第五十一話① 暗殺命令(前編)
夜。
イチヤを家に一人残し、プリメラは、両親と共に村長宅を訪ねた。
村の中で、もっとも大きい家。部屋の数は七つもある。単純な敷地面積は、プリメラの家の五倍はあるだろう。
プリメラは、この家にいい思い出がなかった。家だけではなく、周囲の風景に対しても。
サウスウェスト軍が攻め込んできたときに、幽閉された家。村の若い女性達が幽閉された。一日ごとに複数の女性が連れ出され、蹂躙された。村長宅の広い敷地内で、トーダがモデレートと一騎打をし、殺された。
所用があって村長宅に来ると、プリメラは少し震えてしまう。あの地獄を思い出してしまう。そのたびに、自分に言い聞かさせていた。
――トーダの苦しみに比べたら、こんなのは何でもない。
両親と共に、村長宅に入った。
村長の家族は、妻と、息子が二人に娘が一人。もともと、息子と娘はもう一人ずついた。サウスウェスト軍が攻め込んできたときに、殺されたのだ。
玄関口で、両親が、家の中に声をかけた。すぐに村長の息子達が出迎えてくれた。
「こんな夜更けにお呼び立てして、申し訳ございません。父と役員が奥で待ってますので、上がってください」
昼間の畑仕事中に、両親が、村の役員と話をしていた。夜になったら三人で村長の家に来るように、という指示だった。
村長の息子に案内され、プリメラ達は家の中に入った。奥にある部屋に足を運ぶ。
案内をした村長の息子が、部屋のドアを開けた。
「村長、失礼します。お連れしました」
村長の息子は、事務的な話し方をしていた。役員も絡む事情でプリメラ達を呼び出したからだろう。
「失礼します」
村長の息子に続いて、プリメラ達三人も部屋の中に入った。
木造の家。板張りの床。ベッドも何もない部屋。
この部屋に、プリメラは覚えがあった。サウスウェスト軍に幽閉された部屋だ。
嫌な記憶が蘇る。気分が悪くなってくる。
プリメラは、キュッと唇を締めた。湧き上がる吐き気を堪える。
部屋の中には、村長と村の役員、村長の妻、村長の娘がいた。
村の意思決定は、村民の意見をベースに、村長および役員三人で決議する。現在、この部屋には、村意を決定する人物が揃っている。
「こんな遅くにすまない。とりあえず、そこに座ってくれ」
村長は、自分の前に座るようプリメラ達を促した。
村長や役員達は、横一列に座っている。
「はい」
返事をして、プリメラ達は、村長達に向かい合う位置に座った。
プリメラ達を出迎えた村長の息子は、村長の列の端に腰を下ろした。
「早速要件を話したいところだが、その前に前置きをしたい。これから話すことは役員と私の合議により決定したことであり、村の意思として扱う。また、仮に失敗したとしても特に罰則はないから、安心してほしい」
「?」
村長が話した「前置き」の意味が分からず、プリメラは首を傾げた。
一部を察したのか、プリメラの父が村長に尋ねた。
「『失敗しても』ということは、私達が何かをしなければならないんですか?」
村長は頷いた。
「前置きはまだある。イチヤのことだ」
「?」
再度、プリメラの頭に疑問が浮かんだ。
イチヤは、この村をサウスウェスト軍から救ってくれた英雄だ。彼がいなければ、この村の住人は全滅していただろう。だからこそ、イチヤが瀕死の状態でこの村に戻ってきたとき、誰もが彼を助けようとした。すぐに、回復魔術を使えるプリメラが呼び出された。
イチヤは英雄のはずだ。だから、プリメラ以外の全員が、彼のことを「イチヤ様」と呼んでいた。たとえ、彼が目の前にいなくとも。
だが、今。
村長は、イチヤに敬称を付けなかった。
「イチヤさんがどうかしたんですか?」
座ったまま身を乗り出し、プリメラは村長に訊いた。
村長は苦々しい顔をしていた。怒りとも嫌悪とも思える表情。反面、心苦しさを感じさせる様子。
「今、イチヤに関して、国中に手配書が回っているそうだ。罪状は、国家に対する反逆罪」
「!?」
プリメラは目を見開いた。
「イチヤ様が反逆!? どういうことですか!?」
隣りを見ると、両親も驚いた顔をしていた。
「今日、交代で来た常駐兵から伝えられた話だ。とりあえず、聞いた内容をそのまま説明すると――」
イニシオ村を出た後、イチヤはフロンティアに行き、軍に加わった。フロンティアの防衛戦に参加し、サウスウェスト軍撃退に大いに尽力した。さらに、国境となるデルパイース川を犠牲なく渡る方法を提案し、魔術師の力を借りて上手く実践した。結果として、フロンティア軍は、一人の死者を出すこともなく、サウスウェスト国内に入り込むことができた。
「――サウスウェスト国内に入るまで、イチヤは、戦略面においても戦力面においても、大きな活躍をしていたそうだ。当然、将軍や千人長などの信頼も厚かったらしい」
「それが、どうして手配されるようになったんですか?」
プリメラが訊くと、村長は話を続けた。
敵国の村を攻め込んだときに、イチヤは態度を大きく変えたという。軍を自分の思うままに動かそうとし、指示に従うように強要した。
「イチヤは、自分の指示に従わない兵を手にかけたそうだ。イチヤに斬り殺された兵には、妻も子もいたのに」
「……嘘……」
プリメラの全身が硬直した。誰にも聞えないほどの小声で、言葉が漏れた。
「……イチヤさんが……嘘……」
途端に、初めて会ったときのイチヤの姿が、プリメラの脳裏に蘇った。彼の言葉が、耳の奥に響いた。
『お前のために、命をかけて戦った男だ。お前のために死ぬ男だ』
あのとき、プリメラは恐怖に支配されていた。だから、トーダの姿など見えていなかった。彼は、自分のために戦ってくれたのに。自分のために命をかけてくれたのに。
怯え切っていたプリメラの目に、イチヤは、トーダの姿を映してくれた。自分を愛してくれた、掛け替えのない恩人の姿を。
そんなイチヤが、自分の意思に従わないという理由だけで、味方の兵を殺すだろうか。
少なくともプリメラは、村長の――元を辿るならフロンティア兵の――話が信じられなかった。
「ここまでが、話の前提だ。とはいえ、この前提から、概ね要件は想像がつくだろう」
「……イチヤ様の捕縛、もしくは暗殺でしょうか?」
プリメラの父が、村長に訊いた。父はまだ、イチヤに敬称を付けていた。
パニックになっていたプリメラの心が、少しだけ冷静さを取り戻した。父から、イチヤへの恩義を感じられたからだろう。
もっとも、父の口から出た言葉は、物騒なことこの上なかったが。
村長は小さく頷いた。




