第五十八話② 誘い込まれて(後編)
「各国の国王は、自分の国を治めているだけ。国王の名を持つ傀儡。皇帝の意思には逆らえない。だから、休戦なんてできない」
傀儡。その言葉で、イチヤは概ね察した。
「大陸にある国は、実のところ、皇帝が全て支配してる。トレフォイル大陸には、王国なんて存在しない。この大陸は、三人の皇帝が支配する、トレフォイル帝国なんだ」
だから、国王は皇帝の意思には逆らえない。皇帝が戦うと言えば、仕掛けなければならない。戦いをやめないから、休戦協定も結べない。
ハイドの話は理解できる。同時に、一つの疑問が浮かんだ。
ハイドは、この大陸を『三人の皇帝が支配するトレフォイル帝国』と称した。つまり、三人の皇帝同士は特に争っていないことを意味する。
では、三人の皇帝は、どうしてそれぞれが別の国につき、戦い続けるのか。
疑問は残ったが、ひとつ、答えが出たこともある。
戦争を止めるには、どうしたらいいのか。
「もう分かるだろ、イチヤ」
小さく、イチヤは頷いた。
「戦争を止めるなら、三人の皇帝を殺せばいいんだろ?」
「そう」
広げた手を、ハイドは下ろした。
「イチヤは戦争を止めたいんだろ?」
「ああ」
「戦争を止めるためには、三人の皇帝を殺す必要がある。じゃあ、どうやったら殺せると思う? 皇帝は、圧倒的な力を持ってる。その力は、召喚者なんかより遙かに上だ。当たり前だよね。自分より力のある者を召喚するなんて、皇帝にとってはリスクが大き過ぎる。裏切られる可能性だってあるんだから」
ハイドの言うことは正論だ。皇帝の力は、召喚者を大きく上回ると考えられる。人間の力を大きく上回る召喚者よりも、さらに大きな力を持つ皇帝。
「……」
ふと、イチヤは思い出した。召喚者でもないのに、召喚者を上回るかも知れない者の存在を。
ハイディア。共にサウスウェストに攻め込み、一緒に戦った仲間。驚くほど整った容貌の、この世の者とは思えないほど美しい女性。
そういえば、ハイドとハイディアは似ている気がする。もしかして、血縁者なのだろうか。
信頼していた仲間を思い出しながら、イチヤは、ハイドの問いに答えた。
「召喚者一人で皇帝を殺せないなら、召喚者以外にも力のある奴を集めるしかないだろ。できるだけ多くの人員を集めて、数で圧倒するしか」
「無理だよ」
あっさりと、ハイドは否定した。
「どんなに力のある奴を集めても、ただの人間じゃ意味がない。それこそ、才能に恵まれた召喚者を限界まで鍛え上げて、さらに、召喚者以上の力がある者と手を組まないと」
イチヤは自覚している。元の世界の能力をベースにしているなら、自分は、間違いなく、召喚者として才能に恵まれない。それも、圧倒的なほどに。
もしかしたら、ハイディアなら、ハイドが想定する力があるかも知れない。けれど、今のイチヤには力がない。才能もない。
つまり、皇帝を殺す方法などない。
「……戦争を止めることは絶対に無理、ってことか? それこそ、どこかの国が他の二国を滅ぼすまで」
「いや」
ハイドは首を横に振った。
「召喚者以上の力がある奴なら、もういる。ただ、才能ある召喚者が不足してる」
「召喚者以上の力がある奴? どこに?」
イチヤの問いを、ハイドは無視した。
「才能ある召喚者が不足してるなら、どうしたらいいか。皇帝は、それぞれ一人しか召喚できない。今の召喚者が死なないと、新しい召喚者を呼べない」
知っている。レトはその理由を、皇帝の魔力の限界だからだと言っていた。
「才能のない召喚者が死なない限り、次の召喚者は呼べないなら。それなら、才能のない召喚者を殺せばいい。そうすれば、皇帝は新しい召喚者を呼び出せる。新しい召喚者には、必要な才能があるかも知れない」
「!?」
ゾクリと、イチヤの背中に鳥肌が立った。それは、数々の戦いをくぐり抜けた経験からか。あるいは、一度死にかけたことで磨かれた、危険に対する嗅覚か。
理由は分からないが、イチヤの中で強く警笛が鳴った。
直後、ハイドの右手が動いた。夜の闇の中で、彼の手が歪んで見えた。風の魔術。真空を作り出している。イチヤ達を殺すために。
魔術の発動速度が、異常なほど速い。しかも、ハイドが作り出す真空は、かなり大きい。イチヤとプリメラの二人ともを、真っ二つにできるほどに。
声をかけている時間などなかった。イチヤは反射的に、プリメラを突き飛ばした。ハイドの真空の範囲外へ。
「きゃっ」
突如突き飛ばされたプリメラが、短い悲鳴を上げた。
プリメラの悲鳴がイチヤの耳に届く頃には、ハイドの放った真空は、すでに目の前まで迫っていた。魔術の発動速度だけではなく、発射速度も尋常ではない。
イチヤはその場に伏せ、何とか真空を避けた。完全には避け切れず、肩口を少し斬られた。鋭い痛み。出血。何針か縫う必要があるほどの傷だ。
イチヤとプリメラを切り裂けなかった真空は、後ろにあった木を二本切り倒し、消失した。
伏せた体勢から起き上がりつつ、イチヤは背中の剣を抜いた。一旦ハイドから距離を取り、構える。
ハイドは追撃を仕掛けてこなかった。
「どういうつもりだ?」
ハイドに訊きながら、イチヤはプリメラに近付いた。ハイドから目を逸らさず、プリメラに指示する。
「逃げろ」
ハイドの魔術の発動速度。威力。たった一撃を見ただけで、イチヤは理解した。彼には勝てないかも知れない、と。
――いや。
勝てないかもしれない、じゃない。負ける公算が高い。今の魔術の発動速度と威力は、ハイディア並みだ。
イチヤに突き飛ばされたプリメラは、その場で動けなくなっていた。ハイドの魔術で切り倒された木を見て、そこから彼に視線を移し、細かく震えている。
――そうだった。
イチヤは、初めてイニシオ村に行ったときのことを思い出した。恐怖に支配され、ずっと怯えていたプリメラ。彼女は非常に臆病な子だ。これほど圧倒的な力を見せられて、落ち着いて動けるはずがない。
イチヤは一旦、左手だけで剣を持った。ハイドからは目を逸らさない。そのまま、右手で、プリメラの襟首を掴んだ。
「プリメラ。ちょっと乱暴だけど、許せよ」
イチヤは、プリメラの襟首を掴んだ手を動かし、彼女を、近くの木の影まで突き飛ばした。
「そこで隠れてろ。蹲って、絶対に動くな」
「あ……イチ……ヤ、さん」
再びイチヤは、両手で剣を握った。先ほどと同じ質問をハイドにぶつける。
「で、どういうつもりだ?」
「言っただろ?」
ハイドの両手が歪んで見える。真空。
「才能のない召喚者は殺す。皇帝に、次の召喚者を呼ばせる。その召喚者に才能があるなら、味方につけて、訓練させて、皇帝を殺すために利用する」
皇帝は、それぞれ一人ずつしか召喚者を招けない。イチヤが死ねば、イチヤの次の召喚者が呼ばれる。
ハイドはイチヤを殺すつもりで、ここに連れ出したのだ。
ハイドの両手から、魔術が放たれた。
※次回更新は8/17を予定しています




