契約
再び四宮家の応接間へと案内される。
「こんなに早く返事をもらえるなんて思わなかったよ」
「あははっ、私にも早く決断しないといけない理由がありまして……」
「だろうね。こちらで生活していくには何かと収入源は必要だからね」
「よくご存知で。それで申し出を受けるにあたって、いくつか条件を飲んでいただきたくて……」
「いいでしょう。全てお受けいたします」
「――まだ何も言ってませんよ?」
「それだけ佐伯様のお力をお借りしたいのですよ」
表情が読み取れない。
ただ、こうした表情は貴族たちがよくやっていた。
相手に弱みを見せないため。
さすがに貴族社会にまで踏み入っていない佐伯にそこまでの判断はつかない。
「……わかりました。私が求めるのは二つです。まず一つ、私はあくまでも協力をしている、という形にしていただきたいのです」
「なるほど。それは私どもからもお願いしたいことではありました。あくまでもどこかの所属ではなく、協力者という形でお願いしたいです」
これは以前四宮も言っていたことである。
佐伯がどこかの所属になってしまうと力関係が崩れて、内部の秩序が崩壊しかねないと。
そんな国も何度も見て来た。
だからこそ、必要に応じて力を貸すだけの協力関係を望んだのだ。
あと、この裏の仕事は表立って言えないために、結局無職ということになってしまうのだ。
そのため、表でちゃんとした仕事を探すつもりではあった。
「もう一つは、その……、私は住むところがなくて――」
「ご用意させましょう。一等地のマンションでよかったですか?」
「いやいや、住むところはこちらで探しますから。ただ、お金とかその……」
「あははっ、わかりました。では、後ほど四宮家に連なる不動産屋を紹介しますね。初期費用等は全額こちらで持たせていただきます。家賃も佐伯様のお仕事に支払う分から引く形でよかったですか? それもこちらで全額負担してもよろしいですが?」
「い、いえ、そこまでしていただくわけにはいきません。そうなると私も完全に四宮家に加担していると思われかねませんから」
「それもそうですね。わかりました。では、貴方にお支払いする分に家賃分を上乗せする形にして、そこから引かせていただきます」
これで住所がないという問題はクリアできる。
もう問題は――。
「あと、貴方の戸籍ですが、すでになくなっていましたよね?」
「あっ、そうでした。それも解決しないと仕事が……」
「そちらも復活させておきましたよ」
「……えっ? そんなことができるのですか?」
「――我々も色んな所に顔が利きますからね」
笑顔で恐ろしいことを言ってくる。
復活させることができるということは、逆に気づかれることなく消すこともできる、ということに他ならないのだから。
――いや、考えないようにしよう。
佐伯は苦笑を浮かべながら頭を下げる。
「ありがとうございます」
「あと、こちらをお渡ししておきますね」
四宮はそっと黒い板を渡してくる。
ただ、これはなんとなく佐伯にも見覚えがあった。
リンゴのところが出しているスマートフォンだ。
微妙に知っている形と違ってはいるものの、それこそ使い慣れるほど使ったことはないために誤差でしかなかった。
「こちらにはすでに我々の連絡先を登録させてもらっております。ぜひお使いください」
「いいのですか? そこまでしていただいて……」
「いえ、何かあったときに佐伯様に連絡が取れないのは困りますから我々の都合になりますね。むしろ使っていただけるとありがたいです」
「そういうことでしたら」
佐伯はスマートフォンを受け取る。
ただ、ズボンにはポケット等はないために手で持つしかなかった。
「では、すぐに不動産屋を呼びますので、くつろいでいてください。それと――」
四宮は佐伯の前に分厚い封筒を差しだしてくる。
「これは?」
「付添人を承諾していただいた前払い金になります」
封筒の中身を見てみるとまとめられた一万円札が入っていた。
一瞬描かれている人が違うので偽札か、別の国のお金かとも思ったが透かしも入っているし、なによりここで信頼を損ねることはしないだろう。
「そ、そんな、受け取れませんよ、こんな大金……」
「しかし、見たところ佐伯様はお金を持っていない様子。生活を始めるには色々と入り用になりますよ」
「うっ……」
「あとは、これは佐伯様にあとから断られないためにつなぎ止める意味合いもあるのですよ。だから遠慮なく受け取ってください。それともやっぱりアタッシュケース一杯の――」
「い、いえ、これで十分です。十分すぎるほどですから受け取らせていただきます」
逆にお金を積み上げられてしまいそうな恐怖があったため、即座に承諾をしていた。
――その分、仕事で取り戻せばいいだろう。
「ところで、佐伯様はこれまでどのくらいのあやかしを討伐されているのですか? 我々の情報では数体は確認できたのですが……」
「あやかし……、魔物なら目に付いたものはとりあえず倒していますので、数十……、いえ、数百くらいは倒しているかもしれません」
「……えっ?」
四宮の笑顔が固まる。
「えっと、な、なにか証明できるものは……」
「そうですね。一応素材や魔石は使えるかなと取ってあるのですが……、あったあった」
アイテムボックスから大量の素材や魔石を置けるだけ机に置く。
「完全に消滅させてしまった魔物とかもいて全部じゃないのですが……」
「これって第三位である魔物の王の……。やはり倒したのは……。それに第四位や第五位級がこんなに……。や、やはり私の目は間違っていなかった……」
「えっと、これで証明になりましたか?」
「十分すぎるほどに。そ、そうですね。こちらの素材、買い取らせていただくことはできますか? そ、その、お金ももちろん支払わせていただきますので――」
「あっ、それでしたら色々としていただいたお礼にお渡ししますよ?」
「へっ?」
四宮は思わず声を漏らしていた。
これらの素材全部を買い取るとなると相応な金額が動くことになる。先ほどまでの端金ではなく、それこそ国家予算級の金が動いてもおかしくないのだ。
それを譲ってくれる、と言われてさすがの四宮でも驚いてしまったのだった。
「えっと、失礼ですが佐伯様? これらの素材の価値はおわかりでしょうか?」
「そうですね。使えば魔力の篭もった武器とか作れますよね」
「そ、そうです。これほどの素材を使えばそれだけで……」
「まぁ、このくらいの魔物なら有り余るほど素材がありますし、もっと上の素材もあるので肥やしになりますからいいですよ」
当然のように言う佐伯に四宮は畏怖すら覚えていた。
「かしこまりました。これに見合うだけの便宜、図らせていただきます」
四宮は恭しく頭を下げるのだった――。




