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小学四年生に戻った俺の、あの頃からのやり直し  作者: HATENA 
第二章 四億円の使い道

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閑話 入学式まで待てない【別視点・藤宮真鈴】

「遊びに来たのに、筆箱持ってきたの?」


 絵里えりの部屋で鞄を開けたら、すぐに見つかった。


「これ、買ったんだ」


 新しいシャーペンを出すと、絵里は読んでいた漫画を伏せた。小学校で同じクラスだった時も、新しい文房具を持っていくと、必ず手に取って見ていた。


「いいな。持っていい?」

「落とさないでよ」

「そんなことしないって」


 絵里は机の引き出しから自由帳を出した。開いたページには、六年生の時に二人で描いた漫画の続きがあった。


 主人公の女の子は、まだ目が片方しか描かれていない。


「あ、これ。続き描いてないの?」

「顔がうまく描けなかった」

「片目で止まってるの怖いんだけど」

「真鈴が描いてよ」

「そっちが描き始めたんじゃん」


 絵里は新しいページを開き、私のシャーペンで目を二つ描いた。


「こっちだとうまく描ける」

「さっきの顔にも描けばいいじゃん」

「漫画の方は失敗したくないの」


 丸い顔と肩まで伸びた髪がついて、私に似た女の子になった。


「それ、私?」

「似てるでしょ」


 眉毛が、ずいぶん斜めだった。


「怒ってるじゃん」

「落とさないでよって言った時の顔」

「そんな顔してない」


 自由帳を引っ張ろうとすると、絵里は笑って、描いた顔の上に手を置いた。


「まだ描いてるから」

「じゃあ、もうちょっとかわいくしてよ」


 女の子の頭に、顔より大きなリボンがついた。


「そういうことじゃないんだけど」


 絵里がとうとう声を出して笑った。私まで笑ってしまって、自由帳から手を離した。


 春休みになってから、筆箱を鞄へ入れたのは初めてだった。


 家ではもう、自分の名前を何度も書いた。今日は絵里にも見せたかった。


「絵里はシャーペン、買わないの?」

「まだ今のを使うよ」

「買ってもらえば?」

「筆箱を新しくしたいから、そっちが先」


 絵里の筆箱は、布の角が擦れて白っぽくなっていた。


「これ、三年から使ってるもん」

「そのキーホルダーも?」

「これは去年からだよ」


 絵里はファスナーについていた小さな人形を持ち上げた。服の端がほどけていて、糸が一本出ている。


「新しくしても、これはつける」

「また大きいの買うの?」

「今度は小さいのがいいな」

「でも、色ペンとか全部入る?」

「使わないのは置いてく」

「絵里、全部使うって言いそう」


 絵里は筆箱を開けて中を見た。何本か出しかけて、また戻す。


「……もうちょっと大きいやつでもいいかも」


 絵里は私のシャーペンを、人差し指の上で回そうとした。


「落とさないでよー」

「落としてないよ」


 言いながら、自分の膝の上に落とした。


 私が見ると、絵里は拾ってすぐ返してきた。


「床じゃないから」


 シャーペンの先を見てから、自由帳に線を引く。ちゃんと書けた。


 絵里は私の顔をのぞき込み、何も言わずに笑っていた。


「何」

「やっぱり今の顔だ」


 自由帳の、つり上がった眉毛を指さす。


 私はシャーペンを持ち直し、その隣に丸い顔を描いた。


「じゃあ、これ絵里」

「髪、そんなに短くない」

「描いてる途中だから」


 片側の髪を伸ばすと、もう片側と長さが違ってしまった。そろえているうちに、ずいぶん長い髪になった。


「そこまで伸びるのに、どれくらいかかるのよ」

「中学卒業するまでかかるんじゃない?」

「それじゃあ卒業まで切れないじゃん」


 絵里は笑いながら、床へごろんと横になった。


 私は顔の下に制服を描き足した。居間に掛かっている自分の制服を思い出しながら、襟の線を引く。


「制服、もう着た?」


 寝転がった絵里が聞いた。


「着たけど、袖が長くてさ」

「私も、手が半分隠れちゃう」

「お母さん、ちょうどいいって言うんだけど」

「三年間着るからでしょ。うちも言われた」


 絵里が起き上がり、自由帳へ顔を寄せた。


 絵里が「シャーペン貸して」と手を出したので、今度はそのまま渡した。絵里は、大きなリボンの女の子にも制服の襟を描き足した。


「入学式、緊張する?」


 絵里は襟の線を描きながら聞いた。


「まあ、少し」

「真鈴でも?」

「私だってするよ」

「絶対、隣の子に話しかけるでしょ」

「知ってる子だったらね」


 知らない子だったら、何を話せばいいのか分からない。


 絵里は線を引くのをやめた。


「同じクラスがいいね」

「うん」


 言ってから、さっきより小さな声になったのが気になった。


 絵里は自由帳の上に、私と自分の名前を書いた。その上に「一年」と書き、シャーペンを止める。


「何組にしよう」

「まだ分かんないじゃん」

「絵なんだから、何組でもいいでしょ」

「じゃあ、一組で」


 絵里は一組と書き足した。名前の周りに花を描き始めたので、私は絵里の筆箱から鉛筆を借り、二人の前に机を描いた。


「机、いらなくない?」

「教室なんだからあるでしょ」

「制服、隠れちゃう」

「あ、ほんとだ」


 絵里が手で口を押さえた。私も、描き足した四角を見て笑った。


 机を消そうとすると、制服の線まで一緒に薄くなった。


「ちょっと、制服まで消えてる」

「描き直せばいいじゃん。さっき、こっちだとうまく描けるって言ってたし」

「そこだけ覚えてる」


 絵里はシャーペンの芯を少し出して、消えた線を描き直した。


 片方の女の子は大きなリボン、もう片方は腰まである髪。制服を着せても、全然ちゃんとした絵にならない。


 私は机の脚が一本だけ残っていることに気づいたけど、黙っていた。


「ねえ、まだ机の脚が残ってる」


 すぐに見つかった。


「もういいかなって」

「最後まで消してよ」


 絵里に肩を押され、笑いながら消しゴムを持ち直した。

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