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こじらせ年下御曹司は、三ヶ月で私を落としたい  作者: kinoko


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第4話 三ヶ月だけの恋人

小春は本気で意味が分からず、またバカにされていると思い眉をひそめた。



「どうして今の流れで、そういう話になるの? 気持ち悪いんだけど!!」


「今しか二人で話せなさそうなので」


「そういう問題じゃない!」



小春は呆れて額を押さえた。


「何? 採用の対価ってこと? それこそ最低! 言ったでしょ? あの夜のことはなかったことにしてって!」



颯太は黙って小春を見た。

その目から、先ほどまでの笑みが少しずつ消えていく。



「念のため、はっきり言っておきますけど、今回の採用と、俺たちの関係は全く別の話です」



それまでの拗ねた口調とは違う、落ち着いた声だった。

小春は疑うように眉を寄せる。


「別って言われても、面接官に知り合いがいた時点で十分不公平でしょ」


「だからこそ、面接では他の応募者と同じように見ました。むしろ、小春さんには少し厳しく質問したくらいです」


「少し?」



あれが少しだと……!?



颯太はわずかに視線を逸らした。


「自信を持って仕事を続ける覚悟だけは、聞いておきたかったんです」



颯太は再び小春へ向き直った。

先ほどまでの柔らかな雰囲気が消え、面接室で見せた顔に戻っている。


「いくら知り合いでも、働く意欲のない人を会社へ入れるつもりはありません。小春さんが、やる気がないなら採用するべきではないと思っていました」


反射的に言い返しかけ、小春は口を閉ざした。



「でも、小春さんの本音が聞けてよかったです。自分の意思で仕事を続けるつもりだと、わかりましたから」


颯太は静かに続けた。


「前職での経験も十分でしたし、技術的な質問への回答も、中途採用者として評価に値する水準でした。ブランク中も勉強を続けていたことは、提出された制作物を見れば分かります」



小春は黙って颯太を見つめた。


採用されたのは、同情でも、昨夜の出来事への見返りでもない。

少なくとも颯太は、そう言い切った。



「それに、採用を決めたのは俺一人ではありません。面接官四人で話し合った結果です」


「本当に?」


「本当です。柏木は、面接が終わった直後から小春さんを採る気でしたよ」


「社長が?」


「俺に意見を返したところが……かなり気に入ったみたいですね」


颯太は少し面白くなさそうに言った。


面接室で柏木が笑っていた姿を思い出し、小春は複雑な気持ちになる。



「じゃあ……本当に私は評価されて合格したの?」


小春は、念を押すように尋ねた。

颯太は真っ直ぐ小春を見つめ、しっかりと頷く。


「はい。榎本小春という人材が必要だと判断されて、合格しました」



その言葉を聞いた瞬間、小春の胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ解けた。



「それから……俺はヴァーナレットには、あまりいないから大丈夫ですよ」


「え?」


「普段は、親の会社の仕事がメインなんで」


「ちょっと待って。あんた、結局あの会社でどんな立場なの?」


颯太は何でもないことのように答える。


「Chief Executive Officerです」


「……は? それって……」


小春は開いた口が塞がらない。



それって、CEOってこと……!?


マスターが電話のために奥へ行っていて本当によかった。

他に客もいないため、驚きのあまり呆けた顔を見られずに済んだ。



「ちょっと待って? ……どういう……」


「あの会社、大学の時に俺が中心になって作った会社なんです」


「何なの、あんた……。親の会社は……?」


「……神城ホールディングスです」


「はぁ!? いや……神城って、珍しい名字だとは思ってたけど、まさか、あの大企業の……? ……あんた、御曹司じゃん!!」



小春はてっきり、颯太は定職に就かず自由に働いている男だと思っていたのだ。



「騙された……。なんか色々……」


「聞かれた時、ちゃんと答えましたけど。親の仕事手伝ってるとか、友達と仕事してるとか……」


「省略しすぎでしょ!」


「嘘は言ってません」


「新手の詐欺じゃん!!」


「……なんですか、それ」



颯太は、小春が怒っているのをどこか楽しむように笑った。

けれど、すぐに少し真面目な表情へ戻る。


「小春さん、これから自立していかなきゃいけないんでしょう?」


「……そうだけど」


「だったら、うちの会社は本当に好条件だと思いますよ」



颯太は感情ではなく、事実を説明するように続けた。


「給与は同業他社と比べても高めです。ブランクのある中途採用者向けに研修期間も設けていますし、実力があれば年齢や性別に関係なく評価されます。小春さんがもう一度技術職に戻りたいなら、悪い環境ではないですよ」



小春はグラスへ視線を落とした。


今の小春の感情を抜きにすれば、颯太の言う通りだった。


これからは自分一人で生計を立てていかなければならない。

慰謝料があるとはいえ、それだけで一生暮らせるわけではない。


今から別の企業へ応募したとして、今回のように書類選考や面接を通過できる保証はない。


条件だけを見れば、辞退する理由などない。

あるとすれば、颯太が気に食わないことくらいだ。

だが、颯太は毎日会社にいるわけではないという。



――だったら、入社しても大丈夫なのかな……。

いや、でも……あんなにタンカ切っちゃってるし……。



心が揺らいでいることを悟られたくなくて、小春はジントニックを一口飲んだ。



「……もう少し考える」


「はい。それでいいと思います」


意外にも、颯太は無理に勧めなかった。


「ただ、辞退するなら、俺への腹いせではなくて、仕事内容や条件を見て決めてくださいね」



その言葉には反論できなかった。


小春は黙り込み、グラスの中で溶けていく氷を見つめた。

すると、颯太が少しだけ身体を寄せる。


「というわけで」


「何……?」


「これは、採用とは全く別件っていうのをわかったところで……」


嫌な予感がした。

颯太は穏やかな笑顔を浮かべ、改めて言った。


「俺と付き合ってください」


「だから、なんでそうなるの! もし、入社したら経営者と恋愛なんて、絶対に無理!」


「直属の上司ではありませんし、そうだとしても、別に問題なくないです?」


「そういう問題じゃない! そもそも私は離婚したばっかりだし、今は恋愛する気なんてないし、颯太くんとは年も離れてるし、それに――」


「まだ、旦那さんのことが好きなんですか?」



不意に問われ、小春は言葉を失った。

颯太は、小春の沈黙を気にする様子もなく続けた。


「“りょうすけ”っていうんですね、元旦那さん」


「……何で、その名前を知ってるの?」



小春は驚いて顔を上げた。

元夫の名前を、颯太へ教えた覚えはなかった。


颯太は少しだけ眉を下げた。


「だって、あの夜、小春さんが何度もその名前で俺を呼んでたから」


「……え?」


「何度も『俺、颯太です』って言ったんですよ。でも、全然聞いてもらえなくて」


小春は固まった。



記憶がない。

本当に何も覚えていない。


けれど、颯太が冗談を言っているようには見えなかった。


その横顔を見て、小春の胸に罪悪感が湧き上がる。



もし本当に、颯太と身体を重ねながら元夫の名前を呼んでいたのなら……。

――私、最低じゃない?


酔っていたのは確かだ。

けれど、だからといって、さすがにそれは相手に失礼だ。


なぜ元夫の名前を呼んだのだろう。

女として求められない期間が長すぎて、誰かに触れられたこと自体が嬉しかったのだろうか。


自分を抱いている相手を、無意識に元夫だと思い込もうとしたのかもしれない。



そこまで考えて、小春は自分の浅ましさに顔を覆った。



「小春さん」


颯太が、落ち込む小春の顔を下から覗き込む。


「自分のこと、ひどい女だと思いませんか?」


「……思う」


素直に認めるしかなかった。


「それは……本当に……、失礼だったと思う。ごめん」


「謝られても」


「本当にごめんって……」


小春の声は、先ほどまでとは打って変わって弱々しくなっていた。



颯太は、すぐには許すと言わなかった。

むしろ、傷ついた顔を崩さずに小さく息を吐く。


「あれは本当に傷ついたな。女の人って怖いなって、本気で思いました」


「そこまで言う……?」


「だって、俺としてるのに、元旦那さんだと思ってたんですよね?」


「覚えてないんだってば……。ごめんって言ってるでしょ……」


小春はすっかり勢いを失い、カウンターの上で小さくなっていた。



先ほどまで怒りをぶつけるために来たはずなのに、いつの間にか自分が責められる側へ回っている。


言葉が見つからない。


颯太はカウンターへ頬杖をつき、恨めしそうに小春を見た。



「謝るだけ?」


「ほかにどうしろっていうのよ!」


「責任持って、俺の彼女になって」



結局そこへ戻る。

小春は頭を抱えた。


「からかうのも大概に……」


「だから、からかっている気、全くないんですけど?」


颯太はきょとんとしている。



まずい。

癖の悪い男と関係を持ってしまった……。



体だけの関係を求める男も信用できないけど、簡単に“付き合って”という男も信用できない。


でも、今ここで断っても、おそらく同じ会話が繰り返される。

それはそれで、面倒だった。



いや、でも……、状況的には私に非があるよね……。

五歳も年下の男を家に連れ込んで、挙句の果てに不本意ではあるけど元旦那の代わりに関係を持ったって……。



小春は観念したように両手を上げた。


「わかった!」


颯太がゆっくり顔を上げる。


「三ヶ月! 三ヶ月だけ付き合う! それでいい?」


颯太の目が、わずかに見開かれた。


「三ヶ月か……」


颯太はすぐには返事をしなかった。



条件を吟味するように、静かに小春を見つめている。

その目が、なおさら信用できなかった。


まるでゲームの攻略条件を聞かされた男の顔だ。



もちろん、小春は本気で交際するつもりなどない。

小春にとって、それはこれ以上揉めないための妥協案だった。


颯太のような男は、きっと追いかけている間が一番楽しいのだ。


離婚したばかりの年上女。

自信がなくて、少し優しくされれば揺れそうで、でも必死に拒もうとしている女。


そういう相手が、自分に少しずつ落ちていく過程を楽しんでいるだけなのだろう。


そして手に入ったら、きっとすぐに飽きる。


だから三ヶ月。

三ヶ月だけ付き合って、颯太が飽きるのを待つ。



小春がそう思っていると、颯太はにっこり笑って言った。



「それだけあれば、十分です」


「え?」


「その三ヶ月で、俺のことを好きになってもらえばいいんでしょ?」


「なっ……!」


小春の頬が一気に熱くなる。


その余裕が腹立たしい。

まるで、自分が三ヶ月後には必ず堕ちていると信じて疑っていないような言い方だった。


「言っておくけど、身体の関係はなしだからね!」


「わかりました」


「キスもなし!」


「キスも?」


「なし! それが条件!」


小春はきっぱりと言い切った。

少しくらい不満を言うかと思ったのに、颯太は驚くほどあっさり頷いた。


「わかりました。約束します」



その顔は、ひどく嬉しそうだった。

欲しかったものをようやく手に入れた子どものように、目元を柔らかく緩めている。



その表情に、小春は一瞬だけ言葉を失った。



どうして、そんな顔をするのだろう……。


いや、軽い男ほど、こういう顔がうまい。

本気みたいな顔をして、優しい声で距離を詰めてくる。

相手が警戒を解いた瞬間、全部持っていく。


きっと颯太もそういう男なのだ。

若くて、綺麗で、仕事もできて、何もかも自分とは違う。



小春は内心で唇を噛んだ。

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