第五十九話 想定外
夜の森。
木々が月明かりを遮っていて、かなり暗い。
イチヤを殺すために、ハイドは、彼等をここに呼び出した。才能のないイチヤを殺して、皇帝に、次の召喚者を呼び出させるために。
一瞬で風の魔術を発動させ、イチヤ達に放った。彼等程度を殺すのであれば、十分な威力と速度の魔術。
想定通りであれば、イチヤもプリメラも、苦しむ間もなく死ぬはずだった。
しかし。
イチヤはプリメラを突き飛ばし、ハイドが放った魔術を避けた。
――あれ?
今の一撃でイチヤ達を殺せなかったことは、ハイドにとって意外だった。
ハイドは、イチヤの力量を正確に把握しているつもりだ。フロンテーラの戦いで、彼の実力と限界を見極めたと思っていた。
イチヤ達を殺すのに、大きな魔術を使うつもりはなかった。大きな魔術を使うと、痕跡が残る。吸血鬼の生き残りがいることを、皇帝に悟られる可能性がある。だから、今の魔術は手加減をした。
――もしかして俺は、イチヤを過小評価し過ぎてたのかな?
胸中で呟き、ハイドはじっとイチヤを観察した。
イチヤはハイドから目を逸らさずに、腰を抜かしているプリメラを木の陰に隠した。そのまま両手で剣を構え、訊いてくる。
「で、どういうつもりだ?」
「言っただろ?」
ハイドは再び、両手に魔術を纏わせた。先ほどは手加減し過ぎた。今度は、もう少しだけ威力と速度を上げる。
「才能のない召喚者は殺す。皇帝に、次の召喚者を呼ばせる。その召喚者に才能があるなら、味方につけて、訓練させて、皇帝を殺すために利用する」
皇帝は、それぞれ一人ずつしか召喚者を呼び出さない。それが、彼等のゲームのルールだから。イチヤが死ねば、ノースには新しい召喚者が来る。
ハイドは両手から真空を放った。イチヤでは避けることも防ぐことも不可能だろう、という魔術。
イチヤは素早く剣を振った。二回。向ってくる真空を上から叩き、的確に払い落とした。
「!?」
また、ハイドの計算が狂った。以前のイチヤなら、反応もできずに死んでいた。あるいは、真空を馬鹿正直に剣で受けて、剣ごと真っ二つになっていたはずだ。
ハイドの目から見て、イチヤは、召喚者として圧倒的に才能がない。これまでハイドが見てきた中で、最弱に近い部類。チサトとの戦いにおいて、窮地で能力が開花することもなかった。
つまり、まったく伸びしろがないはずだった。
しかし、今のイチヤは、間違いなく以前よりも強くなっている。チサト程度が相手なら互角に闘えるのではないか、というくらいに。
ハイドがイチヤと離れてから、概ね四ヶ月弱。たったそれだけの期間で、彼に何があったのか。当然、ハイドは知る由もない。
ただ一つ言えるのは。
イチヤには素質がないこと。多少は強くなったが、これ以上の向上は望めないだろう。
それなら、ここで殺すことに変わりはない。
とはいえ、今以上に強力な魔術は使いたくなかった。今のイチヤを殺すには、ある程度強力な魔術を使う必要がある。そんな魔術を使ったら、確実に大きな痕跡が残る。
ハイドは小さく息をつき、構え方を変えた。魔術を使用する構えから、肉弾戦の構えに。徒手空拳でイチヤを殺す。
ハイドの身体能力は、戦士型の召喚者を遙かに上回る。魔術を使わなくても、イチヤ程度なら殺せる。ただ、魔術を使って離れて戦うよりも、接近して戦う方が、怪我を負うリスクが高い。だから、できるだけ避けたかった。
――でも……。
イチヤ程度が相手なら、そんな心配もないか。
ハイドは地面を蹴り、イチヤに向って踏み込んだ。
ハイドが射程距離に入った瞬間、イチヤは、的確に剣を突いてきた。やはり、以前よりも動きが鋭くなっている。しかも、狙いも的確だ。
ハイドは左に一歩動き、イチヤの剣を避けた。そのまま、さらに踏み込む。
ハイドの手が届く距離になった。このまま拳を突き出せば、おそらく、一撃でイチヤを殺せる。
足を踏ん張り、ハイドは右拳を真っ直ぐ突き出した。狙いは、イチヤの心臓。拳で心臓を叩き潰す。
ハイドが拳を突き出すと同時に、イチヤは一歩下がった。
空を斬るハイドの拳。
ハイドの拳は届かず、イチヤの剣が届く距離になった。
一歩下がると同時に、イチヤは剣を振り上げていた。そのまま振り下ろしてくる。狙いは、ハイドの脳天。
ハイドは左手でイチヤの剣を叩き、彼の攻撃の軌道を逸らした。
イチヤの剣は、ハイドの右腕から一センチ程度の空間を通り過ぎ、地面を斬り付けた。
イチヤの剣を払ったことにより、彼に隙ができた。
再びハイドは、一歩踏み込んだ。今度は、先ほどよりも深く。
ハイドとイチヤの距離が、四十センチ程度まで縮まった。この距離では、イチヤは剣を振れない。
ハイドは、今度は右拳を下から突き上げた。狙いは、イチヤの顔面。この一撃で彼の頭蓋骨を砕き、大きなダメージを負ってもらう。即死はしないかも知れない。けれど、すぐに追撃をして止めを刺す。
「!」
次の瞬間、ハイドは目を見開いた。
ハイドが右拳を突き上げようとした瞬間、イチヤは一歩踏み込んできた。彼と体が密着するほど接近した。
拳を打ち出す直前に密着され、ハイドはパンチを打てなかった。
密着した直後、イチヤは再度バックステップを踏んだ。しかも、下がると同時に、また剣を振り下ろしてくる。
ハイドもバックステップを踏み、イチヤの剣を避けた。
互いの攻撃が届かない距離になった。
ハイドは再び構えた。
イチヤも再び構えている。
ほんの一瞬の攻防。時間にすると、二秒にも満たなかったはずだ。
その、たった二秒弱で。
ハイドは、ただただ驚愕していた。
イチヤの動きは、最後に見た彼とは別人のように鋭くなっている。先ほどは「チサト程度が相手なら互角に闘えるのではないか」と推測した。けれど、その評価は、あまりに過小評価だった。
今のイチヤなら、間違いなくチサトに勝てる。もちろん、一対一で戦えば、という条件付きだが。それほどまでに、イチヤの成長は著しかった。
――本当に何があったんだ?
もしかして、と思う。
もしかして、自分は、イチヤの才能を見誤っていたのではないか。本当は、大きな才能を隠し持っていたのではないか。以前は、才能が開花していなかっただけで。
イチヤには、これからさらに強くなる才能があるのだろうか。
――確かめる価値はあるかな。
殺さない程度に戦ってみて、見極めよう。
見極めた上で、これ以上の伸びしろが望めないのなら、やはり殺そう。
少しだけ動きの出力を上げ、ハイドは再び、イチヤに向って仕掛けた。
※次回更新は8/19を予定しています




