第五十一話② 暗殺命令(後編)
「概ね正解だ。私が――この村が指示されたのは、イチヤの捕縛、もしくは暗殺。あるいは、イチヤを殺せる数の兵を召集するまでの、足止めだ」
「正直なところ、我々がイチヤ様を捕えるのは、不可能だと思いますが。もちろん、暗殺も。となると、最後の方法が一番無難に思えますが」
「私もそう思う。だが、それは避けたい」
「なぜですか?」
父が訊くと、村長は大きく溜め息をついた。
「イチヤを殺せるだけの兵となると、最低でも千人は必要だろう。それほどの大人数がこの村に来て、イチヤと戦うとする。その際に、どれだけの損害が出る? 戦いで畑は荒れ、家は破壊され、イチヤに殺された兵の死体が村中に転がるだろう。そこからまた村を復旧するのに、どれだけの労力と時間がかかる?」
サウスウェスト軍が攻め込んできたとき。村の人口は半分ほどまで減り、畑は荒され、家は複数破壊された。復旧の間、村人は、寝る間も惜しんで働いた。あれから四ヶ月ほど経つが、完全復旧までは、まだほど遠い。減った人口が元通りになるには、二、三十年はかかるだろう。
「今回の敵はイチヤだけで、かつ、村人は避難できるだろう。だから、人口減少は避けられる。しかし、土地家屋の破壊は免れない」
「……」
プリメラは唇を噛んだ。村長は、イチヤのことを「敵」と表現した。彼は、村を救ってくれたのに。
「だから、我々に、イチヤ様の捕縛、もしくは暗殺をしろ――と?」
憤りを抱えるプリメラの横で、父が村長に訊いた。
村長は頷いた。
「お前達が相手なら、イチヤも油断するだろう。眠っているところで油でも掛けて、火の魔術を放てばいい。プリメラは、今では村随一の魔術師だ。寝込みを襲って上手くやれば、イチヤを殺すこともできるかも知れない。少なくとも、重傷は負わせられる」
淡々と語る村長を、プリメラは鋭く睨み付けた。
「嫌です」
視線に似合う強い口調で、はっきりと村長に伝えた。
「私は、イチヤさんを殺せません。殺したくないです」
再度、村長は溜め息をついた。どんな心情での溜め息なのか、プリメラには分からない。ただ一つ、分かることがある。村長は、都市部からの圧力に屈したのだ。自分を――最終的には村を守るために。
村長の意図は分かる。分かるが、納得などできない。
「村長は、どうして簡単にイチヤさんを殺すなんて言えるんですか? イチヤさんは、この村の恩人です。イチヤさんがいなかったら、ここにいる全員が死んでた。この村は全滅してた」
「そんなことは分かってる! だから、イチヤがこの村に戻ってきたとき、誰もが助けようとした!」
「じゃあどうして!?」
村長は気まずそうな顔をしていた。見ると、三人の役員も、村長の妻や息子、娘も、やり切れない表情を見せていた。
「これは、国の決定だ。国王が、イチヤに対する手配を決定したそうだ。さらに、イチヤには、国の兵を殺したという事実もある。国はイチヤを見逃さない。国が見逃さないなら、我々は従うしかない」
「イチヤさんが兵を殺したのは、そうしなければならない理由があったからじゃないんですか!? 国も、フロンティアからの使いの人も、村長も、理由が分からないまま結果だけを見て、イチヤさんを手にかけるつもりなんですか!?」
村長達を睨む目に、プリメラは侮蔑の感情を込めた。
「イチヤさんに受けた恩を、仇で返すつもりなんですか?」
村長の娘が目を伏せた。彼女も、サウスウェスト軍が攻め込んできたときに、この部屋に幽閉されていたはずだ。だから、覚えているのだろう。あの、いつ地獄に落とされるか分からない恐怖を。散々蹂躙され、正気を失った女性達の姿を。蹂躙されながらも生き残った女性達は、そのほとんどが、今でも心を病んでいる。男性を見ては怯え、父親や兄弟とも口を聞けない人がいる。中には、あの後自殺した女性もいた。
あの地獄を打ち砕き、救ってくれたのは、イチヤなのだ。村長の娘も、イチヤに恩義を感じているのだろう。立場上、この場で口にできなくても。
村長は、自分の娘に目を向けた。また、小さく息をついた。再び、プリメラの方を向いた。
「プリメラ」
「嫌です」
「いいから聞け」
「何ですか?」
「お前の言いたいことは分かる。イチヤは、確かにこの村の恩人だ。返しても返し切れないほどの恩がある。私は、サウスウェスト軍が攻め込んできたときに、息子と娘を一人ずつ殺された。それでも、イチヤのお陰で、他の三人の子は失わずに済んだ。私も殺されずに済んだ。妻も失わずに済んだ」
「だったらどうして!?」
「では訊くが、国に背いてイチヤを助けたら、この村はどうなると思う?」
「イチヤさんと一緒に、国と戦えばいいじゃないですか。イチヤさんが味方の兵を殺したのだって、仕方がない理由があったはずですし」
「国と戦うということがどういうことなのか、分かっているのか?」
「……?」
村長の質問の意図が分からない。プリメラは黙り込んだ。
村長は構わず続けた。
「この村の生活は、基本的には自給自足だ。贅沢さえしなければ、衣食住は問題ないだろう。だが、森に潜む山賊から守ってくれているのは、フロンティアから派遣された兵だ。村の者が病に罹ったときは、常駐兵が同行して、フロンティアの医者に連れて行ってくれる。この村に医者はいないからな。そういった、衣食住以外の全てを奪われるのが、国と戦うということだ」
村長に言われて、プリメラは言葉を出せなくなった。まったく反論できない。この村の人々は、自分達だけで生きているのではないのだ。村以外の人達とも支え合っているから、生きていられる。
「私も、イチヤには恩義がある。イチヤを殺すことが平気なわけではない。だが、村とイチヤを天秤にかけたとき、どうしても村を選ばなければならない」
プリメラは唇を噛んだ。再び、サウスウェスト軍が攻め込んで来たときのことを思い出した。恐怖に支配され、自分のことしか考えられなかった。傷付き、死に向うトーダを気遣うことすらできなかった。
恐怖を振り払ってくれたのは、イチヤだ。トーダの姿を見せてくれたのもイチヤだ。
トーダは、プリメラを好きでいてくれた。幼い頃からずっと、好きだと言い続けてくれた。命を捨ててプリメラを守ってくれた。
ギュッと、プリメラは瞼を閉じた。
――トーダ。
自分を愛してくれた幼馴染みに、問いかける。私はどうしたらいいの、と。
当然だが、答えは返ってこない。何度問い続けても、死者は声を掛けてくれない。分かっている。自分は今、どちらかを選択しなければならないのだ。村を救ってくれた恩人か。もしくは、恩人を切り捨てて、トーダが生まれ育った村を守るか。
自分はどうしたらいいのか。何をどうすれば、自分のために死んだ人に報いることができるのか。どちらを選択すればいいのか。
問い続けるプリメラの脳裏で、先ほどの村長の言葉が蘇った。
ハッとして、プリメラは目を開けた。直後に、決心が固まった。
プリメラは村長を見た。強く鋭く睨んだ。
「分かりました」
迷いのない口調で、はっきりと告げる。
「私がイチヤさんを暗殺します」
※次回更新は8/3を予定しています




