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第三話

小学校時代、ここからは、書く内容も増えてきて、幼稚園の頃より、書きやすかった記憶もある。ここからが本番だ。

小学一年生、幼稚園は私立だったため、地元の友達というのはいなかったため、入学式では、とても緊張した、だがそれは杞憂だったのか、それともその頃は、コミュニケーション能力が高かったのか、すぐに友達を作ることができた。その頃はまだ、サッカークラブに通っていたため、運動はそこそこにはできていた。また、毎週一回のピアノ教室に通っていたがその頃はピアノを弾くのが楽しかった。僕は集団クラスに所属していたが、そこで足が不自由な子とすごく仲良くなった。僕は器用ではなかったけれど、曲を覚えることで、自分が弾くことで音楽が奏でられていくような感覚が好きだった。ピアノも小学一年生の頃まで続けた。


しかし小学一年生の頃で一番大きな出来事は、やはり、姉の受験だろう、5歳上の姉の中学受験は佳境を迎えていた。姉は頭が悪かったわけではなく、むしろ頭はいい方だと思うが、算数や理系科目がとても苦手で嫌いらしく、父さんはあの頃夜遅く仕事から帰ってきた後にPノートといって、算数や理科の姉が解けなかった問題をPノートといってまとめて、朝早くに復習していた。姉や父さん本人からはPノートに意味があったのかよくわからなかったという。


姉の中学受験で一番大事なのはよく、お母さんとぶつかっていたことだ。小学生に勉強させるのだから、衝突が起こるのはもっともである。しかしそれで大切なのは、その衝突で僕はお母さんに恐怖を覚えたことだ。姉とお母さんの衝突には、暴力が伴った。殴るということだけではなく、空気清浄機にぶつけたり、リモコンや文房具を投げたり、時には椅子が飛んだこともあった、


それでも姉は、お母さんとぶつかるのをやめなかったのだ。ひどい時には家から逃走するという笑えるような出来事もあった。親子なのだからぶつかるのは当然というふうに、それでも、僕にとっては、異常であったのだ。その頃から僕はお母さんに支配されていたのかもしれない。


その頃から、僕はお母さんには逆らってはいけないと思うようになった。家では、お母さんの目を気にして、毎日ビクビクしながら、お母さんの機嫌を気にするようになった。お母さんの機嫌の良し悪しもよくわかるようになった。いや、機嫌が悪い時がよくわかるようになった。ため息をついたり、机を叩いたり、ドアの開閉が乱雑になったりなど、物の扱いが雑になるようになる。そうなったときは自分は、部屋に閉じこもっていた。姉が殴られている時も、何もすることができなかった。僕は、その無力感に自分で自分を失望した。毎日、今日こそは勇気を持って、姉を殴るのをやめさせようと思っても、怒鳴り声を聞くと、体が動かなかった。布団で耳を塞いでいた。冗談を言うことも減った。


そんな葛藤をよそに、姉は第一志望に受かることができた。姉は第一志望の1日目は落ちたが、二日目に雪が降り、姉は動揺することがなかったのか受かった。そのことを母は、姉が図太いからと、色々な人に言っていたが、僕はそれを笑って聞いて、最初に褒めることもできないんだなと、また母親にも失望した。

姉が私立の中学に通うことで、僕は引っ越すことになった。小学校を離れるのは寂しかったが、そんな気持ちを言えるはずもなく、祖父母の住めば都という言葉を信じて引っ越した。


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