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俺とアクマ  作者: エニシ
3/8

第二話  不審者でしかない男

 今日も夜の時間がやってきた。


 夜に人が休むなんていうのは、もう御伽噺の中の絵空事。夜にこそ人はその醜悪な性を露にする。

 喧騒と欲望。悪意と暴力。箍の外れた理性と鎌首を持ち上げる本能。

 太陽の光は罪を咎め、月の光は罪人を隠匿する。

 そしてそれは化け物も同じ。


「離れなさい」


 太陽は見えず、月は雲の合間から顔を覗かす。それでも人工の光が、街を照らす。されど蛆虫はその偽りの光さえお嫌いなようだ。

 煌びやかな街灯と看板。客引きの声。たむろする若者の笑い声。規則正しく闊歩する足音。

 それも遠く隔たれた路地裏に、集団が一人の少女を囲んでいる。男が四人。知性の足りない顔立ちだ。服装も実用的とは思えず、それがファッションだとすると生まれる時代を間違えているとしか言いようがない。何ですその髪型。笑っていいのか呆れればいいのか微妙な線だ。


「何だ、この女」

「かっちょいいね。正義の味方だ」

「混ぜて欲しいなんじゃない?」


 笑い出す男たち。何か面白いことを言ったのか。笑いのつぼが難しい。

 一人の男に口を塞がれ、男たちの中心で服の乱れた少女。懇願の眼差しで私を見つめる。

 これから行われただろう行為を思えば、こいつらに生きている価値はない。未遂ですんだことなど弁明ではなく、少なくとも不能にすべきだ。けれど、それがどんな蛆虫だろうと一般人は巻き込んでいけないのが組織のルール。なんて応用性のない規則。

 顔を男たちから逸らした視線の先。

 取り押さえられた少女の真上。

 淀みが溜まり、『生成』されようとしていた。強い感情を核に、悪意が渦巻く。危険だ。


「もう一度言います。死にたくなかったら、その少女から離れなさい」

「はぁ? 何言っちゃってんの、君」

「はいはい。ボクたちと一緒に楽しいことしましょうねぇ」


 腕を捕まれる。着ていた制服に皺がよる。大変だ。早く殺菌しないと。

 鬱血しそうなほどに強く捕まれた腕が引っ張られ、そのまま慣性の力でもう一人の男に投げられた。私を待ち構えようと男の一人が腕を広げたが、勘弁です。これ以上制服に雑菌が付着するのは遠慮したい。

 投げ飛ばされた力を利用して、待ち構えていた男のみぞに肘を打ち込む。反撃などまるで予想にしていなかった男は九の字に身体を曲げた。そのまま足を振り上げ、脳天へ踵落し。それから後悔。パンツ見られたかしら。


「て、てめぇ!」


 男たち二人がこちらに迫る。が、しかしその手はこちらに届きはしなかった。


 遅かったか。


 宙に吊り上がる二人の男。私に迫った男たちは何が起こっているのかわからず恐慌の声を上げる。耳にうるさい。けれど見捨てるわけにもいかない。だけど見ないふりは可能です。

 カラカラ、と化け物は雄たけびを上げる。建物と建物にその長い手足を伸ばし、五本目と六本目の足で男二人の頭を鷲づかみ。

 しかし、おかしい。生まれたばかりの幽魔がもう肉体に干渉できるのですか。


「な、何だ!?」


 少女を取り押さえている男が呻いた。『なぜか』宙に浮き苦しむ男二人を眺め、呆然としている。一般人には何が起こっているかわからないだろう。その原因たる少女にも。

 注意力散漫の男に向かい走り、顎に右ストレート。軽い脳震盪を起こした男は膝を付いた。少女の拘束が解かれる。


「こっちに!」


 少女も男同様に現状に対し理解が追いついていないだろう。されど混乱の極みにありながら、男の手が離れたという事実は認識したようだ。掻き乱された服の前を両手で隠しながらこちらに向かって走ってくる。少女を抱きかかえ、背中に回した。

 と、同時に男二人が地に落ちる。半開きの口から舌を出し、泡が吹き出ていた。死んではいないだろう。多分。けれど精神のほとんどを食い荒らされたようだ。


「今までの幽魔と違いますね。生まれたばかりなのに肉体干渉が可能。しかし人の肉体を取り入れることができず、精神を喰らう。生まれたばかり赤子が成熟した大人か。どっちです?」


 返事はない。期待はしていないですけど。六足歩行の幽魔はその恐怖を貼り付けた仮面を回す。三百六十度回転が終えると、こちらに向かって這い始めた。しかも、動きは予想外に速い。思わず鳥肌が立つ動きだ。生理的に受け付けない。


「代行する!」


 神の代行者たるキーを入力。掛け声に呼応し、闇から光が産声を上げ、私の両手に収束する。ぬぅ、油断し過ぎでした。時間がない。間に合うか。

 幽魔の手が迫る。デジャブ。さっきは男たちの手だった。けれど目の前の化け物がそれを止めた。子の生み親に対する慈悲か、復讐か。しかし、今この凶悪な暴力を止めるのは自分しかいない。私の後ろには震える一人の女の子。

 間に合え。


「はっ」


 まだ生成途中だが自分の力を信じた。光が形作るそれを幽魔の腕に向ける。淡い光の奔流が弾け、私はその腕を薙いだ。


「キュウルウウウウララッ!」


 幽魔の悲鳴。腕が裂け、裂けた部位から消滅していく。闇に塗りつぶされた身体が光の粒となって浄化されていった。しかし、傷が浅かったか、それも腕一本消しただけで終わる。


「不浄の者を殲滅せよ。白亜の双剣、ルギア」


 光を終えて手元に残るのは、美しく装飾された十字架を掲げる白色の双剣。

 私に相応しい煌びやかさ、清純さ。

 私の神器。


「行きます」


 追い討ちをかけるために足を踏み出す。大した力もない幽魔。規定外のことに驚きもしたが、倒せない敵ではない。勝てる。

 勝利の確信。踏み出した足。しかしそれは一人の人間の、思いの込められた力に遮られた。


「行かないで」


 背中に抱きつく少女。足が踏み出せない。

 このまま私が去ってしまうと思ったのか。幽魔の仮面と同じ、抗い難い恐怖の表情を浮かべ、少女は私に懇願する。涙をその目尻に浮かべて。

 乱れたその服と共に同情を誘う姿だが、今は焦りしか込み上げない。少女には幽魔が見えない。戸惑う私の元に五本になった足の幽魔が駆けてくる。

 絡む少女の腕を強引に撥ね退ける。それで間に合う。

 だけど、身体は動かなかった。

 焦りしかない。嘘です。焦りの奥に弱さがあった。縋りつくそのか弱い手を、跳ね除けることなんてできはしない。


 救いを求めるその手が跳ね除けられる絶望を、私は知っているから。


 幽魔が跳躍した。路地裏に僅かに差し込む光さえも遮って、化け物が私たちへとダイブを決め込む。勘弁してください。ばっちぃのは嫌いです。

 武器を放し、少女を抱いた。目を瞑る。

 大丈夫。まだ弱い幽魔だ。死にはしない。ただ後の先輩の説教がうるさそう。ごめんなさい、如月先輩。後は任せました。介抱をお願いします。ただエッチなことをしたら潰します。不能にします。っていうか長いですね。まだ落ちてこないのですか。もういい加減いいでしょう。

 気になる。すごい。

 うっすらと目を開けた。相変わらず光は遮られている。けど、隙間から溢れる光が視界を少しはマシにした。幽魔の身体なら、溢れる光などありはしない。あの巨体だ。じゃあ、今光を遮っているのは?


 目を完全に開ける。シルエットになっていたのは一人の男。


 少女に暴行をしようとした男たちではない。全身真っ黒なジャージ。後姿からは判断できるのは、あとその目の前の男がニット帽を被り背が高いということだけ。

 誰? そして、何者?

 幽魔が串刺しになっていた。男の腕が幽魔の腹を貫いている。普通の人間にできることではない。だけど、代行者のはずもない。素手で戦える代行者なんて聞いたこともない。

 何より。

 男から溢れる気が、清らかなものではなかった。代行者というよりも、幽魔に近い。淀み歪んだ負のオーラ。悪魔か、魔者か。いえ。でも、姿は人間にしか見えない。

男が腕を振る。貫かれていた幽魔が壁に叩きつけられ、その体を崩壊させていった。消滅ではない。当然だ。幽魔を消滅させられるのは、私たち代行者だけ。負の念は拡散しながらもこの世に留まり続けている。

 しかし男はそのことを気にするふうもなく、幽魔が散った場所へ歩むと腰を下ろした。そして何かを拾い上げると、それを口に含む。

 咀嚼の音が反響した。人の声がどこか遠い。

 まさか、魔種を喰べているの?

 男がこちらを振り向く。恐怖に体中が総毛立った。どこかゆったりとしたその動作。唾を飲む。振り向いたその男の顔は――


「不審者!?」

「何!?」


――不審者だった。


 ニット帽にサングラス。おまけにマスクをつけて、ここまで見事な不審者は見たことがないというほどの不審者ぶりだった。

 少女を抱いて後ずさる。少女は現れた男に怯えた視線を送っていた。私に抱きつく力が増す。まともな反応だ。


「近づかないでください。警察を呼びます」

「お前な。命の恩人に対して」


 呆れた声でため息を吐く目の前の男。やけに人間臭いその動作に、少し緊張が解ける。ただ、警戒は解かない。目はきつく男を睨んだまま。あと馴れ馴れしくお前とか呼ばないで欲しい。言葉で汚されます。


「まったく。……しかし、へぇ。幽魔に対して戦える人間が他にいたんだな。あいつそんなこと言わなかったくせに」

「戦える、ですって? それはこっちのセリフです。代行者でもないのに、何で……」

「代行者、ね。まあ後で聞いてみっか。じゃあ、俺急いでいるから」


 男は座り込む私たちの傍を通り、悠然と人の群れの中へ歩いていく。正気ですか。その格好でここまで来たと?

 じゃなくて。


「ま、待ちなさい! まだ話は」

「女の子をよろしく」


 マスクをずらし口元だけを覗かせながら、不敵な笑みを浮かべ男は去っていった。私は追うこともできないまま、佇むしかない。悔しさに唇を噛んだ。震える少女を胸に抱き、携帯を取り出す。

ピポパポナ、と。

 幾度の呼び出し音の後、聞こえてきたのはいつも通り軽薄な先輩の声。その足りないと思わせる口調に苛立ちを感じるのが常のことだが、今日はなぜかほっとする。


「如月先輩? はい、掃討終了しました。ただ、気に掛かることがあって。……いえ、違います。はい。大丈夫です。そうではなくて、その、第三者の介入がありまして。不思議なんですけど、はい。また後ほど詳しく報告します。ただ言えるのは、恐らくここ最近の幽魔の異変、多分その男が関係しています」


 下弦の月は空に上る。太陽はまだ見えない。

 夜は長い。明けるのはまだ先だ。



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