第29話 「真実」
証拠は、あまりにも静かにそこにあった。
王城南棟の保管庫。
封印された書簡の束を、リゼリアは一枚ずつめくっていく。
王弟派の基金移動記録。
私兵招集の通達。
そして――隣国宰相府の暗号印。
時系列が、揃いすぎている。
退位勧告が出る直前。
王弟派の資金が露見する直前。
暗殺未遂犯が処理された直後。
すべてが、無駄なく繋がる。
「……早すぎる」
呟きは、ほとんど息だった。
通常なら数か月かかる裏取りが、数日で終わった。
王弟派の弱点が、正確に露出した。
まるで――誰かが導いたかのように。
最後の一枚を引き抜く。
そこに記されていたのは、宰相府内部文書の控え。
“優先順位変更。王位交代は今期中。”
日付は、退位発表の二週間前。
リゼリアの指先が止まる。
宰相府。
カイルの管轄。
息が浅くなる。
「……合理的すぎる」
その時、背後で扉が閉まる音がした。
「探し物は見つかったか」
低い声。
振り返らなくても分かる。
「ええ」
ゆっくりと振り向く。
「見つかりました」
カイルはいつも通りの表情で立っている。
灰色の瞳は揺れない。
「王弟派の資金流れを、あなたが操作したのね」
静かな問い。
沈黙が落ちる。
否定はない。
「答えて」
「……間接的にだ」
その一言で十分だった。
胸の奥で、何かが冷える。
「退位を早めたのも?」
「流れを整えた」
淡々とした声。
「整えた?」
「あなたが国を背負うために、障害を排除した」
その言葉は、誇りのようでいて。
決定的に間違っている。
「私は、頼んでいない」
「頼まれなくても分かる」
距離が一歩縮まる。
「あなたは揺れない。だが周囲は揺れる」
「だから私の知らないところで盤面を動かした?」
「最短距離を選んだ」
合理的。
完璧な政治判断。
だが。
「私は駒ではない」
声は低い。
しかし震えない。
カイルの瞳が、わずかに揺れる。
「駒にしたつもりはない」
「結果は同じよ」
一歩、後退する。
「あなたは私を守ったのではない」
視線を逸らさない。
「利用した」
沈黙。
長い沈黙。
「私はあなたを愛している」
唐突な告白。
だがそれは、言い訳に近い。
「愛は、操作と同義ではない」
胸が痛む。
それでも言う。
「私は選びたかった」
「結果が同じでも?」
「違う」
はっきりと。
「選んだ結果と、選ばされた結果は違う」
カイルが初めて言葉を失う。
「あなたは、私が揺れないと信じた」
「信じている」
「でも、私から選択肢を奪った」
その事実が重い。
「退位は彼の選択だ」
「そこへ導いたのはあなた」
沈黙。
灰色の瞳が、わずかに翳る。
「あなたは泣かなかった」
「泣く暇がなかった」
短い応酬。
「守るためだ」
「守られるつもりはない」
静かに、しかし明確に。
「私は、守られる存在ではない」
空気が張り詰める。
「並び立つと言ったわね」
「ああ」
「なら、私の知らない盤面を作らないで」
それが本音。
カイルは数秒、目を閉じる。
「……最善を選んだ」
「あなたにとっての」
決定的な亀裂。
書簡を机に置く。
「ありがとう」
その言葉に、彼が顔を上げる。
「あなたが整えた盤面で、私は勝った」
だが。
「それは私の勝利ではない」
静かな宣告。
「私は、自分で選びたい」
沈黙。
カイルの声が低く落ちる。
「どうする」
「契約を見直す」
「解除か」
視線が交わる。
痛みはある。
だが迷いはない。
「まだ決めていない」
それが精一杯の猶予。
「だが、今のままでは並び立てない」
灰色の瞳が、初めて揺れる。
合理的な宰相は、初めて計算を失う。
保管庫の空気が重い。
真実は、いつも静かだ。
だがその静けさは、すべてを変える。
悪役令嬢は、初めて愛に疑問を持った。
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