?」

「そうねぇ、要するに神の力を持つ植物だったらいいのだとは思うけど…」


と、その時ライナの脳裏にトカイアスの言葉が浮かんだ。

『あたくしは天界からこぼれ落ちた種で育った葡萄なの』


「天界の植物なら、一つ心当たりがあります。お酒を飲んで育つ、天使がワインを作る為の葡萄の樹。それならいかがでしょう?」


イーシャは胡散臭そうに目を眇めた。

そして、徐に目の前に置いた竹籠の中から種子をいくつか手に取ると、それを石版の上で石を使って潰し始めた。

占いが始まったのだ。


イーシャは何やら異国の言葉を呟きながら種を潰して出来た茶色い粉を手で石版に広げる。

どうやら魔力を込めているらしい。

すると粉は鈍く青く光り始め、うぞうぞと虫のように石版を這い始めた。


「石版に手を置いて?」


顔を上げたイーシャに促され、ライナは石版の上に掌を置いた。

粉はライナの手を避けて円形に広がったが、掌がヒヤリとした石版に触れると再度寄ってきてライナの手に群がる。

虫に集られているような気持ち悪さに身震いした。

その様子を真剣に見つめていたイーシャは、頃合いを見計らって再度異国の言葉を発した。

蠢いていた粉が意思を失ったようにピタリと止まった。


「……。その植物のことはよく分かんないわねぇ。でも分かったこともあるわ。女王が妖精の国に帰るとき、その煙に聖なる樹の皮を燃した煙を混ぜるのよ。そうすれば道は開く。アタシの占いはそう言ってるわぁ」

「ありがとう存じます!きっと、トカイアスのことですわ!」


ライナが石版から手を離すと、粉は綺麗に石版に残りライナの手は綺麗なままだった。

ライナはその手でお小遣い袋に入っている僅かなお小遣いをテーブルに出した。

フォルクハルトが怪訝な顔をする。


「もうそろそろ第一幕が終わる頃だが、その葡萄の樹とやらに行って帰ってくる時間はあるのか?今日は千秋楽だぞ」

「が、頑張れば行けます!王子、もう少し協力してくださいませね。わたくし一人では外に出られても戻って来られません」

「それは構わんが…」


ライナは慌てて立ち上がった。

トカイアスに樹の皮を貰えるか交渉する時間を入れると、ティターニアが妖精の国へ帰る第二幕の終盤まではもうそんなに時間がない。

するとイーシャが二人を呼び止めた。


「これはサービスよ、貸してあげるわぁ。アタシが占いで使ってる煙草を吸う為の道具」

「占い師様、ありがとう存じます」


渡されたのは動物の角のようなものだった。

細かな装飾が彫られたそれは、先端のほうに穴が開いていて綿が詰められている。

根本のほうは切りっぱなしで、そこに葉を詰めて火をつけるような仕組みになっているらしい。


ライナはそれを握りしめてフォルクハルトと共に娼館を飛び出した。

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