バイトの面接
何もしていないにもかかわらず、なぜか警察署へと連行されてしまった佐伯だったが、そこで思わぬ収穫もあった。
――ここは間違いなく元の世界なんだな。それとやはり俺は死んだことになっているようだ。
魔力があったので訝しんでいたが、気付いてなかっただけで元々あったらしい。
それと異世界へ転移した際の影響はそのまま残っているようだ。
更には元々住んでいた場所は更地になっており、売りに出されている。
その三つの事実を話すと怪訝な表情で見られたが、その分情報も得られたのでよかっただろう。
それにまだ話は続きそうだったのだが、急に奥へと入っていったかと思うと、すぐに釈放されることになったのだ。
なんだか腑に落ちなかったが、何も悪いことをしていないので、当然と言えば当然だが。
「……いや、良くないだろ。なんだよ、住所不定の無職って。しかも戸籍上は死んだことになってるって、これからどうやって生きていけば良いんだよ……」
思わず頭を抱えたくなる。
その際に佐伯を見ながらヒソヒソと話している人たちがいることに気づく。
そこでようやく自分が未だに鎧を着込んでいることに気づく。
幸いなことに剣は早々にしまっていたので問題にはならなかったが、鎧の方は抜け落ちていた。
この世界に戻ってきてからのドタバタ騒ぎと向こうの世界では当たり前に着ていたものなので、気付くのに遅れてしまったが、確かに見た目からして浮いている。
佐伯からしてもこんな怪しい人間がいたら不審に思うだろう。
慌てて別の服に着替えようとするが、アイテムボックスには異世界で購入した服しか入っていない。
唯一こちらの世界のものといえば学生服だが……。
――よけい怪しく見られるだろ……。
アラサーの自分が学生服を着ている姿を想像してすぐに首を横に振る。
いずれ服を調達することにしていったんは鎧や剣はしまって、異世界の町を歩くときに着ていた服に替える。
それでも周囲を見ると浮いてしまっているのだが、金の鎧よりはマシだろう。
アイテムボックスはわざわざ服を脱がなくてもそのまま着替えができることがいいところだ。
金の鎧や剣をしまい、少し古くなっている異世界の服に着替える。
この間、コンマ一秒にも満たない。
「あ、あれっ、鎧の男がいなくなったぞ!?」
「ど、どこにいった? 探せ!!」
ヒソヒソ声を出していた人たちが急にいなくなった佐伯のことを探し始めていた。
しかし、佐伯は自分を探している人がいるなんて思わずに素通りしていた。
「はぁ……。これからどうしよう……」
ため息交じりに歩いていると警察署の方へ向かって、先ほど治療した少女が走って行く姿が見えた。
この世界で魔法を使うのは初めてだったのだが、無事に治療することが出来て安堵する。
――でも、この世界にも魔法ってあったんだな。俺が気付いてなかっただけなのか?
少し疑問に思いつつもその姿を見送ると佐伯は一旦元々住んでいた家を見るために歩き始める。
◇ ◇ ◇
結果がわかっているからか、佐伯は重たい足取りのまま進む。
それでも確認しないわけにはいかなかった。
もしかしたら、今までのことが夢で実際には懐かしい家と両親が迎えてくれる可能性に掛けて。
ただ、そんな夢みたいな出来事はなかった。
懐かしの家があった場所はすっかり空地になっており、雑草が生い茂っていた。
更に土地の中央に『売り地』という看板が立っている。
それを見ると心に穴が空いたような感覚に襲われる。
もはや自分を出迎えてくれる人はいない。
――本当に何もかも失ってしまったんだ……。
生きる気力をなくしそうになる。
しかし、それでは何のために異世界を生き抜いて帰ってきたのかわからない。
「いや、まだだ。まだ出来ることはある」
確かに異世界で過ごした十五年もの年月は大きい。
しかし、そこで得たものも確かにある。
『勇者として鍛え上げた最強の魔法』
その力さえあれば現代でもきっと生き延びることができる。
いや、それだけじゃない。
きっと多くの人に望まれて腐るほど仕事を任されて一気にお金を稼げるだろう。
そうなればこの家の土地も買い戻すことができるはずだ。
「よし、そうと決まれば当面の目標は金を稼ぐことだな。生きていくためにも必要だし」
覚悟を決めるとまずは資金稼ぎへと向かうのだった。
目的もなくただ闇雲に走り出したとも言えるが。
◇ ◇ ◇
行く当てもなく小一時間ほど走り続けた佐伯が見つけたのは、『バイト募集中』と書かれた張り紙が貼ってあるコンビニだった。
しかも大きく『急募』と書かれている。
これだとよほどのことがない限り断られないだろう、と意気揚々と中へ入る。
「いらっしゃいませ~」
夜遅いからか、中には店員一人しかおらず、ちょうど品出しを行っているところのようだった。
大学生くらいだろうか?
まだまだ若い男性だった。
少し緊張しながら佐伯は店員に声を掛ける。
「すみません。少しよろしいですか?」
「どうかされましたか?」
店員は笑顔を見せてくる。
その表情を見ていると佐伯の緊張もほぐれてくる。
「表のバイト募集の紙を見たのですけど」
「あぁ、なるほど。今なら店長がいますし呼んできますね」
店員は笑顔を崩さずにそのまま奥へと入っていく。
すぐに店員と共に現れた店長は、佐伯と同じくらいの歳の女性だった。
「あんたがバイトをやりたいっていう……」
「はい」
「どのくらいは入れるんだい?」
「えっと、それって……」
「シフトだよ、シフト。どのくらいいけるんだ?」
「時間はあります――」
「よし、履歴書出しな!」
店長は満足そうに頷くと手を差し出してくる。
当然ながら履歴書なんてものは持っていない。
「ありません」
「あぁっ? バイトをやるならそのくらい用意するだろ? いい歳してそれもできないのかい?」
「バイトは初めてで……」
「なるほどな。それはまぁ後日用意してもらうことにする。今から面接させてもらうけどいいかい?」
思った以上にトントン拍子に進んで行く。
よほど人に困っているのだろう。
逆に佐伯からしても助かる話だった。
「もちろんです」
「それじゃあ最初に名前を教えてくれ」
「佐伯浩二と言います」
「年齢は?」
「二十九歳です」
「前職は何をしていたんだ?」
しばらくは紙に何か書いていた店長だったが、職の質問になった瞬間に佐伯に視線を向けてくる。
嘘を見破ろうとしている審議官の目に似ている。
ここは大事な質問なのだろう。
嘘を答えたらすぐにバレてしまう。
佐伯は息を飲んで答える。
「勇者をしていました」
「…………。まぁ、言いにくいこともあるか。うちとしてはちゃんと働いてくれればそれでいいからな」
ちゃんと答えたにもかかわらず、嘘をついたように思われる。
むしろ聞き流してくれただけ、店長は優しいほうだが、佐伯はそのことに気付いていなかった。
警察で同様に答えたときは呆れられたのだから。
「なにか得意なこととかはあるか?」
「そうですね。魔法が使えます」
「…………」
店長との間に沈黙が流れる。
本来ならそんなこと言わないほうがいいことはわかるが、意外とこの世界にも魔力があることを知ってからは、逆にアピールポイントになるのでは、と思った次第だった。
しかし、魔力があるなら普通に魔法を使える人間は大勢いるだろう。
それだとアピールには足りないかもしれない、と佐伯は更に言葉を続ける。
「もちろん、ただの魔法ではありません。最上位の魔法が使えます!」
「はぁ……。もういい、わかった」
店長は呆れ顔になり、ため息を吐いて手元の紙をくしゃくしゃに丸めていた。
「それでは……」
「お前は一体なんのアピールをしているんだ? まともに会話できん奴はいらん」
「えっ? でもアピールって……」
「バイトでゲームのアピールをしてどうなる」
どうやら店長は盛大な勘違いをしている様子だった。
佐伯は慌てて手のひらから炎を出してみせる。
「み、見て下さい。本当に魔法を使えますよ」
「おー、すごいすごい。そんな芸があるなら公園で大道芸人として見せたらどうだ? おひねりでももらえるんじゃないか?」
もはや完全に佐伯への興味を失っていた店長。
ただ、佐伯は感動のあまり目を見開いていた。
「そ、それがありましたね! ありがとうございます! 早速やりに行きます!」
「おう、がんばれよ~」
店長が手を振って見送ってくれる。
佐伯は近くの公園へと行くと言われたとおりに魔法で炎を出してみせる。その結果――。
「公園で花火をしたら危ないでしょ。ちゃんと看板で禁止って書いてあるんだから――」
近所の人に警察を呼ばれてしまい、再びパトカーに乗せられるのだった――。




