二宮
警察署で再び注意を受け、再び釈放される。
建物から出ようとしているとその途中に学生服の上から白いマントを着ている少年から声を掛けられる。
「あれっ、あんたはさっきも来ていた……。そうだ、佐伯浩二!」
――どうして俺の名前を知っているんだ?
怪しげな相手を見て、佐伯は怪訝な表情を向ける。
すると、少年は慌てて手で否定してくる。
「待ってくれ。怪しい人間じゃない」
そう言われても夜に警察署内を歩く学生服の少年なんて怪しい以外の何者でもない。
そもそも年上に対してもタメ口で話してくるような相手、信用なんてできるはずがなかった。
「怪しさで言うなら鎧を着ていたあんたの方が怪しいだろ!?」
「では、どうして私の名前を知っているのですか?」
「俺は二宮司。一応ここの陰……、いや、長官の息子だ」
どうやら警察の中で偉い人の息子のようだ。
それでも夜中に警察署内を歩いていていい理由にはならないだろうけど。
「私は佐伯浩二です」
「……知っている。痴漢行為をしたりボヤ騒ぎを起こしたりするコスプレおじさんだろ?」
「……全部誤解です」
不本意な知られ方をしているようなので訂正をする。
「痴漢は誤解だったが、ボヤ騒ぎは本当だっただろ? なんでまたあんな公園で火なんて付けたんだ? おかげで陰……、いや、警察がかなり出動することになったんだぞ」
普通ボヤなら消防士じゃないのか、という疑問は浮かんでくるがおそらく総称しただけだろう。
ただ、二宮が言うようにボヤ騒ぎを起こしたあの場にはほとんど消防士は来ていなかったことに佐伯は気付いていなかった。
「付けたくて付けたわけじゃないです。その……お金に困っていておひねりをもらおうかと……」
「こんな夜にか? 人も歩いていなかっただろ?」
「夜の方が映えるかと思ったんですよ」
「……お前がとんでもなく馬鹿だということはわかった。お前も陰……、そういう家の者なら金には困っていないだろ?」
「家はわかりませんが、私自身は帰ってきたばかりですごく困っていますね」
「……そうか」
二宮は少し迷っているようだったが、小さな紙を渡してくる。
「もしなにも仕事が見つからないようなら連絡をしてくれ。俺の方で何か仕事を探してやる」
ありがたく受け取りはしたもののさすがに学生に仕事を斡旋してもらうのは、佐伯のわずかばかりのプライドが許さず、とりあえず礼を言うに留める。
「ありがとうございます。もし本当に困ったときはよろしくお願いいたします」
頭を下げるとそのまま警察署を出て行こうとする。
すると、何かを思いだしたように二宮から更に声を掛けられる。
「忘れてた。六条の奴がお礼を言いたくて探していたぞ」
「……六条?」
――もしかして助けた少女のことか? ほんの気まぐれで助けただけなのでお礼なんていらないのに。
「あぁ、一度会ってやってくれ。伝えたからな」
それだけ言うと二宮は奥へと入っていく。
その際に警察官がわざわざ頭を下げていたので、本当に偉い人なのだろう。
「……帰るか」
ポツリ呟くと野宿に使っている公園へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
異世界だと夜になると周囲は暗闇に包まれ、明かりがないととても出歩けなかったが、現代では便利な外灯のおかげで迷わずに公園へたどり着くことができた。
意外と道も覚えているようだ。
明日からどうやって金を稼ぐか迷いながら公園のベンチで寝転がる。
すると、すぐに佐伯に向かってくる気配が現れる。
――魔物か。
魔力の澱みより生まれる魔物。
ただ、生まれたての魔物は保有する魔力が弱いものが多く、簡単に倒すことができる。
そして、魔物は魔力を持つものを襲う傾向にある。
つまりは――。
佐伯は面倒くさそうに魔物に対して手刀を振るう。
魔法で倒すのが一番楽なのだが、また警察沙汰になっては困る。
だから魔力を使わない方法であっさり倒してしまう。
――やはり弱い魔物だったか。強大な気配はないし、平和な世界というのは間違いないんだよな。
それからしばらく襲いかかってくる魔物を倒し続ける佐伯。
――なんだか狙われてないか? 魔物の統率がとられている、ということは魔族でもいるのか?
ベンチから起き上がると魔物たちがやってくる方へ向かって歩き出す。
その間も魔物は悉く倒しながら……。
そして――。
「ま、待ってくれ。俺は……」
「魔族はみんなそういうんですよ。悪いことをするから倒されるんですよ」
「魔族!? な、何のことだ? 俺はあやかしの王……」
「はいはい、わかってますよ。弱い魔族ほどいつも粋がるんですよ」
面倒くさそうに手刀を振り下ろすと魔族の断末魔が聞こえる。
一切苦戦することのない相手。
異世界だとDランク冒険者でも倒せそうなほど弱い相手だったのだから、魔王すら倒した勇者の佐伯が余裕なのは当然だろう。
倒した魔族はしっかりとアイテムボックスの中へとしまい込み、アンデッド化するのを防ぐ。
ここまで襲ってきた魔物たちも同様の処理をしていた。
異世界だとこの魔物たちを買い取ったりしてくれるのだが、そういった店もないために仕方なく肥やしになってもらう。
「これで静かに寝られますね」
もう襲ってくる魔物がいないことを確認した佐伯は欠伸をかみ殺して、再び公園へと戻っていくのだった。
まさか佐伯が魔族扱いしていたのが、この辺りを支配するあやかしの長であったことには一切気付かずに――。
そのせいでまた陰陽師界隈が騒がしいことになっていた。
◇ ◇ ◇
翌朝、日が昇ると佐伯はベンチに座り込んでいた。
そんな彼の前には石で作られたコップが大量に置かれていた。
一晩考えていた商売。
この世界にも魔力があるならいい売り物があることに気付いたのだ。
向こうの世界では大流行をした売り物。
そう、水だ。
それもただの水ではなく、魔法で生み出した飲み水だ。
これは魔法の使い手に実力に左右されるようで、高い能力を持つ魔法使いの出した水はとても味が良く、更には微量に魔力の素質を上げてくれるという効果もあるようだった。
そんなこともあり、異世界では飛ぶように売れていた水。
騒ぎに起こさずに今の俺が売れるものを考えたらそれしかなかった。
ただ、一度売り出したら飛ぶように売れていたことも考えるとそれなりに数を用意しないと客からのクレームが来てしまう。
しかし、ここは現代。
いきなり飛ぶように売れることもないかと思い、やや抑え気味に用意したのが目の前のコップ群だった。
コップも魔法で作り出したものだが、一応壊れにくいように固く頑丈に作っている。
あまり美的センスはないもののさり気なく装飾を付けたりもした。
これも向こうの世界では大爆笑され、喜んでもらったものだ。
勝算しかない勝負に挑む佐伯。
自信たっぷりにベンチに座り込んで構えていた。
しかし――。
「な、なぜ売れない……」
結果は完全な敗北だった。
そもそも水を販売している佐伯の横で子供たちが備え付けられた蛇口から水を飲んでいた。
ただで飲める水と佐伯の水。
魔法が一般的に知れ渡っていない世界で、どちらを選ぶのかは子供でもわかるようだ。
むしろ子供にはわかるが、異世界暮らしをしていた佐伯にはわからなかった。
ガックリと肩を落としていると佐伯に声を掛けてくる少女がいた。
浴衣ドレスとでも言うのだろうか?
祭りに行くような格好をしている少女が声を掛けてくる。
「おじさん、何してるの?」
少女が不思議そうに佐伯の顔を覗き込んでくる。
そこで佐伯がまず思ったことは……。
――これって俺、話すだけでも捕まるんじゃないか?
おそらくは親とでも公園に来たのだろう。
少女の後ろには数人の大人が控えている。
更には昨日何度も経験したヒソヒソ声が聞こえる。
――危険な気配がするな。
おそらくはまともに話すとすぐに警察がくるであろうことは想像ができた。
だからこそ、佐伯のとった行動は……。
「よし、逃げる!」
少女と話すことなく、その場を走り去っていたのだった。




