第二話 ボンクラ侍ヤマト
グレンバルの朝は早い。
特に黒炉亭の朝は、もっと早い。
まだ陽も昇り切らぬ時間だというのに、工房の奥からは既に金属を叩く音が響いていた。
カン――ッ! ゴンッ!! バギャン!!
「痛ぇぇぇぇぇっ!!」
そして、その騒音に混じって今日もレインの悲鳴が木霊する。
「お前は毎朝なにを壊せば気が済むんだ!!」
ガンツの怒鳴り声が飛んだ。
工房の隅でレインが指を押さえて涙目になっている。どうやら自分の親指ごと叩いたらしい。
「い、いやぁ……今日はハンマーが滑って……」
「ハンマーが悪いみたいに言うな!」
弟子たちがどっと笑う。だが、その笑いの中心であるレイン本人は、ちらちらと工房の隅を気にしていた。
そこには昨日の行き倒れの男、自称サムライと言う職に就いているというらしい、名をヤマトと名乗る男が、座りづらそうに座椅子に正座をして座っている。
薄汚れた羽織は黒炉亭の弟子が貸した作業着に変わっていたが、目付きが細く死んだ感じは相変わらずだった。
そして何より異様なのは、その膝の上に居る生き物。
「キュゥ」
丸っこい小動物が、ヤマトの膝の上で焼いた芋をもふもふと食べていた。
とても毛並みが良い。
しかも人に全く警戒していない。
「えっと……その生き物、なんなんです?」
レインが恐る恐る尋ねる。
「タヌキだ」
「たぬきとは!?」
「タマだ」
「名前を聞いてる訳でもないんですけど!?」
ヤマトは真顔で頷いた。
「賢いぞ」
ヤマトはタマの顎を撫でて満足そうに答える。
「え、なに?会話にならないなこの人!?」
「お前が言うかっwww」
様子を見ていた弟子たちが吹き出した。
昨日からずっとこんな調子だった。
どこから来たのか。 何故こんな格好をしているのか。 何故あんな奇妙な刀を持っているのか。
何を聞いても、まともな答えが返ってこない。
そもそも、彼が着ていた服装自体が異様だった。
大陸の人間が着る衣服とまるで違い、腰に差す細長い片刃の武器も見慣れない。
帝国で一般的な剣とは構造が全く異なっていた。
「しかし親方、本当に何者なんでしょうねコイツ」
若い弟子の一人が小声で言う。
ガンツは腕を組みながらヤマトを見た。
「……東の島国の連中かもしれん」
「島国?」
「大陸の外れに点々とある未開の土地だ。昔、一度だけ港で見た事がある」
「へぇ……」
親方の話を耳にしたレインは興味津々でヤマトを見つめた。
確かに顔立ちも少し違う。
「すんごく細い目ですね。どこを見てるのかさっぱり分からないや。」
「ほっとけ小僧。」
黒髪に黒い瞳。
そして妙に細身だ。
だが、その細い身体の奥に、妙な圧がある。
まるで抜き身の刃を布で包んで隠しているような危うさだった。
「そういやアイツ…」
別の弟子が声を潜める。
「昨日の夜、裏路地で酔っ払い三人組がアイツに絡んだらしいぜ」
「あぁ、それで?」
「次の瞬間には三人とも気絶して転がってたらしいぞ。」
「えっ!?」
兄弟子達のひそひそ話を聞いたレインが素っ頓狂な声をあげる。
ヤマト本人は、たぬきに芋を分け与えながらぼそりと言った。
「先に向こうがかかってきた…」
「いや、まぁそれはそうかもしれませんけど……」
「刀も抜いてないし、あとアイツら儂の財布を盗もうとした」
「えっと、行き倒れてたのにお金もってたんですか…?」
レインの質問にヤマトはスン顔になる。
ガンツはそんなやり取りを無視し、静かにヤマトへ視線を向けた。
「お前、その剣はなんだ?そして、何処から来た。何が目的だ?」
工房の空気が少しだけ張り詰める。
「…」
今は鞘に収まっていて全身は垣間見れないが、ヤマトは腰に挿した得物を見下ろした。
それは半ばから先を失ったこの大陸には無い奇妙な刃。
昨日、ガンツはこの得物を見て一目で理解していた。
これは異常な業物だ。
鋼の質。 鍛え方。 刃の薄さ。
帝国でも、こんな武器を作れる鍛冶師は存在しない。
「なんだ?鍛冶師よ。刀を知らぬとでも言うのか?」
ヤマトは目の前にいる筋骨隆々の鍛冶師に億劫な感じで答える。
「カタナ…!?そんなもの聞いたこともないぞ!?」
ガンツはバンっと目の前の机を叩いて唸った。
ガンツの情熱さに比べてヤマトはガッカリした感情で呟いた。
「ナマクラとはいえ、この刀を折ってしまった我が実力不足。本当に嫌になる…」
「な、ナマクラだと?何を言っているんだ!?こんなものこの国では一級品を超える質だ…、っ」
ガンツはヤマトの呟きにフラフラと意識を失いそうになった。
その時だった。
「キュゥゥ……!」
膝の上で呑気に芋を食べていたたぬき――タマが突然毛を逆立てた。
と、同時に工房の外から悲鳴が響く。
「妖異だァァァ!!」
空気が凍る。直後――。
ドゴォォン!!
工房の外壁が内側へ吹き込み視界が見えなくなった。
瓦礫と粉塵が舞い散る。
悲鳴。
怒号。
そして、その煙の向こうから現れたのは。
巨大な妖異だった。
蛇のように波打つ体、しかし馬のようとも牛のようとも形容しがたい容姿を持った化け物。
その妖異はギョロりと辺りを見回し、ヤマトを見つけるとニヤリと不気味な笑みを浮かべて襲うべく体勢を整えた。
その瞬間。
「やれやれ」
ヤマトの眠たげだった目が、凛と見開き全力で叫んだ。
「おいっ!全速力で逃げるぞ!!」




