↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/140

第五十五話 目的を達するためには


 プリメラを連れてイニシオ村を出てから、三日が経った。


 イチヤが目指すのは、王都レアルカピタル。もちろん、その途中にある村や町に立ち寄りながら、目的地に向う。


 もっとも、最初のうちは、村や町に立ち寄るのはプリメラだけになる。


 この三日間で、イチヤは、今後の方針を概ね決めた。


 まずは、サウスウェストの侵攻を止める方法。これはもう、チサトを殺す以外にない。召喚者であるチサトを失えば、サウスウェスト軍の勢いは地に落ちる。上手くいけば、チサトを殺した時点で、サウスウェスト軍は撤退する。たとえ、どれだけ兵が生き残っていようとも。


 では、どうやってチサトを殺すか。


 フロンテーラの戦いで、イチヤは確信していた。チサトは自分よりも強い、と。戦士型である自分がチサトに勝つには、剣の届く距離まで彼女に接近する必要がある。だが、今の実力差では到底不可能だ。


 今不可能なことを可能にするには、どうしたらいいか。


 簡単だ。今より強くなればいい。チサトの魔術を防ぎ、彼女に接近できるほどに。


 イチヤは、日本にいた頃に、数え切れないほどの本を読破していた。漫画や小説はもちろん、エッセイ、経済学、トレーニング学の本まで。運動神経が鈍く、身体能力も低いイチヤにとって、読書は、夢の宝庫と言える趣味だった。本を読むことで、色々な知識が身につく。身についた知識で、自分には不可能なことを想像できる。


 トレーニング学の内容は、概ね覚えている。イチヤ自身も、日本にいた頃、本の内容を実践してみたことがある。けれど、本に書かれている内容は、ほとんど身につかなかった。


 才能というものは確実に存在する。努力の結果としてやりたいことを身につけられるのは、才能に恵まれた一部の者だけだ。ほとんどの人間が、やりたいことではなく、やれることをして人生を終える。


「努力して一流のアスリートになれる人が、羨ましい」


 常々、そんなことを思っていた。


 今のイチヤには、召喚者としての身体能力や運動能力がある。本で覚えた知識を実践できる体がある。


 レトと旅をして知ったが、この世界には、科学的なトレーニング理論は存在しない。軍などで行われる訓練は、実戦をイメージしてただ必死に動くことのみ。あるいは、殺傷能力の低い武器を使う実戦訓練。


 だから、特出した才能を持つ者だけが強くなる。


 技術を身につけるには、まず、技術を実践できる体が必要になる。バランスを崩さずに動くための体幹。自分の体をイメージ通りに動かす感覚神経。センチ単位やミリ単位で体をコントロールする正確性。


 体幹を強化するためには、上半身と下半身の繋ぎ目を鍛える必要がある。下半身だけ鍛えても、上半身がついてこなければ意味がない。上半身だけ鍛えても、支える下半身がなければ意味がない。双方を鍛えても、繋ぎ目となる腹部や腰を鍛えなければ、上半身と下半身の動きはバラバラになる。


 どれだけ体を鍛えても、鍛えた体をコントロールできなければ意味がない。目を閉じて動くことで、周囲の景色という情報が消える。周囲の情報がなければ、人間は、意外なほど正確には動けない。目に見える景色が正確だから、目に見えない自分の動きまで正確だと錯覚してしまうのだ。


 鍛えた体をより正確に動かすには、反復して正確な動きを身につける必要がある。最初からスピードやパワーに囚われると、正確性を欠く動きが癖になる。だから、最初はゆっくりと正確に動くことを意識する。ほんの一センチだけ足を踏み出し、同時に剣を振る。同じ動きを、全ての方向に動きながら可能にしてゆく。


 正確かつ力強い動きが癖になれば、複数の動きを連続で行う速度は確実に上がる。チサトの魔術を立て続けに防ぎ、あるいは避けながら、彼女に接近することが可能になる。


 想定通りに力を付けることができれば、チサトを殺すことも可能になるはずだ。


 イニシオ村を出てから数日間、森や山の街道を歩いた。並行して、訓練を行った。たまに襲ってくる山賊を片付け、あるいは狩りをして、食料を得た。水は、プリメラの魔術で得ることができた。


 目的地に向いながら訓練を積んで。イチヤ自身が驚くほど、成果は如実に出た。体幹を鍛えたことで、以前よりも遙かに体がブレなくなった。数え切れないほどの反復練習によって、体がイメージ通りに動くようになった。山賊が振る武器を、触れる寸前の距離で避けられるようになった。


 成果は確実に出ている。ただ、少しだけ考えることがあった。


 この世界に来るときに、ロキに訊かれた。


『圧倒的な魔力か、驚異的な身体能力か。どちらか選択できるわけだけど、どっちがいい?』


 ロキとの遭遇を夢だと思っていたイチヤは、迷わず身体能力を選択した。せめて夢の中だけでも、圧倒的な身体能力というものを身につけてみたかった。


 今さらながらに思う。もし魔力を選んでいたなら、と。


『じゃあ君は、今の君をベースに、常人の三倍の筋力、瞬発力、反射神経、動体視力、体力、運動神経を得られる』


 この世界に来たことで、確かに驚異的な身体能力を得られた。けれど、ロキの言葉を借りるなら、日本にいたときの自分をベースにしているのだ。つまりそれは、身体能力を選択した他の召喚者よりも、才能で圧倒的に劣ることを意味する。


 もし、チサトと同じように魔力を選択していたなら。

 フロンテーラでの戦いで、チサトに勝てたかも知れない。


 旅の途中で湧き上がる後悔を、イチヤは振り払った。今の自分は、過去の自分の選択で成り立っている。どんなに後悔しても、過去は変えられない。できるのは、過去からできるだけのことを学び、未来に繋げることだけだ。


 少なくとも今は、確実に強くなっているのだから。

 チサトを殺せる自分を作り上げる必要があるのだから。


 とはいえ、チサトを殺すためには、もう一つ問題がある。


 そもそも、チサトを殺すためには、戦場に立つ必要がある。つまり、サウスウェストが侵攻してきそうな都市で、兵役に就かなければならない。


 イチヤは、今やお尋ね者だ。イニシオ村のような小さな村にまで、イチヤの手配が回っていた。大きな都市では、当然のように周知されているだろう。黒髪の人族である召喚者。似顔絵なんかも出回っているかも知れない。


 もっとも、手配に対する対策も考えている。これも、本で得た知識を参考にして。


 その後――イニシオ村を出て、十日が経った頃に。


 手配に対する対策を実行するため、イチヤは、プリメラに、近くの町へ行ってもらった。レトから以前もらった金貨を、十枚ほど持たせて。


※次回更新は8/11を予定しています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そういえば不思議だねぇ。 魔力量にもまたカラクリがあったりするんですかね。 魔法使いの選択が正解みたいな不公平さはさすがに面白くないぜ、皇帝。 個人的にはエゴの質とかが魔力量に比例したりしないかな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。