第二話
日記の一ページ目は、幼稚園から始まる。最初の方は文章がまだ拙いように思える。幼稚園に入る前は、僕はほとんど喋らなかったらしい。そういう施設にも通わされていたらしい。昔の自分は無口だったらしい。しかし、幼稚園に入ってから、少しずつ世界が変わってきた。まず友達ができた。その次にサッカーを始めた。そこでも友達ができた。私立の幼稚園なので、朝早く起きなくてはいけなかったし、車酔いがひどいのに、毎朝、父さんの車に乗っていけなくてはならなかった。それでも、幼稚園は楽しかった。水泳の授業の後に、運動会の太鼓の練習をさせるという今思うと少し、スパルタだったような気がしないでもないが、幼稚園に入った後に、僕はどんどん明るくなった。昔の写真や動画を見ると、笑うようになった。喋るようになった。
最初の大きな転換期は、年中の頃だった。その頃仲が良かった、なおゆきにピンクは女の色だと言われた。その頃の僕は、色はピンクが大好きだった。服や身につけるもの、使うものにピンクを好んで使っていた。でも、なおゆきに言われたときに、なぜか自分の中に電流は走った。どうしてだろう…今でもよくわかっていない。しかし、その時はなおゆきが言ったことはまとものように思えた。その後僕はピンクを毛嫌いするようになった絵にピンクは使わない、ピンクの服は使わない。今思うと、あの頃から自分は人の言うことに流されやすい性格だったのかもしれない。
サッカーはすごく楽しかった。お世辞にも上手いとは言えなかったと思うが、体格が良かったので、ディフェンスでは、そこそこの活躍ができた。ファールが取られることもよくあったが、あの頃は怖いものなしのように、生き生きとプレイすることができた。コーチも優しかった。あの頃はまだ、三十代くらいの人だったと思うが、すごく優しく、練習も楽しかった。あの頃は自分は、サッカーが大好きだった。なので、小学一年生の頃まで続けることができた。
幼稚園の卒園式、僕は、友達とふざけて、将来の夢のことをふざけていった。あの時僕が言ったのは…そう寿司屋になるという夢だったと思う。今でも、生魚が食べれず、たまごや穴子、寿司屋のチェーン店では、寿司以外のものをよく食べていた。あの頃は、親の前でも、冗談をよく言ったり、ふざけた動画を撮ったり、なかなか明るい子供だったと思う。今では、あの無邪気さは持てないんだろうなと思って、苦笑する。
次は小学生時代も読んでみよう




