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こじらせ年下御曹司は、三ヶ月で私を落としたい  作者: kinoko


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第2話 面接

颯太はスマホで時間を確認する。


午前8時過ぎ。


タクシーを拾い、二十分ほど走ると都心の高級住宅エリアへ入った。

タクシーが停車したのは、ガラス張りの32階建てのタワーマンションだった。


エントランスへ入ると、磨き上げられた大理石の床が朝日を反射する。



「おはようございます、神城様」


フロントに立つコンシェルジュが頭を下げた。


「おはようございます」


颯太も軽く会釈する。



住民専用エレベーターへ乗り込み、最上階のボタンを押した。

静かな上昇音のあと、扉が開く。


ワンフロア一戸の最上階、ペントハウス。

広々としたリビングの向こうには東京の街並みが広がっていた。


颯太はジャケットをソファへ放り投げ、そのまま浴室へ向かう。



熱いシャワーを浴びる。



『なかったことに!』

『飲み友達ってことで!』

『忘れてぇぇぇぇぇ!』



思い出すたびに笑えてくる。


「無理に決まってるだろ」



シャワーを終え、スーツに着替える。

鏡の前でネクタイを締めながらスマホを手に取った。


数コールで相手が出る。


『おはようございます』


秘書の篠原だった。


「おはよう。今日の予定を確認したい」


『はい』


「13時からのヴァーナレット・ラボの面接だけど、面接人数は最終的に何人?」


『書類選考で40人でしたが、本日の面接は8名ほどと聞いています』


「多いなぁ。中途採用枠なんだけど……。この会社も、知名度が上がってきたからか。……予定通り、俺も面接官として参加するから」


『承知しました。柏木社長も、珍しく面接に参加すると……』


「勇太も? なんで?」


『わかりかねますが……少し打ち合わせをしたいから、早めに来てほしいということでした』


「わかった」


電話を切る。



颯太はふと窓の外を眺めた。

そして小さく笑う。


「……こんなによく眠れたの、久しぶりだな」



大きく伸びをすると、気持ち良い感覚が全身に走る。


信じられないほど、身体が軽かった。

頭もすっきりしている。


それだけで、今日は悪くない日になる気がした。




◆◆◆




小春は小さく息を吐き、目の前にそびえる高層ビルを見上げた。


「……よし!」



空を映したガラス張りの外壁が、昼の光を受けてきらきらと輝いている。

首を反らさなければ最上階が見えないほど高く、エントランスへ吸い込まれていく人々も、どこか洗練されて見えた。


ヴァーナレット・ラボ株式会社は、このビルの26階のフロアを使用している。


社員数は100人ほどと聞いていたため、思っていたよりもずっと立派な会社だった。


小春は手にしていたバッグの持ち手を握り直した。



受付を済ませると、26階の応接フロアへ案内された。


エレベーターを降りた先には、白と木目を基調にした明るい空間が広がっていた。

ガラス張りの壁の向こうでは、若い社員たちがパソコンへ向かっている。

堅苦しすぎない雰囲気なのに、仕事に集中している静かな熱気が感じられた。


待合スペースには、すでに数人の応募者が座っていた。


小春も空いている椅子へ腰掛け、膝の上にバッグを置いた。


隣に座る女性が資料を読み返している。

少し離れた場所では、スーツ姿の男性が落ち着かない様子で足を組み直していた。


その空気に引きずられるように、小春の緊張も少しずつ高まっていく。


壁に掛けられた時計の秒針が、やけに大きく聞こえた。



本当に大丈夫だろうか。

三年も現場を離れている。

けれど、ここまで来た以上、逃げるわけにはいかない。



「榎本小春様」


名前を呼ばれ、小春は反射的に背筋を伸ばした。


「はい」


立ち上がると、社員らしい女性が会議室の扉を示した。


「こちらへどうぞ」


小春は一度だけ深呼吸をしてから、扉の前に立った。



ノックを三回。


中から「どうぞ」と声が返ってくる。


「失礼いたします」


扉を開け、一歩中へ入った瞬間、小春は大きく目を見開いた。



嘘……。

なんで……?



思わず足を止めそうになる。


長机の向こう側に、面接官が四人並んでいた。


一番左には、若くて親しみやすそうな男性が座っていた。

柔らかな雰囲気で、緊張する小春を安心させるような笑みを向けている。


その隣には、髪をきっちりとまとめた三十代ほどの女性面接官。

手元の資料へ目を通しながらも、小春の立ち居振る舞いを細かく観察しているようだった。



そして、その隣。

神城颯太が座っていた。



ちょっ、ちょっと待って!?

なんで……!?

どうして、ここに颯太くんがいるの!?



小春は固まったが、すぐに表情を整えた。


颯太は、濃紺のスーツを隙なく着こなし、面接官の一人として小春を見ていた。



颯太の横には、少し年配の男性面接官が座っている。

落ち着いた表情から、人事部門の責任者か役員だろうと推測できた。


でも、今は面接中だ。

どれだけ驚いても、ここで取り乱すわけにはいかない。



「え……榎本小春と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


どうにか最後まで言い切り、深く頭を下げる。



顔を上げると、颯太は驚いた様子をまったく見せていなかった。

バーで見せる柔らかな笑顔もない。


まるで小春など初めて見る応募者の一人にすぎないように、静かにこちらを見ている。



その態度に、小春は腹が立った。

なんだか自分ばかりが振り回されているような気持ちになる。



ここの面接受けること……知ってたよね。

なんで、黙ってたの?

知ってて私と寝たの……?

は?

バカにしてない……?



「どうぞ、お掛けください」


年配の男性面接官に促され、小春は用意された椅子へ腰掛けた。


面接は、若い男性の挨拶から始まった。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます。代表取締役の柏木勇太です」


柔らかな笑顔を向けられ、小春も軽く会釈する。

その笑顔を見て、少しだけ颯太への怒りが落ち着く。



落ち着け……。

今は、目の前のことに集中!!



面接は、前職での経験から始まった。


担当していた業務、使用していた言語、チームでの役割。

退職後も技術関連の勉強を続けていたことや、今回の応募に向けて制作した簡単なアプリについても質問された。


小春は緊張しながらも、一つずつ丁寧に答えていった。


柏木は時折興味深そうに頷き、女性面接官が細かくメモを取っている。

技術的な質問もされたが、完全ではないながらも、自分なりに答えることができた。


少しだけ手応えを感じ始めた頃、颯太が履歴書へ視線を落とした。



「榎本さん」


今の颯太の声は、バーで聞くものよりも低く、硬質だった。



颯太くん……。

何……?



「……はい」


「三年ほどの、空白期間がありますね」


「はい。家庭の事情により退職いたしました」


「その家庭の事情は、現在は解決していると考えてよろしいでしょうか」


丁寧な口調だったが、棘があるように感じた。



――全部知っているくせに。

なんで、こんなことわざわざ聞くの……?



小春は膝の上で指先を軽く握った。


「現在……、離婚が成立しておりますので、以前と同じ事情で勤務に支障が出ることはございません」


颯太は、すぐには次の質問へ移らなかった。

資料から目を上げ、小春を真っ直ぐ見た。


「今後も周囲の意向によって、ご自身の仕事を投げ出す可能性はありますか?」



その言葉に、小春の胸の奥がかちりと鳴った。



投げ出す……?



「……そのご質問は、私の勤務継続の意思を確認するものだと受け取ってよろしいでしょうか」


小春は笑顔を崩さずに聞き返した。


「はい。入社後に仕事へどの程度向き合っていただけるのか、確認するための質問です」


「……前回は、結婚生活を優先することが正しいと思い、退職を選びました」


小春は、ゆっくりと言葉を選んだ。



「ですが、今後は自分の仕事を他人の判断に委ねるつもりはありません。もし今後再婚することがあっても、仕事を辞めることを前提とした関係を選ぶつもりもありません」


颯太の目が、ほんの少しだけ動いた。

それでも表情は崩さず、次の資料へ視線を落とす。



「分かりました。では、もう一点伺います」


小春は背筋を伸ばした。


「三年間のブランクがある榎本さんを、当社が採用するメリットは何でしょうか」



会議室の空気が一瞬止まった。

小春は、颯太を真っ直ぐ見返した。



かっちーん……!



「……神城さんは、面接の場ではいつもそのようなご質問をされるのでしょうか?」



小春の静かな怒りを感じたのか、男性面接官の目がわずかに泳ぎ、女性面接官がピクリと小さく姿勢を変えた。

社長の柏木だけは、興味深そうに二人を見ている。



「……そのような、とは?」


「応募者の経歴の中から弱点だけを切り取り、採用する価値があるかと問うようなご質問です」


小春はできる限り丁寧な口調を保った。


「もし常にそうであれば、少しもったいないと感じます」


「もったいない?」


「優秀な人材ほど企業を選ぶ立場でもあります。少なくとも私は、自分の経験と技術が御社でも十分に生かせると考えております。ですが、選考の段階で不信感を抱けば、御社を選ばない可能性は高いと思います」



面接官に対して言うべきことではなかったかもしれない。

それでも小春は後悔しなかった。


むしろ、さんざん悩みを聞いて事情を知っているのにもかかわらず、この場でこのような質問を投げてくる颯太を許すことができなかった。


颯太は、表情を変えずゆっくりと口を開いた。



「榎本さんは、面接官にも率直に意見をおっしゃる方なんですね」


「必要だと思えば、申し上げます」


「相手が採用権を持っていても?」


「はい」


小春は迷わず答えた。


「採用していただくために、自分の考えを曲げるつもりはありません」


沈黙が落ちた。


柏木が、口元を手で隠した。

笑いを堪えているように見える。


颯太はしばらく小春を見つめた後、ゆっくりと息を吐きながら資料を閉じた。



「……よく分かりました。榎本さんについて、少し誤解していたようです」


小春は眉を動かしそうになった。



まじで、なんなのこの人……。

本気で腹立つんだけど。

……どうせ不合格だ。

もう、どうでもいい!!



小春は、酒の席なら思いっきり颯太に酒をかけてやりたい気分だったが、笑顔を保ったまま丁寧に言った。



「誤解って……。神城さん、私のことをそんなにご存じでしたっけ?」



柏木がとうとう堪えきれなかったように、吹き出した。

お読みいただき、ありがとうございます。


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