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こじらせ年下御曹司は、三ヶ月で私を落としたい  作者: kinoko


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第7話 嫌いになる理由が見つからない

店員が丁寧に包装された紙袋を並べる。

当然のように、颯太がすべての荷物を持った。



「小春さん。出ましょうか」


「……はい」



小春は震える足で店を出た。


外の空気に触れた瞬間、ようやく少しだけ呼吸が戻る。

けれど、颯太の両手にある高級スーツの紙袋を見て、また心臓が痛くなった。



「颯太くん……」


「はい」


「お返しできる金額じゃないからね……」


声が震えていた。


「本当に。無理だから。絶対無理だから……」



颯太は不思議そうに小春を見る。


「何言ってるんですか?」


「え?」


「これは俺からのプレゼントです」


小春は胸を押さえた。



心臓が痛い。

本当に痛い。



「……プレゼントって金額じゃないでしょ……。車買えるよ……」


「小春さんが必要だと言ったので」


「言ったけど! 言ったけど、そういう意味じゃ……」



いや、自分で言ったのだ。

彼氏なんだから買って、と。

高いところへ行く、と。


全部、自分で言った。



小春は唇を噛み、視線を逸らした。



「……もう帰る」


「食事でもしませんか?」


颯太は穏やかに尋ねた。


「近くに良い店がありますよ」


「しない」


小春は即答した。


「今日は、スーツを買ってもらおうとしただけだから。もう帰る」



最低な言い方だ。

でも颯太は、責めることはしなかった。



「分かりました。では、送ります」


「……いい。一人で帰れる」


「荷物がありますから」



そう言われると、何も返せなかった。


颯太はタクシーを止め、小春を家まで送った。


車内で、小春はほとんど話さなかった。

隣に座る颯太は、何かを問い詰めることもなく、ただ静かに外を見ている。


それがまた、小春の罪悪感を膨らませた。


家に着くと、颯太は紙袋を玄関まで運び入れた。

高級な紙袋が、狭い玄関に並ぶ。


その光景だけで、小春は眩暈がしそうだった。



「じゃあ、小春さん。また連絡しますね」


颯太はそれだけ言った。


部屋に上がろうともしない。

見返りを求めることもない。


本当に、すんなり帰っていった。



小春は玄関に並んだ紙袋を見下ろした。


静かな部屋の中で、高級ブティックのロゴだけがやけに存在感を放っている。



「……いや、ちょっと待って……!?」



小春はその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。


罪悪感どころではない。

これはもう、ほぼ犯罪ではないか。

自分は、何かしらの詐欺行為をはたらいてしまったのではないか……?


嫌われようとして、高級スーツを五着買わせた。

しかも相手は嫌な顔ひとつせず、プレゼントだと言って帰っていった。



「何してるの、私……」



小春は玄関で膝を抱えたまま、しばらく動けなかった。



◆◆◆



犯罪を犯したような感覚で過ごした翌日。


内定メールに、小春はたくさん悩んだ結果、承諾することにした。


颯太のいる会社で働くことに、不安がなかったわけではない。

むしろ一度は辞退しようとさえ思った。


けれど条件や仕事内容を何度も読み返すうちに、もう一度技術職へ戻りたいという気持ちの方が強くなった。


考えた末、小春は日曜の夜、内定を承諾するメールを送った。



そして月曜の午前中、ヴァーナレットから初出勤日や必要書類についての案内が届いた。



その日の夕方も、颯太からは連絡が来た。



『今日は何してますか? 会いたいんですけど、時間ありませんか?』


『颯太くん。私、ヴァーナレットに入社することに決めた。だから、これから少し勉強する』


そうメッセージを送ると、すぐに電話がかかってくる。



『小春さん、内定受けてくれることにしたんですね。ありがとうございます。……勉強するなら、俺、教えましょうか? うちで使ってる言語とか聞きました?』


「聞いた。いい。一人でやる」


『遠慮しなくてもいいですよ。分からないところがあれば、教えられます』


「CEOに家庭教師してもらうほど図々しくないから。っていうか、颯太くんがいたら集中できない」



電話の向こうが静かになった。

少し言いすぎたかと思ったが、しばらくして颯太が残念そうに息を吐く。



『……分かりました。邪魔はしません』


「うん」


『でも、無理はしないでくださいね』


「分かってる。あのさ、颯太くん」


『はい』


「もし会社で会ったとしても、他人のふりしてね!」


『それはわかってます』



そんなやり取りは続いたものの、颯太は無理に会いに来ようとはしなかった。


本当は会いたがっていることが、電話越しにも伝わってくる。

けれど小春が入社準備に集中したいと言えば、最後には必ず引いてくれた。



強引なところがあるくせに、嫌だと伝えたことについてはきちんと境界を守る。

そんな颯太の一面を知る度に、小春は落ち着かなくなる。



困った。

嫌いになる理由が、なかなか増えてくれない……。




◆◆◆




そして、二週間後の月曜日。


小春は再び、ヴァーナレット・ラボが入る高層ビルの前に立っていた。

面接の日にも見上げたガラス張りの外壁が、朝の光を反射している。


けれど今日は、応募者としてではない。

この会社で働く社員として、ここへ来たのだ。



「……大丈夫。やれる!」


自分へ言い聞かせ、バッグの持ち手を握り直す。


散々迷った挙句、颯太が買ってくれたスーツを着ていくことにした。

髪はしっかりまとめてしばった。


受付で名前を告げると、26階の応接フロアへ案内された。

指定された部屋の前には、すでに一人の男性が立っていた。


年齢は小春と同じくらいだろうか。


濃いグレーのスーツを着ているが、表情は柔らかく、緊張を隠すように手元の資料を何度も確認している。



小春に気づくと、男性はほっとしたように笑った。



「もしかして、今日入社の方ですか?」


「はい。榎本小春です」


「よかった。俺だけかと思って、ものすごく緊張してました……。俺も今日からなんです。三枝直人(さえぐさ なおと)といいます。よろしくお願いします」



三枝は、短髪で爽やかな好青年で、人懐っこい笑顔の男だった。

差し出された手を見て、小春はわずかに緊張を解いた。


自分以外にも、同じ日に入社する人がいる。

それだけで、心細さが少し薄れた気がした。



「こちらこそ、よろしくお願いします」


小春も小さく笑い、その手を握った。




入社初日の午前中は、息をつく暇もなく過ぎていった。


人事担当者から就業規則や社内システムについて説明を受け、社員証とパソコンを受け取る。

その後は配属先へ案内され、社内ツールへのログイン方法や開発環境の設定を教わった。



説明を聞き逃すまいと必死にメモを取っているうちに、気づけば昼休みになっていた。



「覚えること、多いですね……!」


隣の席から三枝が苦笑する。


「本当に。もう頭がいっぱいです」


小春も小さく笑った。



三枝は、小春よりも一つ年上で、キャリアアップのためにこの会社を受けたとのことだった。

人当たりがよく気兼ねなくわからないことを聞きあえるので、午前中だけでも随分と話しやすくなっていた。



二人は社員から案内された休憩スペースへ向かった。


大きな窓から東京の街並みが見渡せる、明るく開放的な空間だった。

窓際にはカウンター席が並び、中央には四人掛けのテーブルがいくつも置かれている。


すでに昼食を取っている社員も多く、あちこちから楽しそうな話し声が聞こえていた。



いい雰囲気……。

ここでこれから私も働くんだ。

……あの時、感情に任せて辞退しなくて本当に良かった……!



小春と三枝が空いているテーブルへ向かおうとした、その時だった。



エレベーターホールの方から、硬質な靴音が近づいてきた。

それまで賑やかだった室内の空気が、わずかに変わる。


数人の社員が会話を止めて立ち上がり、入り口へ視線を向けた。

小春もつられるように顔を上げる。


午後から経営会議が予定されていた。


幹部社員二人とともに、颯太が姿を現した。


お読みいただき、ありがとうございます!


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