表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺とアクマ  作者: エニシ
2/8

第一話  魔を喰らう俺様

ダークとジョークが混じりあう、そんなお話。

 

 幽魔と呼ばれる存在がいる。

 悪魔や魔者などとは比べられぬほどに下級の存在でありながら、それらの根源に位置する精神生命体。

 幽魔は人が残した感情の残骸だ、とアクマは言っていた。強く焼き付けられた感情は人の身体を離れ、場に癒着するらしい。そしてその場を通りすがる人の気を喰らい、幽魔はその身を成長させる。最初は少し体調を悪くさせる程度の影響力しか持たないらしいが、幽魔は成長に従いその害意も増すようになり、最終的には人の肉を喰うに至るのだそうだ。幽魔が精神ではなく人の肉を喰ったとき、幽魔はその名を悪魔に変える。ゲームで言うなら、レベルアップ、という感じだろうな。

 精神生命体が人を喰うことで肉体を得て、悪魔になる。

 悪魔には固有の不可思議な力もあるらしいから、まず『ただの』人間が勝つことは無理なのだそうだ。


 ばーかばーか、と鼻で笑ったアクマの顔を思い出す。

 溢れ出る押し殺しようもない殺意に思わずテレビのリモコンを隠したが、アクマの忠告も嘘ではないだろう。

 悪魔はまだ無理だ。だから幽魔だと決めていた。



 夜の街を疾駆する。ネオンの光が目から目へと移り消えていく。人の隙間を縫うように走ると、肩がぶつかり周囲は迷惑そうにこちらを見るが、すぐに関心を失って視線をそらした。怒鳴る輩もいるにはいたが、耳には自己防衛フィルターを装着しているので聞こえない。ふり。

 目指しているのは人目を避けた街中に潜む小さな公園だ。背後へは目を向けないが、確かに気配はついてきていた。人ではない。三体か。まあ、そんなところだろう。

 十分、駆けた。七割のペース。公園に足を踏み入れ、乱れた息を何とか整えながら振り返る。四体いた。あれ、おかしい。どうやら一体はこの公園に待ち伏せしていたようだ。なんと周到な。卑劣なり。格好つけて読めもしない気配を読み間違えたとかいうそんな赤面ものな事態は存在しないので、そうとしか考えられない。


「小癪な」


 思わず握る拳が震える。目の前の四体――幽魔は、カラカラと音を立てた。歪な身体とも思えぬ黒塗りの姿。それは不恰好な人型であったり歪んだ獣だったり大きかったり小さかったり、そもそも形容できるものでなかったり。全て異なるその容姿に見出せる共通項は黒の身体と白色の仮面ぐらいだ。しかしその仮面の表情も四体ともにバラバラである。

 まあ、それはともかく。


「笑ったな!」


 笑った。絶対笑った。こちらの心情を読む力など幽魔にはないはずだからそれは単なる癖か反射か生理現象だろうが、俺が笑ったと思ったのだからこいつらは笑ったに違いない。許せん。生死を懸けた勝負を侮辱するとは!

 断じて八つ当たりではない攻撃を開始する。一蹴りで泣き顔の幽魔の懐に入り込み、そのまま腰の回転で腕を振り上げた。突然視界から消えた俺に驚いただろう幽魔の頭をそのままアッパーで吹き飛ばす。風船が割れたような感触と破裂音。残った身体は薄らいで消えたと思うと、コツン、と何かが大地へ落ちた。

 回収は後だ。仲間がやられたことも気にせず襲い来る三体。一体が振り下ろす爪を避けると、背後から影が差す。慌てて前へ飛ぶともう別の一体の足が大地へのめり込んでいた。危ねぇ。息を呑む。押しつぶそうとした怒りを模した仮面の幽魔がこちらを見る。舌打ちさえ聞こえそうなその顔がグルンと回った。逆さの顔がカラカラと鳴る。

 同時に聞こえた、カラカラ、という音。肩越しから。馬鹿め。余裕のつもりか。三引く二の要領で残った一体に裏拳をかます。潰れはしないが、仮面に皹が入ったようだ。二回も背後を取られればさすがに気付く。馬鹿にしやがって。馬鹿にしやがって。たたらを踏んだその幽魔に向かって身体を縮め回し蹴り。確かに足は腹をえぐり、幽魔は弾けた。また何かが地面へ落ちた音が響く。


「おら、来い」


 ふふん、とちょっとばかり調子に乗って手招き。残りの二体は困ったようにお互い仮面の顔を見合わせた。それからしばらくの沈黙。ぴゅー、と春には冷たい風が吹く。おい、来いよ。恥ずかしいだろう。そこは勢いよく襲い掛かってくる場面だろう。

 しかし、一向に動く気配のない幽魔は、そのまま背を向けるとすたこらせっせと逃げていった。

 そして手招きのまま佇む男が一人。俺。風が身にしみる。


「恐れをなしたか」


 恥ずかしくなんかないやい。地面に転がる幽魔の核――『魔種』を回収しながら、胸に呟く。強すぎると言うのも考え物であった。


「終わったかい?」


 男とも女とも分からぬ声が上から降ってきた。顔を上げる。アスレチックの天辺に腰掛けながら、アクマはこちらを見下ろしていた。相変わらず気だるそうな表情である。


「どうした。わざわざ俺様の勇姿を見学か」

「勇姿? 滑稽な態度は見物できたけど」


 無邪気そうに首を傾げるアクマのなんと憎たらしいこと。アスレチックまで走り、思いっきりその遊具を蹴りつける。強化された蹴りに不良遊具は予想外に揺れた。アクマも驚いたのか、「にょわっ」と手をぶんぶん振りながら変な声を出す。


「にょわ?」

「危ないじゃないか」

「にょわって言った?」

「言ってないよ」

「言った」

「言ってない」

「わかった。ところでにょわ」

「うるさい」


 アクマが遊具を飛び降り、そのまま膝蹴りをかまして来た。もちろんそれを甘んじてうけるほど俺は容易くないが、上から下への攻撃には重力という地球の雄大な力が加わるわけで、またアクマのなかなか際どいショートパンツから露になるその白い太ももに目を奪われたこともあって、見事に膝は俺の顔へのめりこんだ。ちょっと、洒落じゃなく痛いのですけど。


「何をするにょわ」

「君って小学生並みだよね!」


 珍しく声を荒げるアクマの態度に満足する俺。月の明かりがその顔に濃い影を落としてさきほどはよく見えなかったが、遊具から降りた今はその顔が良く見える。

 純白の新雪を絹に施したような美しい白髪は肩を少し越えたほど。真っ赤な瞳は薔薇のよう。ウサギを思わせる色合いに、顔は美少年とも美少女とも取れる中性的な顔立ちだが、そのビキニが谷間を造る豊かなお胸がアクマの性別を告げていた。服は上がビキニに下がショートパンツ。色は黒。ただビキニの上に幾重も巻かれた黒の包帯が嫌にエロイ。そして背中には小さな羽根がぴょこぴょこ揺れていた。


「ふーん、二個か」


 そんなエロティックアクマは俺の手元を覗き、つまらなそうに呟いた。胡桃に近い赤く染まった魔種が強く握った俺の手の中で音を立てる。


「これでも苦労したんだよ」


 二個の魔種をそのまま口まで運び、喰った。

 がりがり、と小気味いい音が静かな住宅街に響く。味は微妙だ。濃厚といえば濃厚な味だが、妙に甘ったるい。アルコールでも入っているんじゃねぇかってくらいに喉が焼け付く。そのままごくんと飲み込むと、自分の中の何かがうねりを上げる。


「まあ、そんなもんか。幽魔を狩り始めて何日目だっけ?」

「一ヶ月ちょい。喰った実は二十六個」

「遠いね。でも、大分変わったでしょ」

「そうだな。もう幽魔は敵じゃない」

「悪魔はまだ無理だよ」

「そうか?」

「慎重に行くべきだね」


 そう言うと、悪魔は背を向けた。そのまま何も言わずに歩き出す。歩き出した方向は俺のマンションの方向なので、俺も黙って付いていく。歩きながら俺は自分の手を見つめた。見た目は何も変わってない。けど、もう人の手ではない。幽魔が風船のように弾けたのだ。始めた頃とは比較にならない。


 なぜ俺が幽魔を狩り、魔種を喰っているか。その原因も理由も発端も、全ては目の前のアクマにある。


 契約終了まで残り316日。

 俺の十七歳の誕生日に俺は目の前のアクマに魂を取られるわけだが、俺はもちろん死にたくない。ゆえに俺がアクマに向かって「俺はお前を倒す」と努力と友情と勝利が垣間見えるバトル漫画のセリフを代用すると、アクマはそのぼんやりと言うべきか、だらけていると言うべきか、眠そうと言うべきか、全てたりーなと言うべきか、まあそんないつもの表情を浮かべ何ともなしにこう言った。


「いい方法教えてあげようか」


 確実に死地へと向かう罠にしか聞こえないうえ、大概の童話では悪魔の助言に碌なものがない。しかし他に方法がないのも事実なわけで、俺に選択肢は与えられていなかった。そこで仕方がなく頭を下げて聞いてみれば、その方法というのがこれだった。


 悪魔のもととなる幽魔を殺し、その核たる魔種を喰え。


 普通肉体を得た悪魔は別として、幽魔は人には見えない。けれど長年アクマと共にいた俺にはどうも幽魔を視覚できるばかりか、触れることもできるらしい。魔種を喰うだけで強くなれるなんてそんなご都合主義よろしいのかとも思ったが、楽な方法であるならそれに越したことはない。勉強と同じだ。

 とはいえ、最初は一匹倒すのにひぃひぃ言っていた自分。それも、いくつか魔種を喰うことで、自分の力は確実に上がってきている。もうすでに人の領域は越えていた。それは確かな確信として自分の中にある。


 視線を自分の手から上げ、夜闇に浮かぶむき出しの白い背中を見る。揺れる蝙蝠のような翼に目が流れつつも、俺はアクマに尋ねた。


「何企んでやがる?」

「何が?」


 顔を振り向かせずにアクマは言う。


「何で俺にこんな方法を教えたんだよ」

「不満かい?」

「まさか。俺は強くなっているよ。もうすぐでお前を倒せるかもな」

「はは。無理だよ」

「そうだな。でも、可能性は見えた。今は無理でも不可能じゃない。……なあ、何で教えた?」


 アクマは立ち止まった。そのまま半身をこちらに向ける。アクマの顔は変わらない。愛嬌のある無表情。俺もいつもの顔をする。

 睨み合いか、見つめ合いか。

 一瞬か数刻かもわからぬ時が過ぎてから、アクマは人差し指でそのピンク色の唇に触れる。妙に演技染みたしなを作ると、無表情のまま言った。


「愛しているから」


 ぴゅーっと風が吹く。木枯らしか。春なのに。冷たい風が頬に痛い。


「俺も愛しているよ。うん。ラブユー」

「ラブユー。フォーエバー」

「ネバーギブアップ?」

「イエス。アイムチャレンジャー」


 馬鹿げた会話を終えて歩き出す。前ではなく隣にいる悪魔。翼があるんだから飛べばいいのに。なのにこいつ地に足をつけて歩く。頭一つ小さなそいつの顔は隠れて見えない。つむじは見える。こいつでも赤面とかするのか。見てみたい。


「ねえ、今日のご飯は?」

「ご飯は、って時間じゃねぇな。茶漬けでも食おう」

「そうしよう」


 話をそらそうと丸分かりの言葉にも優しさゆえに返す俺。それからやけに口数の多くなったアクマに律儀に応対しながら、俺はアクマの言葉を思い返す。


『愛しているから』


 およそ告白するときの顔じゃなかったな、と思いつつ。

 アクマの無表情の裏に見えた、赤い目に灯った異常な光が何かを考える。何だろうな。やっぱり罠なのか。

 何も分からない先行きに、しかしそれほど心配しない。考えても仕方がない。

 とりあえず、今は家に帰ってアクマと一緒に茶漬けを食おう。




とりあえず諦めずに書き続けますので、生暖かい眼差しで見守っていてください。

できれば評価をおねがいしやす。作者の脳内麻薬が分泌されます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ