第五話
小学2年生から4年生は一瞬のように過ぎていった。
受験勉強も順調だった…と思う。親に言われて決めた第一志望を決められて、その志望校に足りる、偏差値だった。その頃は自分が本当に恵まれているんだと自惚れていた。その塾の中でもレベルが高いクラスに属していて、どんどん色々なことを吸収することができた。
親も、姉の時より、楽だとかいっていて、優越感に浸っていた。僕は算数と理科が得意だった。国語は本当に苦手だった。文章に書いてある、登場人物の、気持ちがわからなかった。お母さんからなぜこのような問題も解けないのかと言われた。文字が汚いと言われた。私の頃は… と言われた。僕は、成績が上がっても、自己肯定感が上がり、満足することはなかった。
バスケは、やはり、どんどん上手くなることができた。コーチからも期待され、同じ学年の中では2番目に高い背番号を与えられていた。身長も周りよく高かったため、すごく期待されていたのだと思う。また、その頃は社交的だったため、キャプテンや、みんなをまとめる薬を期待されていた。外では、ノリのいい、今では調子に乗っていたと思わなくもないが、明るい普通の子供になれていたんだと思う。
その頃からだろう、家と家の外で、違うような人格を演じるようになったのは、その頃、まだお母さんへの恐怖は続いていた。でも、学校の周りは明るい人だったし、自分が振る舞いたいのは、みんなのように明るく生活してきていたい。と思っていた。でも、一回家でそのようなことをしたり、学校で少しやんちゃをした時に、怒られ方が、また、自分の人格を否定されるようにして怒られた。お母さんが望んでいるのは、優等生で、勉強もできて、親に反抗しないような、理想的な子供に育って欲しいのだということがわかった。お母さんの話を聞いていると、お母さんはそのように育って、それが理想的な子供だと思っているんだと感じた。それなら、僕は、お母さんの気を損ねないように、生きていこうと思った。家では、勉強をして、お手伝いもして、優しい子供を演じた。外では、ありのままの自分でいられる気がしていた。外でふざけても、いいんだと思った。みんなと遊んでいるだけで、勉強の疲れも取れた。バスケも生き甲斐だった。まだ、結果が求められているわけではなかったが、そこそこ上手だったおかげで、よく試合に出させてもらえた。結構自分は天然だったらしく、先輩たちからも可愛がってもらえた。
この頃は本当に楽しかった。本当に




