第九十五話 帰りに本屋へ
金曜日の部活が終わり、校門を出たところで遼太に呼び止められた。
「藤宮、これ」
鞄から出されたのは、水曜日に借りたいと言った漫画だった。
「悠斗には言った?」
「藤宮に渡すって言っといた。あいつも今来る」
受け取って鞄へ入れると、遼太が俺の手元を見た。
「あのさ、前の巻で崖から落ちたやつ、覚えてる?」
「言うなよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「それで生きてるって分かるじゃん」
「生きてるとは言ってない」
遼太は笑いながら、先に歩き出した。
「待てよ。悠斗来るんだろ」
「あ、そうだった」
校門の脇へ戻る。
少しして、悠斗が靴の裏を地面にこすりながら出てきた。乾いた土が、かかとの下から崩れた。
「待った?」
「今来たところ」
遼太が言うと、悠斗は俺を見た。
「本、もらった?」
「うん。こいつ、先に中身言おうとした」
「まだ言ってないって」
悠斗は遼太の顔を見て、ああとだけ言った。
「言ってないからな」
遼太がもう一度言うので、三人で笑いながら歩き出した。
制服の背中はまだ少し湿っていた。鞄を片方の肩へ掛け直し、水筒を出す。残ったお茶は、朝よりずっとぬるかった。
駅へ向かう角で、悠斗が本屋へ寄っていいかと聞いた。
「何か買うの?」
「漫画の新しいの出てるか見たい」
「どれ?」
悠斗が題名を言うと、遼太はもう出ていると言った。
「お前、買った?」
「買ってない。見たから知ってる」
「どこにあった?」
「店の中」
「それは分かるよ」
遼太は笑って、本屋の方へ曲がった。
俺もついていった。
*
店の扉が開くと、冷たい風が顔に当たった。
入ってすぐにあった雑誌の表紙を見て、遼太の足が止まる。野球選手が大きく載っていた。
「先、見てるよ」
悠斗が声をかけ、漫画の棚へ入っていった。
俺も遼太の横を抜けた。文庫本の棚と向かい合った通路は狭く、鞄を前へ抱え直す。
悠斗は棚の端から順番に背表紙を見ていた。
「何巻まで持ってるの?」
「十二。十三が出てるはずなんだけど」
探していたところには、十一と十二が一冊ずつ残っていた。
「売り切れたんじゃない?」
「違うところに置いてあるのかも」
悠斗がしゃがんで、下の段まで確かめる。
俺は新しく出た本が置いてある台へ回った。背の高い本の陰に、同じ絵柄の表紙が見えた。
「あったよ」
手に取って見せると、悠斗が近づいてきた。
「ほんとだ」
受け取った本を裏返し、裏表紙の小さな字を読む。
「買う?」
「買う。……ちょっと待って」
鞄から財布を出して、小銭の入ったところを開いた。
俺は隣で別の本を見た。帯に結末らしい言葉が大きく書かれていて、慌てて目を離す。
さっきは遼太が話し出すのを止めたのに、本屋でも油断できなかった。
「足りた?」
「足りる。帰りに何か飲もうと思ってたけど」
悠斗は値段をもう一度見てから、財布を閉じた。
俺が返事をする前に、本を持ってレジへ行った。
遼太はまだ雑誌の前にいた。
近づくと、開いていたページを少しこちらへ向ける。
「これ見て。こんなとこまで飛ぶんだって」
野球のボールを追って、選手が身体ごと横へ伸びていた。地面に肘をついたら痛そうだと思っていると、遼太はその下の小さな写真を指した。
「捕ってるんだよ、これ」
「捕ったあと、投げられるの?」
「そこは次のページじゃない?」
めくると別の選手の記事になっていた。
遼太が前へ戻し、俺も下の説明を読んだ。
悠斗が紙袋を持って来るまで、二人とも同じ写真を見ていた。
「買えた?」
聞くと、悠斗は袋を持ち上げた。
「遼太は、それ買うの?」
「今日は買わない」
遼太が雑誌を閉じ、元のところへ戻した。
俺も何も買わずに店を出た。
*
外は、さっきより暑く感じた。
遼太は自動販売機の前を通り過ぎ、少し先の店を指した。
「アイス食おうぜ」
「俺、残り少ない」
悠斗が財布の入った鞄を叩いた。
「見るだけ見よう」
遼太は返事を待たず、店の中へ入っていった。
冷凍ケースには、袋に入った棒のアイスが並んでいた。俺が一つ取って値段を見ている間に、悠斗は端にあった小さなカップを持ち上げた。
「これなら買える」
それぞれ別のものを買って、店の前へ出た。
入口をふさがないように脇へ寄る。俺は袋を開けたところで、遼太に腕をつつかれた。
「お前の、もう溶けてる」
棒の根元から一滴落ちかけていた。慌ててなめると、反対側がまた柔らかくなる。
悠斗は蓋を外し、小さなスプーンで食べ始めていた。
「それにすればよかった」
「自分で選んだんだろ」
悠斗はゆっくりすくって、もう一口食べた。
遼太まで急に食べるのが速くなったので見ると、同じように棒のところへ垂れていた。
「人のこと言えないじゃん」
「暑いんだからしょうがないだろ」
「俺のだってそうだよ」
笑っている間にも溶けるので、それ以上言わずに食べた。
先に食べ終えた俺たちは、悠斗が食べきるのを待った。
通りの向こうを、自転車に乗った小学生が何人か通り過ぎた。ランドセルは背負っていない。こんな時間まで外で遊んでいたのかと思って、俺もさっきまで寄り道していたことに気づく。
「藤宮、袋持って」
悠斗に頼まれ、漫画の入った紙袋を受け取った。
最後の一口を食べた悠斗が、空のカップを店先のくず入れへ捨てに行く。戻ってきたところで、袋を返した。
三人で歩き始めてから、遼太が額を手で押さえた。
「痛いの?」
「冷たすぎた」
「急いで食うから」
「藤宮だって急いでたじゃん」
分かれ道まで来ても、空は明るかった。
遼太が自分の家の方へ曲がる前に、俺の鞄を指した。
「帰ったら読めよ」
「読むって」
「あの崖から落ちたやつ、実はさ」
悠斗が遼太の肩を押した。
「だから、まだ言うなよ」
二人と別れ、一人で歩き出した。アイスの袋を入れたポケットがかさかさ鳴る。
家へ帰ったら、夕飯までに少し読もうと思った。




