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こじらせ年下御曹司は、三ヶ月で私を落としたい  作者: kinoko


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第6話 最低の彼女

小春は自分で言っておきながら、胸がズキンと痛んだ。



何を言っているんだろう。

これはあまりにも図々しい。

でも、振り切るなら、とことんやるしかない。


中途半端にいい人ぶっていたら、きっと颯太は離れてくれない。



小春は唇を噛み、さらに続けた。


「彼氏になったんだから、それくらいやってよね……!」


言った瞬間、自分の声が少しだけ震えた。



最低だ。

本当に最低な言い方だ。

けれど、これでいい。

最低な女だと思われればいい。



『分かりました』


「……え?」


あまりにもあっさり返され、小春の方が固まった。


『今から迎えに行きますね』


「ちょ、ちょっと待って。私、まだ用意してないから」


『うーん。では、一時間後でどうですか?』


「……それなら……」


『わかりました』


「ちゃ、ちゃんと高いところ行くから……!」


『はい』


「本当に買ってもらうからね!!」


『もちろんです』



まったく動じない。


小春はむしろ、自分の方が追い詰められている気分になった。


「じゃあ……、準備時間かかるかもしれないから、早く着いたら外で待ってて!」



颯太の返事を最後まで聞かず、小春は通話を切った。


しんとした部屋の中で、スマホを握ったまま大きく息を吐く。



「つ、疲れた……!!」



悪い女を演じるのは、意外と疲れた。

でも、これで颯太が自分から離れていけば、傷つかずに済む。


これは、そのために必要なことだ。


小春は自分へ言い聞かせるように、何度もそう考えた。




一方、通話を切られた颯太は、スマホを耳から離し、しばらく画面を見つめていた。


そして、堪えきれなくなったように、噴き出した。



「俺に嫌われようとしてるの、バレバレなんだけど」



スーツを買ってほしい。

彼氏なんだからそれくらいしてほしい。



言葉だけを聞けば、確かにわがままだ。

けれど電話の向こうの小春は、最後まで強がりきれていなかった。


声の端に、罪悪感が滲んでいた。

無理をして、悪い女を演じようとしている。


そんなところまで、分かりやすい。



「……まっ、本気でそんなわがまましても、全部聞いてあげたいんだけど」


颯太は小さく笑った。





一時間後。


小春が支度を終えて玄関を出ると、アパートの前に颯太が立っていた。


シンプルなシャツに、細身のパンツ。

上から軽く羽織ったジャケットも、派手ではないのに妙に似合っている。

カジュアルな服装なのに、どこか品があった。



小春は一瞬、言葉を失った。



やっぱり、かっこいいな、この人。



そう思ってしまって、慌てて視線を逸らす。



「じゃあ、買い物に付き合ってもらうから」


「はい」


「本当に高いところ行くからね」


「分かっています」


「あとで文句言っても知らないから」


「言いませんよ」



颯太は楽しそうに目を細めた。


小春はその余裕が気に入らなくて、スマホで調べておいた店名を告げた。



都心にある高級ブティック。

サイトに載っていた外観からして、普段の小春なら絶対に近づかないような店だった。



タクシーで店の前に着いた瞬間、小春は少し後悔した。


ガラス張りの入口。

中に並ぶ服は、どれも手に取るだけで緊張しそうな雰囲気をまとっている。



「ここが気に入ってるんですか?」


颯太が尋ねる。

小春はつんと顎を上げた。


「気に入ってるっていうか、とりあえず高いもの買ってもらおうと思って」


「そうですか。では、行きましょう」



颯太は何のためらいもなく店へ入っていく。

小春は慌てて後を追った。



店内に入った瞬間、上品な香りがふわりと漂った。


床は磨き上げられ、照明は柔らかく、並んでいる服もバッグも、雑に触れてはいけないもののように見える。


すぐに店員が近づいてきた。



「いらっしゃいませ。本日は何かお探しでしょうか」


その声が、信じられないくらい丁寧だった。

今まで対応されたことのないような、落ち着いた接客。


小春は急に場違いな場所に来てしまった気がして、背筋が固まった。



「あ、えっと……スーツを……」


言いながら、近くに掛けられていたジャケットの値札が視界に入った。


小春は息を止めた。



桁が違う……!!

想像していた金額より、ひとつ多い……。

いや、待って、これはジャケットだけ?

上下じゃなくて?



小春の顔から血の気が引いていく。



無理。

これは無理!!



いくら嫌われるためでも、さすがに人に買わせる金額ではない。


小春は反射的に颯太の服の袖をぎゅっと掴んだ。



「そ、颯太くん……」


「はい」


「間違った。出て行こう……」


「どうしてですか?」


「いいから!」



小春は小声で必死に言った。

だが颯太は、まったく動じなかった。


むしろ店員へ向き直り、慣れた様子で微笑む。



「彼女のスーツが何着か必要なんです。見ていただけますか?」


「もちろんでございます」


「ちょっと待って、颯太くん」



小春は慌てて袖を引いた。


「見た感じ、品質もデザインもとてもいいです。きっと小春さんに似合いますよ」


颯太はそう言って、小春の背中を軽く押す。

その手つきが自然すぎて、小春は逆らうタイミングを失った。


店員は小春の方を見て、柔らかく尋ねた。



「お仕事用でお探しでしょうか?」


「あ、はい……」



声が情けないほど小さくなる。


さっきまでの強気はどこへ行ったのか。

小春は完全に気圧されていた。


「大体、何着ほど必要でしょうか」


「と、とりあえず、一着で――」


小春の言葉を、颯太が自然に引き取った。


「五着ほどお願いします。タイプが違うものをいくつか見せてください。面接や打ち合わせにも使えるものと、普段の出社で着やすいものを分けていただけると助かります」


小春は口を開けたまま固まった。



五着?

今、五着って言った?

この店で?

この値段で?



店員は少しも驚いた様子を見せず、にこやかに頷いた。


「かしこまりました。お色味やシルエットの違うものをいくつかご用意いたします」


「お願いします」


「颯太くん!」


小春は小声で叫んだ。



「何考えてるの!?」


「小春さんに似合うものを選んでもらいましょう」


「そういう問題じゃない!」


「“彼氏なんだからそれくらいやってほしい”んですよね?」



にこりと笑って言われ、小春は言葉に詰まった。



自分で言った。

確かに言った。

でも、こんなはずではなかった。


颯太に呆れられる予定だった。

図々しい女だと思われる予定だった。



なのに、颯太は少しも嫌そうではない。

むしろ楽しんでいるようにすら見えた。



ほどなくして、店員がいくつものスーツを運んできた。


ネイビー、グレー、ベージュ、黒。


パンツスーツもあれば、柔らかな印象のジャケットもある。

どれも上品で、きっと着ればきれいに見えるのだろうと分かる。


けれど、ちらりと見える値札のたびに、小春は息が止まりそうになった。



心臓に悪い!!

もう、私、なんでこの店選んじゃったの!?



これは嫌われるための作戦であって、本当に買ってもらうためではない。

けれど、逃げるタイミングを完全に失っていた。



結局、全て試着をすることになり、小春が着替える度に颯太は褒めた。



疲れた……。



「スタイルがよろしいので、本当によくお似合いになりますね」


店員が五着分のスーツを整えて並べる。



「いかがなさいますか?」


小春は慌てて口を開いた。


「あ、あの、今日は見るだけで――」


「じゃあ、これ全部ください」


颯太がさらりと言った。

小春の呼吸が止まった。


「……全部?」


「はい」


「ぜ、全部って、今の五着を?」


「そうです」


颯太は何でもないことのように頷いた。

小春は目を見開いたまま、言葉を失う。


店員はにこやかに「ありがとうございます」と言い、手際よく会計へ進んでいった。



小春は颯太の袖を掴む。


「待って? ……颯太くん、待って!? これは本当に待って!!」


「どうしました?」


「どうしましたじゃないよ! 値段見た!?」


「あー。妥当な値段でしょう」



颯太は落ち着いた顔のまま、会計カウンターへ向かった。


そして、財布から黒いカードを取り出す。

小春は二度目の衝撃を受けた。



ブラックカード!?

本当に存在するんだ、あれ!!



小春は口を半開きにしたまま、颯太とカードを交互に見た。


会計は、恐ろしいほど静かに終わった。

金額を聞いた瞬間、小春の魂は半分くらい抜けた。



こ、これ……、私の給料何か月分……!?

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