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悪役令嬢は玉座を望まない ―溺愛宰相と築く、破綻寸前国家の再建録―  作者: 花菱エマ


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第28話 「並び立つ影」

 退位から五日後。


 王都は、奇妙な静けさに包まれていた。


 暴動も歓声もない。


 ただ、人々は様子を見ている。


 新王アルベルトは即位演説でこう言った。


「改革は継続する。ただし、急がない」


 急がない。


 その一言が、重い。


 王城東棟の執務室。


 リゼリアは新たな権限書を手にしていた。


「財政顧問の職務は維持」


 クラリスが淡々と説明する。


「だが、最終決裁は王へ」


「想定内です」


「地方自治拡大案は一時凍結」


 そこだけ、わずかに沈黙が落ちる。


「……理由は」


「拙速を避けるため」


 言葉は穏やかだ。


 だが意味は明確。


 制限。


「承知しました」


 リゼリアは書類に目を落とす。


 怒りはない。


 ただ、冷静な再計算。


 扉が閉まり、クラリスが去ると、室内は静かになる。


「予想よりも穏やかだな」


 背後からカイルの声。


「新王は賢明です」


「あなたを敵に回さない」


「私を利用する気でもある」


 淡々とした分析。


 カイルは机に寄りかかる。


「それでも続けるか」


「続けます」


 迷いはない。


「制度は一人で作るものではない」


 視線が交わる。


 あの夜以来、二人の間には微妙な距離がある。


 まだ壊れてはいない。


 だが以前の無言の信頼もない。


「……疲れている」


 カイルが言う。


「少しだけ」


 正直な返答。


「休め」


「今は無理です」


「国はすぐには崩れない」


「でも腐る」


 短い応酬。


 カイルは小さく息を吐く。


「あなたは、自分を酷使する」


「合理的です」


「違う」


 灰色の瞳がまっすぐ射抜く。


「責任を背負いすぎる」


 一瞬、沈黙。


「それが役目です」


「役目以上だ」


 低い声。


 その温度が、少しだけ近づく。


「私は守ると言った」


「ええ」


「忘れるな」


「忘れていません」


 だが、どこかに引っかかりがある。


 広場での違和感。


 王弟派の動きの速さ。


 暗殺未遂の処理の鮮やかさ。


 合理的すぎる。


「カイル」


「何だ」


「王弟派の内部情報は、どこから」


 一瞬、間。


「諜報網だ」


「それだけ?」


 視線がわずかに揺れる。


「十分だ」


 短い返答。


 リゼリアはそれ以上追及しない。


 だが、胸の奥に小さな棘が刺さる。


「……並び立つと言ったわね」


「ああ」


「なら、隠し事はしないで」


 静かな声。


 カイルは数秒黙る。


「必要なことだけ伝える」


「それは、あなたの判断?」


「合理的判断だ」


 沈黙。


 その言葉は、どこか冷たい。


「私は駒ではない」


 小さく呟く。


「分かっている」


「本当に?」


 視線がぶつかる。


 空気が張り詰める。


「……疑うのか」


「疑いたくない」


 正直な言葉。


 カイルの瞳がわずかに揺れる。


「私はあなたを利用しない」


 はっきりと言う。


 だがその言葉の裏に、何かが隠れているように感じる。


 沈黙。


 やがてカイルは視線を逸らす。


「新王との会談がある」


 話題を変える。


「準備を」


「ええ」


 彼が去る。


 扉が閉まる音が、妙に大きく響く。


 リゼリアは机に手をつく。


 違和感は、まだ形を持たない。


 だが確かにある。


 並び立つ影。


 それは支えか、覆いか。


 新王との初会談。


 そして、隠された報告書。


 静かな水面の下で、何かが動いている。


 冷酷令嬢は、まだ知らない。


 守られているのか、動かされているのかを。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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