百三 救世を断る
「鏡花さんが、救世主!?」
幸一は思わず大声を上げた。
「救世主って、一体どうやって分かったの!?なぜ複数に存在する!?」
啸風は表情が不動のままだが、幸一の過度な反応を見逃さなかった。
「貴殿たちは朝廷の協力要請を断ったのなら、俺からもこれ以上の情報を共有するわけにはいかない」
「当然のことです。構いませんよ」
修良は鼻で笑った。
「声をかけてくれた理由はなんであれ、朝廷からの直のご依頼は仙縷閣にとって光栄なことです。私はその依頼を止める理由がありません。具体的な話は、経理の菊牡丹に相談してください」
「店主様のご意向はよく分かった」
啸風は視線を修良から幸一に移した。
「お前は、どう思う?」
「?」
幸一は意外だった。
「救世主に関するの協力要請を断ったのは天修良だ。玄幸一、お前の意見は?」
啸風の質問を聞いて、参謀の于又は声をこぼした。
「将軍っ……!」
幸一が口を開く前に、修良は不愉快そうに話に割り込んだ。
「この会談の前提条件はなんなのか、お忘れですか?」
「玄幸一の意見聞くだけで、なんの企みになるというのか?」
啸風は引くことがなく、更に迫った。
「玄幸一は一人の独立の人間だ。彼の選択は他人によって決められないだろう」
「!」
その話はまさに正論だ。
だけど、正論だからこそ、修良は呑み込めない。
修良が発した暗い雰囲気に察した于又は低い声で、啸風に進言した。
「将軍、珊瑚様はあの人を刺激しないほうがいいってあんなに言ったのに……」
啸風は参謀の意見を無視した。いかにも修良と対立する態勢だ。
空気があっという間に険しいものになった。
問題が自分にあることを知って、幸一は前に出て、真面目に啸風たちにお詫びをした。
「今までたくさんのご迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ない。確かに、俺の出現によって、いろんな予期せぬできことが発生したけど――」
幸一は一度暗い顔の修良を見てから、また啸風に向き合う。
「俺は救世主じゃない。なるつもりもない。救世主を信じない。救世主の件に関わるつもりもない」
なんのためらいもなく、否定連発。
啸風もこんなきっぱりとした返事が来ると思わなかった。
「本当は、粛衛将軍たちも確信を持っていないだろ?本当に世界の危機を救うのなら、こんな穏便に調査や交渉する余裕はないはずだ。この柳蓮県、この仙縷閣を見れば分かる。まだまだ救世主は要らない世界じゃないか」
「……」
幸一の異様なほど冷静な分析はまるで混沌を照らす光。議論をもっと根本的なところに導いた。
――この世界には、本当に救世主が必要なのか?
実は、啸風もずっと同じ疑問を持っている。
だから、世界の鍵を握っている幸一の協力を望んだ。
啸風の代わりに、于又は適時に幸一に返答した。
「おっしゃる通り、この世界は全体的に安定なものです。しかし、不穏な要素もたくさん存在しています。
例えば、幸一様を巻き込んだ妖界の勢力闘争、または人間界の争い。現に、この天寿国の辺境でもずっと戦争が続いています。わたくしたちは国の役人として、危機が発生する前にそれを阻止し、万全な対策を整えるのが使命です。
玄幸一様も仙道に所属する人間です。人々を助け、平和のために尽力するのも仙道の人間の責任ではないですか」
于又の冷静な説明を聞いて、幸一もいっそう沈静な口調で返した。
「助けを必要とする人がいればもちろん手を出す。だけど――他人を勝手に憶測し、勝手に救う、自己満足みたいなことはしない」
于又が理解しづらい顔をしたら、幸一は一度目じりで修良を覗いて、もっとはっきりと意志を表明した。
「一人で英雄になるつもりで誰かを救おうと勝手に行動したことがある。でも結局、その人に役に立つどころか、もっと多くの人々を災難に巻き込んだ。一番大切な人に、最悪な結果を与えた」
「……」
幸一は何を言っているのか、修良だけが知っている。
その話の重さが分からない于又はもう少し幸一の説得に頑張ろうとした。
「ご配慮はよく理解いたしました。ですが、人々を救いたい気持ちに非はないと思います。ですから、もし今でも人を助ける気持ちがあるのなら……」
「于又さん、将軍様」
于又の話が終わる前に、幸一に断ち切られた。
「救世主はなぜ世界を救いたいと思いう?」
幸一はゆっくりと、啸風たちに質問をかけた。
そして、二人が答えを出す前に、更に問い詰めた。
「本当に世界が腐っているからか、それとも、彼の望んだ世界ではないからか?」
「!」
修良を含めた三人は言葉に詰まった。
この時の幸一から、不確かで、不思議な力を感じた。
幸一の目は遠い何処かを見ているようだ。
あの衝動的で、太陽のような輝かしい少年は、まるで別人になった。
***
仙縷閣への仕事の依頼に関してなんとなく合意したが、救世主の話が進展のないままで四人の会談が終わった。
修良も幸一も拒絶を示したので、妥協案として、啸風は鏡花の観察だけを要求した。
修良も鏡花のことが気になるので、反対しなかった。
四人が貴賓室を出で、舞台の見える二階の廊下へ移動した。
舞台上、役者たちの練習はそろそろ終わる頃だ。
「それでは、俺たちは菊さんに話をしてから帰る」
「ご自由にどうぞ」
修良は啸風たちを見送った。
幸一の注意力は、ずっと舞台にいる鏡花に置いてある。
こんな清らかで美しい鏡花、あの太陽太歳となんの共通点もないのに、なぜ「救世主」なのか……やはり何処か間違ったんじゃないか。
啸風たちの提案を断った以上、朝廷の判断基準を教えてもらえないだろう。
幸一は呆然に思考に落ちて、鏡花の姿をぼうっと見つめていた。
「……」
修良は幸一の様子が気になって、静かに話をかけた。
「幸一、還初太子の世のことだけど――」
「幸一!」
いきなり、一階から呼び声がした。
声を辿ると、幸銘が一階の観客席で幸一たちに手を振っている。
「幸銘……」
「あの人が、幸銘か……」
修良は幸銘を見た瞬間、思わず心の中で呟いた。
(幸一に似ているな。)
幸一たちは一階に降りて、幸銘に合流した。
「鏡花さんと一緒に外国人の市に行く約束をしたから、鏡花さんを迎えに来たんだ。幸一たちも一緒に行ったらどう?面白いものがいっぱいあると思うぞ」
幸銘は陽射しのような笑顔で二人を誘った。
「えっ、いいのか?邪魔にならない?」
幸一は不思議だった。幸銘なら、鏡花と二人きりになりたいじゃない?
「そんなことない!幸一は最初から何か誤解したんじゃないか?」
幸銘は声を低くして、秘密を告げるように、幸一に耳打ちをした。
「俺は鏡花さんに幸一が考えている感情を持っていないんだ。本当に、友達になれれば十分だ。それに、俺たちは鏡花さんと仲良くすれば、幸世もやりやすいだろ?」
「そ、そうだったのか!?ごめん、俺はてっきり……」
従兄の気持ちを邪推したことに気づき、幸一は恥ずかしく思った。
「無理もない。鏡花さんは、本当に美しいから……」
鏡花のことを口にしながら、幸銘は視線を修良のほうに移した。
「こちらは、きっと幸世の言っている『お兄様の復讐のためにわたくしを毒々しい悪女にしたてた』あの天修良さんですね」
「幸世の話を真っ受けしないでくれ、俺の頼みで先輩は幸世を助けるために一芝居を売っただけだった……」
幸一はさっそく事情を説明した。
「これは、またとんでもない誤解をしたんだ。本当に申し訳ない」
幸銘は一度苦笑して、修良に謝った。
「いいえ、仕方がないことです」
「でも気を付けてくれよ、修良さん。うちの従妹は本気らしい。修良さんにざまあみろっていろいろ企んでいるんだ」
幸銘の口調は馴れ馴れし。
修良はなんとなく彼が気になる。
遠くから見る時はともかく、こうして近くで見ても、やはり幸一に似たような波動を感じる。
幸一は人間離れの力を持っている仙道の達人。幸銘はただの人間のはず。性格も気質も異る。二人の波動が似ている理由は、血縁関係の近い従兄だけなのか?




