第五十七話 今日の真夜中が
ハイドがセントロに来て、もう三ヶ月以上になる。
この周辺の領土を治めているのは、ディグノ公爵家。その公爵夫人に依頼されて、ハイドは、定期的に公演を実施していた。概ね、三、四週間に一回ほど。
今日も、中央広場の噴水を背に公演を行った。
中央都市であるセントロには、様々な情報が入ってくる。国の情勢。サウスウェスト軍の侵攻状況。召喚者であるイチヤが、反逆を起こしたという情報。
公演に集まる人々は、誰もが、最初は不安を抱えた顔を見せている。けれど、ハイドの公演が始まると、皆が皆、歌に聴き入ってくれる。
フィルスタのことを語る歌。ハイドが、人生でただ一人愛した女性の曲。
集まったみんなが、フィルスタのことを聴き、知ってくれる。広い世界に出たいと言っていた、フィルスタのことを。
今日の公演の、十二曲目を歌っている最中だった。
人だかりの最後尾に、見知った顔が加わった。見知った顔だが、髪色が違った。
イチヤ。現在のノースの召喚者。今は反逆者として手配されている。レトではないエルフの女性と一緒だった。
髪の毛の色が違うので、一瞬、人違いかと思った。けれど、彼からは、召喚者特有の気配を感じた。この世界の人間とはまったく違う気配。人外の力を持つ者の気配。
どうやって髪の毛の色を変えたのかは分からないが、変装のつもりだろう。髪の毛の色を変える者など、ハイドは、今まで見たことがなかった。
――髪色を変えて変装するのって、あいつの世界では一般的なのかな?
疑問を持ちつつ、ハイドは、いつもと変わらず歌い続けた。フィルスタを語る公演を、途中で終わらせたくない。
太陽の位置が少し傾いた頃。
今日の全三十曲、全て歌い終えた。
いつも通りに飛び交う硬貨。太陽の光を反射して、キラキラと光っている。
イチヤは、今回も大金を投げてくれた。金貨五枚。五万ディネロ。
自分の歌を高く評価してくれるのは嬉しい。そういった意味で、イチヤには感謝している。だが、ハイドは決めていた。
イチヤを殺そう、と。
イチヤが死ねば、ロキは次の召喚者を呼び出すだろう。
力不足のイチヤは不要だ。ならば、殺して次の召喚者に期待する。
公演が終わり、人々が広場から散ってゆく。
イチヤを片付けたいが、目立つのは避けたい。召喚者を殺せるほどの力があるところを、誰にも見られたくない。
人々に紛れて去って行くイチヤ達を、ハイドは目で追った。広場が空き始めたところで、木箱を載せた台車を引き、行動を開始した。
すぐにイチヤ達を見つけた。けれど、人通りのあるところでの接触は避けたい。
太陽の光がオレンジ色に染まり始めた頃。
イチヤ達が、あまり人通りのない道に出た。
すかさずハイドは、彼等に声を掛けた。
「ちょっといい?」
イチヤと連れの女の子が、ほとんど同時に振り向いた。
直後、イチヤは声を漏らした。
「ハイド……」
「うん」
小さく頷き、ハイドはイチヤに近付いた。
イチヤの顔には、明確な緊張の色が見える。変装して別人を装っているので、正体に気付かれないように心掛けているのだろう。
はっきり言って無駄だが。
「君達、俺の公演に来てくれた人達だよね?」
一旦はイチヤの正体に気付かない振りをして、訊いてみる。
精一杯他人を装おうする様子が、イチヤから見て取れた。
イチヤの連れのエルフは、驚いたような顔でハイドを見ている。歳は、十五くらいだろうか。ハイドと出会った頃のフィルスタと、同じくらいの年頃。
イチヤに手が届くくらいまで近付いて、ハイドは、単刀直入に訊いた。
「連れてる女の人と髪の色は違うけど、君、イチヤだよね?」
途端にイチヤは、緊張を警戒に変化させた。
――しらばっくれて、お芝居をして、嘘を突き通せばいいのに。
ハイドがそんなことを思ってしまうほど、イチヤの態度は正直だった。
イチヤの隣りにいるエルフが、困惑した顔になっている。彼女は、イチヤが国中に手配されているお尋ね者だと、知っているのだろうか。
「……俺達をどうするつもりだ?」
低く、イチヤが訊いてきた。彼の言葉で、すぐに悟った。エルフの女の子は、イチヤがイチヤだと認識している。
「軍にでも突き出すつもりか? それとも、俺達のことを通報するつもりか?」
この場でイチヤを殺すことなど、ハイドにとっては簡単だ。だが、こんなところで手配中の召喚者を殺したら、目立ってしまう。
単独で召喚者を殺せる能力があるのは、他の召喚者か皇帝だけ。それが皇帝の認識だ。皇帝達が滅ぼした種族――吸血鬼を除いては。
吸血鬼の生き残りがいると皇帝に伝わるのは、都合がよくない。だから目立ちたくない。
それなら、イチヤを目立たない場所に誘い出す必要がある。
ハイドは手の平を前に差し出し、イチヤを宥めた。
「落ち着いて。俺は、君達に危害を加えるつもりはないよ。っていうか、軍に突き出したり通報するつもりなら、もっとこっそり動くと思わない? 君達に気付かれないようにさ」
「……」
一理あると思ったのだろう。イチヤは黙り込んだ。
「それに、俺一人でイチヤをどうにかできるはずもないし」
イチヤは、ハイドがハイディアだということも知らない。もちろん、ハイドの力がどれほどのものかも知らない。
「俺達に危害を加えないっていうなら、このまま素通りしてくれるのか?」
「素通りじゃない。協力したいんだ」
「?」
イチヤの表情がまた変わった。警戒から困惑へ。
「どうして協力してくれるんだ?」
「イチヤが、理由もなく反逆をする人間だとは思えないから、かな」
「何でそう思う? 一回しか会ったことがないのに」
「分かるよ。フロンティアで会ったとき、イチヤは、自分の過ちをちゃんと謝ってくれただろ? そんな奴が、理由なく暴挙を働くなんて思えない」
適当な理由をでっち上げる。イチヤの人間性を、ハイドはよく知っていた。ハイディアとして一緒に戦ったのだから。
「……」
また、イチヤが黙り込んだ。
構わず、ハイドは続けた。
「まあ、信じてくれても信じてくれなくてもいい。どっちにしても、俺一人じゃ、イチヤをどうにかすることなんてできないんだから」
「まあ、確かにそうかもな」
イチヤの傍らでは、エルフの少女が、相変わらず困惑した顔を見せている。
「でも、協力って、何をしてくれるんだ?」
訊かれて、ハイドはわざとらしく周囲を見回した。人通りはほとんどない。それでも、警戒している様子を顔に出した。
「ここではちょっと。誰が聞いてるかも分からないからね」
「じゃあ、どうしたらいい?」
「今日の夜中にでも、またここに来てくれない? で、街の外で話そう。連れの女の子も一緒に」
夜に、イチヤと少女をセントロの外に連れ出す。森の中に誘い出して、殺す。この少女には申し訳ないが、口封じのために死んでもらう。
イチヤは少し考え込んでいるようだった。ハイドを信用していいのか、迷っているのだろう。
ハイドは肩をすくめて見せた。
「もちろん、俺が信用できないなら、来なくていい。ただ、俺には一応、有り余る程度の金がある。財力を使ってイチヤを助けることができる。それに、公爵とのツテもあるしね」
これは嘘ではない。セントロに来たばかりの頃、ハイドは、公爵夫人であるデシーディダ――シーダに会った。あれから何度か、この街での生活や公演について、彼女と話している。
イチヤはしばし考え込み、エルフの少女に目配せした。
少女は、イチヤの意思を尊重するように、小さく頷いた。
「分かった。じゃあ、夜中になったらここに来ればいいんだな?」
「うん。じゃあ、待ってるよ」
そう言ってきびすを返し、ハイドは、一旦イチヤ達の方に向き直った。
「そういえば、名前を聞いてなかったね。お姉さん、何ていうの?」
「……プリメラ、です」
「プリメラ、ね。じゃあ、イチヤにプリメラ。また夜にね」
彼等に言って、ハイドは一旦、その場を後にした。
この二人が、明日の朝日を見ることはない。復讐のために――皇帝の下らないゲームを終わらせるために、犠牲になってもらう。
そのためなら、ハイドは、どんな汚いことでもするつもりだった。
※次回更新は8/15を予定してします




