↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/139

第五十二話② 最後の試練(後編)


 小さく、マセリアは息を吐いた。ゆっくりと息を吸い、静かに、でも強い口調で言った。


「あなたは私に縛られないで、好きに生きなさい。もし、皇帝陛下の仕事をすることが、あなたの足枷になっているなら。今すぐやめて、望むように生きなさい」

「!?」


 レトは目を見開いた。すぐに反論の言葉が出た。


「でも! それだとお母さんが――」

「レト!」


 マセリアの声が、レトの話を遮った。


「いい? あなたがどんなに頑張ってくれても、どんなに自分を犠牲にしても、私はあなたよりも先に死ぬ。よほどのことがない限り、親は、子よりも先に死ぬの」

「でも――」

「子供は、親の死を見取ることになる。親を愛しているなら、愛する人を失う辛さを味わうことになる」


 レトは、マセリアを生かすために必死だった。大好きだから、失いたくなかった。いつか失うのは、理屈では分かっていた。それでも、ずっと生きていてほしかった。


「私は、あなたのお爺ちゃんとお婆ちゃんを亡くして、大切な人を失う辛さを知った。それは、あなたのお爺ちゃんとお婆ちゃんが与えてくれた、最後の試練なの」

「最後の試練?」

「そう。人は、生きていれば必ず何かを失う。どうでもいいものから、命よりも大切だと思えるものまで。色んなものを失っていく。それでも生きていかないといけない。辛くても生き抜く強さがないといけない。その強さを得るための試練を、親は、自分の死で子に与えるの」

「お母さん……」

「私がレトの生きる道を塞いでるなら、もういいから。手遅れになる前に、自分の生きたいように生きなさい」

「……」


 気が付くと、レトの目から涙が零れていた。泣きながら、マセリアの手を強く握り返していた。


 母親のことが大好きだ。物心ついたときから二人きりで生きてきた。幼い頃はずっと一緒だった。彼女が仕事のときも、ついていった。レトが少し成長してからは、仕事を手伝うようになった。レトが少しだけ魔術を使えるようになったときは、思い切り誉めてくれた。村では誰も使えない回復魔術を身につけたら、感動して抱き締めてくれた。


 大好きなお母さん。


 マセリアの手を握りながら。


 レトは、もう一人の好きな人を思い浮かべた。生まれて初めて、母親とは別の意味で好きになった人。


 イチヤは、レトを抱こうとはしなかった。もちろんそれは、彼が、男性不能だからだろう。では、もし、彼が男性不能でなかったなら。女性を抱ける体だったなら、


 イチヤは、どうしただろうか。


 たとえ男性不能でなくとも、イチヤは、レトの体を弄んだりはしなかっただろう。手を出す前に、レトの意思を確かめたはずだ。


 イチヤは、侵略や略奪のために戦ったりしなかった。戦争をなくすために戦っていた。だからこそ、戦いの最中でも、略奪や蹂躙を許さなかった。


 そんなイチヤだからこそ、好きになった。心を体から切り離さなくても、一緒にいられる人だから。一緒にいたい人だから。


 先ほどのマセリアの言葉が、レトの頭に蘇った。


『手遅れになる前に、自分の生きたいように生きなさい』


 仮に、自分が、イチヤと生きる選択をしたとする。

 ロキの意思に反する行動だから、彼はマセリアの治療をやめるだろう。


 マセリアを失い、自分にはイチヤだけが残される。


 では、イチヤは、自分の気持ちに応えてくれるだろうか。


 疑問の答えは、簡単に出た。


 イチヤはレトを選ばない。選ぶはずがない。


 レトは、サウスウェスト国内の村で、兵士達の暴挙を止めなかった。村人が蹂躙される様子を、戦争だから当然という思考で見ていた。弱い者を弄ぶ行為は、イチヤがもっとも嫌っているのに。


 レトは、シュウに――五味秀一に、何度も体を許した。イチヤがもっとも忌み嫌う男に。


 マセリアに悟られないよう、レトは、心の中で嘲笑した。自分が、イチヤに好かれるはずがない。好かれる要素が何一つない。


 マセリアを見殺しにして、イチヤを選んだとしても。


 レトは、イチヤも失うことになる。どんなに少なくとも、彼に好かれることはない。


 ――それなら……。


 イチヤに好かれることがないのなら。


 イチヤが他の誰かを好きになり、その人と結ばれる姿を目にするくらいなら。


 レトは目を閉じ、小さく息をついた。再び目を開け、マセリアに伝えた。


「大好きだよ、お母さん。本当にありがとう」


※次回更新は8/5を予定しています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こういう恋愛、好き(´;ω;`)ウゥゥ いやだからって甘々な恋愛が嫌いってワケじゃない悪食な私ですが(ォィ でも極限の状況だからこその恋ってのは、いい…………映画スピード2みたいにさえならなきゃ(ォ…
すごい……イップさんだからこそ描ける本気の恋ですね。コレ。 レトという女の子の心を余す事なく書いていると感じますぜ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。