第47話 もう一つの約束
条約を交わしたティアナは、レオンハルトの用意した馬車で一緒にイーザ国に戻ることになった。
「それではダリオ様、お世話になりました。国に戻り次第、イーザ国王から正式な条約の文面が届くと思いますので、よろしくお願いします」
四頭立ての馬車の前に立ったティアナは、淡い黄色のランゴバルト公国の民族衣装を身につけている。胸元と肩を覆う大きな白いシルク、美しいカーブをえがいたスカートの裾には花の刺繍が施されている。
ハレムに来た時に身につけていたイザベルお手製のセピア色の侍女服を着て帰ろうとしたティアナは、憤慨するマティルデに止められ、アデライーデの部屋から素敵なイエロードレスを出してくれたのだった。
「一国の姫ともあろう者がそのような衣装を身につけるなどいけません。もっとご自分の身分をお考えになり、ふさわしい物を……」
永遠と続きそうな小言に、それでもマティルデのお説教がこれで最後だと思うとティアナは笑って従ってしまった。もちろん、しまりがないと、再び怒られたのだが。
ドレスと同色の髪飾りをしたティアナの銀髪は、太陽の光さえ眩しく跳ね返し、胸に沁みる。
ダリオは眩しそうに目を細めると、ティアナとの距離を一歩二歩と詰める。
日に焼けた逞しい腕を持ち上げ、優しくティアナの髪をかきあげると、うっとりするほど甘く魅惑的な微笑みを浮かべた。
「無事の帰国を祈っている。そして――」
言いながら、ティアナに頬を近づけたダリオは、形の良い唇をそっと動かす。
「再会した時には、私から離れられなくなるほどたっぷりと私の愛を教えよう――」
耳元でうっとりするほど甘く、誘うように骨に響く色っぽい声で囁かれて、ティアナはぐらっと目眩がした。
どんどん早くなる鼓動に戸惑い、ティアナは目元を赤く染める。
そんなティアナを、ダリオは蜂蜜色の瞳に妖しいほど色っぽい輝きを瞬かせて見つめる。次の瞬間、息が止まるほど力強くティアナを抱きしめ、頬に触れるか触れないかのキスを落とし、素早く身を引く。
あまりに一瞬のことに、ティアナは翠の瞳を何度もまばたき、ダリオを見上げた。
その視線を受けて、ダリオはいたずらをした少年のようにあどけない笑みを浮かべる。
「約束だ――」
その表情は、冷酷非情のスルタンでも、甘くささやくダリオでも――今まで見たどのダリオの表情でもなかった。
だけど、少年のような笑みを浮かべるダリオこそ、彼の真実かもしれない。
ティアナはそう思って、その笑顔を深く胸に刻みつけた。
※
揺れる馬車の中――
見上げた空は、連日続いた豪雨が嘘のようにどこまでも澄みわたる青空だった。その空には、細く欠けた白い月が浮かんでいる。
空に浮かんだ二つの月――
あれが異常気象の前触れなのかどうか、ティアナには分からなかった。
ただ、確実に、世界の危機が近づいていることを、警鐘のように、胸にちくちくと鋭い痛みが走った。
すっと持ち上げた手のひらを胸にあて、そこにあるはずの刻印の上から胸を押さえる。
ルードウィヒに会わなければいけない――
レオンハルトとダリオの決闘の日、姿を消したルードウィヒは、どこにも姿を現さなかった。
ティアナは向かい側に座るレオンハルトに視線を向け、その瞳を陰らせる。
レオンハルトに向けた復讐の炎が今もどこかで燃え上がっているのかと思うと、いてもたってもいられなかった。
日に日に募る不安が、胸を押し潰すようだった――
「ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―」完結です!
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