陰陽師名家、六条家の娘
六条遥が変わった服装をした男性に声を掛けたのはほんの気まぐれだった。
病気がちで体が弱く、あまり日の光を浴びれない彼女は日の暮れた夜しか散歩をすることができない遥だがそれでも、町を行き交う人々を見れるこの駅前が好きだった。
いつか病気が治ったら思いっきり走り回りたい。
ただ、遥の病気は普通の病院には治すことができないあやかしが絡むものらしい。
いつの世も歴史の裏に潜むあやかし。
彼らが扱う妖気に対抗して、現代にも陰陽師というものが存在していた。
もちろん一般人達には知られないようにしっかり情報統制がされているが。
遥もそんな陰陽師家の一つ、五行の水を司る家、六条の生まれだった。
有能な跡取りをとり、更に家の発展を期待されていたのだが、突然原因不明な病に冒されたことによりそれも叶わなくなる。
あやかしが絡む病気ということで、治癒系の陰陽術を得意とする八代家にも診てもらったのだが、それでも原因がわからず、ただ命を落とす日を待つだけだった。
両親の関心は既に妹へと移っている。
当然だ。国を支える陰陽師十家の一つである六条は子孫を絶やすわけにはいかないのだから。
それでもずっと変わらず愛情を持って育ててもらっているだけでも感謝すべきところだった。それが逆に遥からしたら辛かったが。
そんな彼女だからこそ、似たような表情をしている男性を見捨てることはできなかった。
金色に光る鎧を着て背には剣を背負っている。
コスプレにしか思えない格好なのだが、それを誇張することはせず、疲れた表情をしていた。
通常の人にはわからないだろうが、おそらくは彼も陰陽師に絡む家の人なのだろう。
遥も全ての家を知っているわけではないが、中には武具に気を織り込み武器とする家があってもおかしくない。
あの鎧や剣といったものもそういった類いのものなのだろう。
通常では考えられないほどの気が込められているのがわかる。
病弱で弱っている遥だが、それでも流れる気を読む程度のことはできる。
腐っても陰陽師十家の一つ、六条に連なる者なのだ。
ただ、そんな武器を身に纏っているにしては表情が暗いのが不思議だった。
突然泣き出す男性。
――もしかして、あの人の家のしがらみに囚われているのかな?
そう感じた遥は声を掛けずにはいられなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
遥が声を掛けると男性は涙を拭い、引きつった笑みを浮かべる。
「あぁ、大丈――」
立ち上がり、話しかけてこようとした男性だが、急に口を閉ざす。
いきなり鋭い視線を向けてきたかと思うと突然手をかざしてくる。
その瞬間に発せられるとんでもなく強い気。
陰陽師十家の中でも最強と言われる四宮家当主ですらこれほどの力を発しているのを見たことがない。
それほどの気が発せられたに驚き、声を上げる。
「なっ!?」
もはや芸術的な陰陽術だった。
思わず見取れてしまった眩いばかりの暖かな光が遥を包み込む。
「ふぅ、これでなんとか……」
しばらくすると光が止むと、男性は額の汗を拭っていた。
一見すると何も変わっていないように見える。
――私が病気であることに気付いて、治そうとしてくれたのかな?
「あ、あ、あり……」
お礼を言おうとした瞬間に遥の体に知らない女性が覆い被さり、助けてくれた男性はそのままパトカーに乗せられて連行されてしまった。
――ど、どうして? 陰陽師の仕事に警察は不介入のはず。なんだったら警察の上にも陰陽師十家の一つ、二宮家がいるはずなのに。
「何か変なことはされなかった? もう大丈夫だからね」
女性警官が遥を安心させるために優しい声を掛けてくれる。
「変なこと……」
――あの綺麗な陰陽術はいったい何だったのだろう?
術の解析をもっとも得意とする六条家の遥ですら全容を知ることができないもの。
それを思い出して、思わず頬を染めてしまう。
また見せてもらいたい、と思うのは贅沢なことだろうか?
――でも、あの人、見たことなかったな。どこの家の人なんだろう?
女性警官の質問に答えながら走り去って行くパトカーを見送る。
「って違う違う。ま、待って。その人は何もしてないんです」
慌てて走り去るパトカーを追いかける遥。
しかし、病気でまともに走れない遥が追いつけるはずもないのだが、それでも何とか追いつこうと足を動かす。
すると――。
「あ、あれっ? わ、私、こんなに動けた……かな?」
早足で歩いても息切れを起こしていたはずの遥。
それなのに今は全くそんな気配を見せなかった。
――もしかして、あの人が使ったのって私の病気を抑える術だったの!?
そのことに驚きつつも遥はパトカーを必死に追いかけるのだった――。
◇ ◇ ◇
結局、警察署までやってきてしまった。
女性警官の事情聴取は六条の名前を出すことで早々に切り上げてもらった。
あの男性は何もしていないことも伝わっているはず。
ただ、お礼も何も言えていないので、ここまで走ってきたのだが、いくら速く動けるようになったとはいえ、これまでまともに動いてこなかったのだ。
体力が持つはずもなく、遥は呼吸を荒くしながら今にも死にそうな表情で警察署へと入っていく。
すると、見たくない青年が姿を見せる。
同じ陰陽師家の二宮司。
遥と同世代の十家陰陽師で、常に競争相手として言われ続けていた人物だ。
もちろん、遥が病気になったことで、司に軍配が上がるようになったのだが。
「遥、お前どうしてここに!?」
息切れをおこし、倒れそうになっている遥を見て司は慌てた様子で駆け寄ってくる。
「待ってろ。すぐに迎えを呼んで――」
「だ、大丈夫。そ、それよりもさっき捕まった人、私を助けてくれただけなの……。だから――」
「あぁ、あの金ぴか鎧のコスプレおじさんだろ? 誤解とわかったからすぐに帰ってもらったぞ」
「も、もう帰ったの?」
「そうだが、何か用事でもあったのか?」
「それは――」
どういうわけか、司はあの人の力に気付いていない様子だった。
――もしかして、はぐれの陰陽師?
あれだけの力を持っているのだ。誰かしら知っているはずなのに、病気で家のことをほとんどしていない遥とは違い、すでに警察の仕事を手伝っている司が知らないとは考えにくい。
つまり名の知られていない陰陽師である可能性が高かった。
「ま、まだ、お礼が言えてないの。だから名前だけでも――」
「名前なら調書を取ったときに聞いてあるぞ? 佐伯浩二というらしい」
「ちょ、調書!? それなら住所も――」
「いや、そっちはダメだな。わからないらしい」
「そっか……」
「六条が何か言わなかったら、まだ色々と聞きたいことがあったのだけどな。でも、ちゃんとさっき釈放したぞ」
「そ、そっか……。探せばまだ近くに……」
「無理をさせられるか。俺が探すぞ」
「だ、大丈夫。私が探してみる」
まだ囲われていない陰陽師。
あれだけ力を持っていたら当然ながら家の序列にすら関係してくるはず。
ただ、そんなこととは関係なく、遥はもう一度あの人と話をしてみたかった。
陰陽術について語り明かしたかった。
ただ、それだけの気持ちで周囲を探してみるが、金色の鎧を着た男性は遂に見つけることはできなかった。
遥がいないことに気付いた六条の者に無理やり連れて帰らせられ、体調を心配され、緊急で八代家の人間が呼び出されたのだが――。
「完治していますね……」
「えっ?」
治療結果を聞き、遥の父である現六条当主、六条政志が呆けた顔をしていた。
「ほ、本当に治っているのか!?」
「間違いありません」
「は、遥、一体何があったのだ!? どうやって治した!?」
政志が遥に詰め寄り、その肩を掴む。
「わかりません」
「わからないってどういうことだ!」
「だから、治してくれた人を探していたんです」
「っ!?」
遥が何かを探していたところを連れて帰ってきたという話は聞いていた。
そして、遥の視線は八代の術士へと向いている。
そこで何が言いたいのか、理解した政志は謝礼を渡したあと、術士を見送る。
二人きりになったところでようやく遥が口を開く。
「お父様、佐伯浩二様という方に聞き覚えはありませんか?」
「その人がお前を治したのか?」
「はい」
「佐伯……か。聞いたことないな」
「お父様でも知らないのですね」
「とりあえず容姿を教えてくれ。すぐに家を挙げて探す」
「わかりました。金色の鎧を着ている方です!」
目を輝かせながら言う遥に政志は一瞬言葉が詰まる。
「待て。もう一度聞いて良いか?」
「金色の鎧を着て、大きな剣を持っている方です。歳は私の一回り上でしょうか? でも、とっても綺麗な術を使う方なんです」
遥はあのときの出来事を思い返して、頬を染めていた。
「そこまで目立つ相手なら誰かしら知っていそうな者だが……。いや、だから八代を追い返したのか」
「はいっ。おそらくははぐれの方です。その力は四条すら上回るかと」
「っ!?」
遥の見立てはあながち間違っていないだろう。
ただ、それほどの力をはぐれの人間が持っているということに政志は大きな衝撃を受けていた。
そして、遥をジッと見つめる。
「それほどの人物ならぜひ我が家に取り込みたい。でも、そうなると――」
「わかっております。私もその覚悟の上でお父様に話しています」
「わかった。佐伯浩二殿を見つけ次第、遥との婚約を申し込む。それほどの能力者だ。よその家より速く動かなければならん!」
「わかっております。私もまた探してみますね」
「頼んだぞ!」
こうして、佐伯の知らないところで陰陽師十家の一つ、六条家が全力で彼を探し始めるのだった――。




