喫茶店
喫茶店に入るところまではよかったが、佐伯は自分が無一文であることを今更ながら思い出していた。
「先生、あの……、俺……、いえ、私はその、財布を持っていなくて……」
「ふふっ、大丈夫ですよ。今日は私が奢りますから」
「ほ、本当にいいのですか!?」
「えぇ、高いものではなくて申し訳ないのですけどね」
「いえ、十分です。とても助かります!」
この世界に来て初めてのまともな食事に佐伯は思わず感動してしまう。
向かい合うように席に座るとメニューを眺める。
もちろん、先生の顔色を窺うことも忘れない。
そんな態度を取っていたからか、先生はにっこりと微笑む。
「佐伯くんはお昼はもう食べたのかしら? なんだったら好きなものを頼んで下さいね」
「あ、ありがとうございます。では、このサンドイッチセットを」
先生が注文をすると再び向き合う形となる。
さっきは思わず話をしていたが、改めて向かい合うと何を話して良いのかわからなくなる。
佐伯は引きつった笑みのまま、何も喋らずに固まっていた。
そのことは先生も薄々気付いていたのだろう。
言葉を選びながら話してくれる。
「本当に立派になりましたね。本当に……」
「いえ、まだまだやらないといけないことは多くて……」
「大丈夫ですよ、あなたならきっとやれますよ」
佐伯をジッと目を見て話しかける。
ただ、その瞳の奥に迷いのようなものを見受けられる。
おそらくは聞くかどうか迷っていて聞けないのだろう。
佐伯は深呼吸をした後に話し始める。
「――私がいなくなったあと、どうなったか教えてくれませんか?」
「……えっと、どういうことですか?」
「どうして私が死んだことになっているのか、とか私の両親がどうなったか、とかです」
「あっ、そうです! 佐伯くんのご両親ですね。それが……、今も行方はわかっていないのですよ。佐伯くんが生きている事を信じて色んな所へ探し回っていたみたいですけど」
一人息子が突然いなくなったのだ。
その行動は当然とも言えるかもしれない。
「連絡は……取れないのですか?」
「……すみません。昔の連絡先は使われてないみたいで」
「そうですか――」
先生は本当に申し訳なさそうに言ってくる。
しかし、それは家が売られて更地になっていたから、わかっていたことだ。
「ところで佐伯くんは今までどこにいたのですか?」
「えっと――」
どこまで本当に話して良いのか迷うところだった。
せっかく昔の知り合いに会えたのに、あの異世界での話を妄言と言われたら立ち直れないかもしれない。
なにせ、人生の半分はあちらの世界で過ごしていたのだから。
言いにくいことを抱えているとわかると、先生は再び優しい笑みを浮かべる。
「言いにくいことなら無理に話さなくてもいいのですよ」
「いえ、大丈夫です……」
佐伯は大きく深呼吸をして覚悟を決める。
「実は私、あの日からずっと異世界へ行っていたのです」
「…………」
あまりにもとんでもない話が出てきたからか、先生は笑顔のまま固まっていた。
「えっと、それはどこかの山にいたとか海外へ行ったとかではなくて……?」
「全く違う世界ですね。そこは魔王と呼ばれる存在が人の暮らしを脅かしている世界で……」
それから一方的に先生に語り始めた。
佐伯が十五年、何をしていたのかを。
おそらく半分も理解できなかったであろう。
それでも、先生は黙って佐伯の話を聞いていた。
最後に信じてもらうために小さな炎を魔法で出してみせる。
すると、先生は目を見開いて驚いていた。
「……色々と大変だったのですね」
先生のその一言で佐伯は救われた気がした。
安直すぎるかもしれないが、今まで誰も苦労を労う言葉をくれなかったのだ。
ただただ走り続けるだけの生活。
それが報われた気がしたのだった。
「ところで、佐伯くんはこれからどうするつもりなのですか? 最近戻ってきたばかり、ということは仕事はしていないのですよね?」
「えぇ。だから今探している所なんですよ。でも、異世界に行っていたことが不利になっているみたいで――」
「……そうですね。確かに今の佐伯くんの状況は厳しいところがあるかもしれませんね」
先生も真剣に考えて答える。
「やっぱりそうなんですね。それでこれからどうするか迷っていて……」
「それならちょうどうちに……」
「こんにちは、鎧のお兄さん。また会いましたね」
先生が言葉を発しようとした瞬間に、声を掛けられる。
その相手は戻ってきてすぐに病気を治した少女だった。
鎧のことを知っているので間違いないだろう。
「キミは……えっと」
「遥です、六条遥。あのときは助けていただきありがとうございます」
笑顔を見せてくる遥。
もう黒い魔力は見えないので、本当に治っているようだった。
「大したことはしていませんよ」
「いえ、本当にもうダメだって諦めていたんです。だから本当に嬉しくて……」
遥は佐伯の手を包み込むように両手で握りしめる。
「そこまでお役に立てたのなら光栄です。ところでどうしてここに?」
「佐伯さんの姿が見えたので、つい入っちゃいました」
「よく私だってわかりましたね。どこにでもいるような格好をしているでしょう?」
「そんなことないですよ。一瞬で気付きましたから。ところで――」
遥の視線は先生へと向く。
「柏木先生、佐伯さんとお知り合いだったのですか?」
「昔の生徒なんですよ。久々に会ったのが嬉しくてついお茶に誘ってしまいました」
「そうなのですね」
なぜか視線を飛ばしあう二人。
「お二人も知り合いなのですか?」
「六条さんも私の教え子なんですよ。ただ体調を崩しがちであまり教えることはできませんでしたが」
「休んでいる私に授業プリントを作って下さって感謝していました」
やはり先生は昔から優しい人のようだ。
過去を懐かしむと同時にもう戻れないのが酷く悔やまれてしまう。
「それで一体なんの話をされていたのですか?」
当たり前のように佐伯の隣に座る遥。
先生の隣に座りにくいという気持ちは良くわかるので、佐伯は奥にズレる。
それがなぜか気にくわないようで、頬を膨らませていた。
「そうでした。もし働くところがないようでしたら、うちの学校に来ませんか? ちょうど佐伯さんのような方を探していたのですよ」
「えっと、いいのですか?」
「えぇ、ちょうど魔術の……、いえ、研究の一環と言いますか、そういう人を募集しようとしていたのですよ」
先生は笑みを見せながらも瞳の奥に闇のようなものを感じたが、すぐになくなったので、おそらくは気のせいだったのだろう。
ただ、こういった勘は大抵当たるものなので、警戒しておくにこしたことはない。
「お仕事を探されているのですか!? それでしたらうちもちょうど人を探しているって言っていましたよ」
遥もグッと顔を近づけてくる。
その笑顔に思わずドキッとするものの、相手は少女であることを言い聞かせて、佐伯は気持ちを落ち着かせる。
「お二人とも、ありがとうございます。でも、本当に私で構わないのですか? その、バイトを探していたときにも言われましたが、私は今住んでいるところがなくて、連絡を取る手段も持ち合わせていないんです。それに前職も……」
そこは遥の手前、言葉を濁す。
すると、まず口を開いたのは遥だった。
「大丈夫です! 住み込み、いけます! うち広いですから」
「待って下さい。それはさすがに六条さんの決めることじゃないかと……」
「そんなことありませんよ。でも、確認が必要ならすぐにお父様に連絡させていただきます」
グイグイと体ごと近づけてくる遥にやや困惑気味の佐伯だった。
なにせ自分がやったことはちょっと彼女を治療しただけのこと。
光属性の魔法を使える者に頼めば、誰でも治せたであろうことだったのだから。
「う、うちも一応用務員室で寝泊まりできるようになっていますから、その、検討して下さいね」
先生もありがたい提案をしてくれる。
「ありがとうございます。少し考える時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ。答えが出るまでお待ちさせていただきますね」
遥は本当に待ちそうだったので慌ててそれを断り、翌日、ここで答えを出すというと渋々承諾してくれることになった。
◇ ◇ ◇
二人と別れた帰り道。
いや、どこにも帰れないのだからぶらついてい、はぐれの魔物を倒していると突然佐伯を見ている気配に気付く。
「……誰だ?」
「まさか気付かれるとは。これでも気配を消すことには自身があったのですが――」
佐伯の前に現れたのはスーツ姿の男性だった。
おそらくは佐伯の数歳下くらい。
あきらかに仕事のできそうな雰囲気を醸し出していた。
ただ、明らかに臨戦態勢を取っているので、佐伯もいつでも動けるように身構える。
「――ふぅ、私では敵いそうもありませんね」
ようやく男性は構えをとく。
「それで一体どんなご用でしょうか?」
「貴方に……、いえ、貴方だから会っていただきたい方がおります」
「見ず知らずの相手に会いに行くと思うのか?」
「もちろん、その反応は正しいと思います。ただ、同じ異世界へ行かれた貴方だからこそ会っていただきたいのです」
「っ!?」
男性の言葉に佐伯は思わず唇を噛みしめていた。




