プロローグ
佐伯浩二が異世界へ転移したのは高校受験を控え、もうすぐ十五歳になろうかという時だった。
夜遅くまでの勉強で意識が朦朧としていたのだろう。
最後に浮かぶ光景は誰かが叫ぶ声と強い光、赤く光った信号機だった――。
次に目を醒ましたのは見たこともない城の中。
身分を象徴するような豪華絢爛な城ではなく、防衛拠点としての意味合いが強いのか、最低限のものしか飾られていない無骨な城。
驚きの表情をあげる人々。
全く違う国の言葉を喋っているとわかるのになぜか言葉がわかる。
更に彼らの姿を見ると自分がどういった場所にきたのか、なんとなく想像ができた。
なにせ佐伯を囲んでいる人たちは皆、鎧を着込み、剣や槍といった武器を構えていたのだから。
「勇者様、よくぞいらしてくださいました」
姫の笑顔で出迎えられ、事情を説明される。
この世界の人たちは魔王と呼ばれる悪の軍団と戦っており、敗北しかけていること。
最後の希望に賭け、伝承にある召喚魔法を使ったこと。
佐伯が元の世界では死んだことになっていること。
「勇者様のお力が必要なんです。力を貸して下さい!」
姫は不安げに佐伯の表情を窺いながら手を差しだしてくる。
「お、俺には特殊な力なんてありませんよ……?」
「勇者様は召喚される際に強大な能力を得ることができる、と伝承にありました。きっと貴方様も……」
確かに自分のものとは考えにくい強大な力のうねりを体内に感じていた。
しかし、それを認めることができなかった。
それを認めるということは、自分は元の世界では死んだということになってしまうのだ。
確かに口うるさい両親に嫌な思いをしたことは多々ある。
比較的内気な性格だった佐伯には友人はほとんどいない。
それでも、突然の別れを悲しく思わない人はいなかった。
「少し……、考えさせてくれませんか?」
「……わかりました。部屋を用意させていただきますね」
姫は暗い表情を浮かべながらも頷いて、佐伯を広い部屋へと案内してくれるのだった。
◇ ◇ ◇
天蓋付きのベッドに寝転がりながら、佐伯は考え事をしていた。
「これからどうしたらいいんだろうな」
ちょっと念じただけで手のひらから光の玉が浮かぶ。
この世界にくることで得た魔法の力。
光だけではなく、水や火、風や土すらも容易に操れる気がする。
さすがに部屋の中で試すには危険な力であるためにほどほどにしておく。
姫が言ったとおりに佐伯には能力が与えられていた。
つまり、あの姫が言っていた伝承は正しいものだということが否が応でも理解させられてしまった。
「召喚魔法……か。いや、待てよ。召喚があるということは帰還魔法もあるんじゃないか? そもそも勇者の存在が伝承にしか残っていない、ということは過去の勇者はこの世界にはいない。つまりは元の世界に帰った可能性があるということだ」
可能性に気付いた佐伯はすぐに姫に会いに行く。すると……。
「そうですね。確かに伝承の勇者様のお話は魔王討伐までで途切れております。その後どうなったのかは一切記載が残っておりません」
「やはり……」
鍵となるのは魔王討伐。
僅かばかりの望みに賭けて、佐伯は魔王討伐へ向かうことを決意するのだった。
◇ ◇ ◇
強大な勇者の力を持ってしても、魔王との戦いは熾烈を極めた。
元々人類は滅亡寸前だった上に、敵の力は強大。
更に数も多く、魔王と戦うために何人もの部下を倒していく必要があった。
その結果、気がつくと十五年ほどの年月が過ぎていた。
戦い続けてきたからか、表情は疲れたおじさんの姿。
スーツでも着ようものならあっという間に社畜のできあがりだ。
ただ佐伯が着ているのは勇者の鎧と黄金の剣。
歴代勇者達の装備である。
すでに生を受けてから半分はこの世界で生きている。
そこまでいくとそれなりに愛着は湧いていた。
――もう、このままこの世界で生きていくのも悪くないかもしれないな。
すでに残る敵は魔王のみ。
魔王さえ倒せばこの世界に平和が訪れるのだ。
その覚悟を決めて魔王と対面し、そして――。
「た、倒した……。ようやく魔王を倒したんだ……」
「おめでとうございます、勇者様」
感動のあまりその場に座り込む。
姫も信じられない表情で倒された魔王を見ていた。
本当に長い戦いの日々だった。
致命傷になりかねない怪我をしたのも一度や二度ではない。
ようやく報われる日がきたんだ、と。
すると、突然佐伯の周りに巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「な、なんだ、これは!?」
いや、それが何か佐伯には本能的にわかっていた。
ずっと僅かな可能性に賭け、それを望み続けていたのだから。
でも――。
「ま、待て。転移って元の世界に戻れるってことか?」
「……そ、そのようですね」
一緒に旅に同行していた姫が悲しそうな表情を浮かべていた。
「つまり、俺が死ぬより前の世界に――」
「…………」
姫はただただ黙っていた。
「や、やっぱり勇者様、この世界に残って下さい。元の世界へ戻っても悲しい結果になります!」
「……いや、俺には向こうに残した人たちがいるんだ」
「勇者……さ、ま」
姫はその場に崩れ落ち、泣き始める。
長い旅路の中で既に情が移ってしまっている彼女が泣くのは佐伯にも辛かった。
しかし、佐伯を取り囲んでいる結界は壊そうとしても壊せそうになかったのだ。
あとは、転移されるのを待つだけしかない。
「や、やっぱり勇者様、私も――」
最後に姫が必死に手を伸ばしてくる姿が見えた。
しかし、その手と触れあう前に光に包まれて、姫の姿が薄れていくのだった――。
◇ ◇ ◇
光が止むと佐伯はベンチに寝かされていた。
どこか懐かしい見覚えのある駅前広場のベンチだった。
時刻は夜のようで街灯の明かりが周囲を照らしている。
「戻って……きたんだ……」
懐かしみさえ覚える光景に思わず目から涙が流れる。
すると、近くにいた制服姿の少女が話しかけてくる。
「あの、大丈夫ですか?」
優しい子だった。
涙を拭い、佐伯は笑みを浮かべる。
「あぁ、大丈――」
佐伯の目に映ったのは少女の体内を蝕む闇の魔力だった。
驚きの余り少女の体を凝視する。
――どうしてこの世界に魔力が!? いや、そんなことを考えている余裕はない。
佐伯は少女の体、ちょうど闇の魔力が蝕んでいる胸あたりに手を向ける。
次の瞬間に佐伯の手から光が放たれる。
「なっ!?」
少女は驚きの声をあげていた。
ただ、それを気にすることなく佐伯は光魔法で闇を浄化していく。
周りから佐伯を指差しヒソヒソと話をしている。
魔力があるなら魔法も使えるかと試したが、異世界と変わらない威力で扱えるようだった。一瞬のうちに少女の体を蝕む闇魔力を消滅させることに成功する。
「ふぅ、これでなんとか……」
ようやく安心することができた佐伯は満足げの表情を浮かべていた。
しかし、その割には周りのヒソヒソ声が病むことはなく、むしろ恐怖の色が浮かんでいた。
強い光のせいで、周りの人たちには佐伯が少女の胸に触れているようにしか見えなかった。
さらに少女の頬が赤く染まっているのも原因の一つではある。
思っていた反応と違うことに佐伯は首を傾げていた。
「一体何が?」
すると、にっこりと笑みを浮かべた警察官が佐伯を取り囲んでおり、そのままパトカーに乗せられてしまう。
ただ、それと同時に彼の使った魔法を感知した世界中のいろんな組織に激震が走ったことに、佐伯を含めたこの場にいた誰も気づいていなかったのだった――。




