第五十話 親しい人の死を背負う姿に
イチヤがイニシオ村に来てから、四十日ほど経った。この世界での半月ほど。
意識が戻ってからも、イチヤはプリメラの家で世話になっていた。両親とプリメラの三人家族。村の畑で野菜を育てて暮している。
村の生活は、基本的には自給自足。森で狩りをする者もいれば、畑を耕す者もいる。時々、野菜や燻した肉を、常駐の兵士を護衛につけてフロンティアに売りに行く。
この村にいる兵士達の常駐期間は、概ね一ヶ月。三十人ほどの兵士が常駐しており、一ヶ月ごとの交代で村を守っている。
今日は、常駐兵の入れ替え日だ。交代の兵士達が来てから、常駐期間を終えた兵士達がフロンティアに戻る。フロンティアに戻る兵士達の最後の仕事が、物資を売りに行く村人の送り迎えだ。
この世界には明確な四季がない。適度な気温の変化はあるものの、年中、概ね温暖な気候が続く。
プリメラ一家が育てているのは、主に、日本でいう根菜。それを、畑を数区画に分けて栽培している。
根菜の成長速度は種類によって違う。早い物では二、三十日で育ち、遅い物でも一〇〇日ほどで育つ。
今日の朝早く、常駐期間を終えた兵士達が、数人の村人を連れてイニシオ村を発った。彼等の荷物には、プリメラの一家が育てた野菜も多く積まれた。
村から運び出された物資はフロンティアで売られ、得た金で村にない物を購入する。購入した物を村に持ち帰り、物資を提供した者達に配られる。フロンティアに物を売りに行く者達は、当然、物資を提供した村人に、何が欲しいかを事前に確認する。
畑仕事を終えると、イチヤは大きく伸びをした。この三十日ほどで、この作業にもずいぶん慣れた。
今日の天気は晴天。暖かい日差しが村を包んでいる。昨日までは雨だったが。
「イチヤさん、もう終わったんですか?」
自分の作業を終えたプリメラが、こちらに近付いてきた。
「ああ。ようやく慣れてきたからな」
「飲み込み早いですね。召喚者様は、そんなところまで優れてるんですか?」
イチヤは苦笑した。
「まさか。まあ、腕力と体力だけはあるけどな。それ以外は、本当に素人だよ」
助けてもらった礼をしたくて手伝っているが、イチヤは、あまり役に立てていない気がしていた。実際に、イチヤの作業速度はプリメラの半分ほどだった。
「あれ?」
イチヤは畑の周辺を見回した。
プリメラの両親が、畑の外で、他の村人と何かを話し込んでいた。
プリメラの両親と話している人物に、イチヤは見覚えがあった。村長の補佐をしている、村の役員達だ。
「おじさんとおばさん、どうしたんだ?」
「さあ? 分からないですけど、突然、役員の人達が訪ねてきたんです」
「ふーん」
少し気になったが、イチヤには関係ないことだろう。自分はただの居候なのだから。
「そういえば、プリメラ」
「なんですか?」
「フロンティアに行った人達に、何を買ってくるように頼んだんだ?」
訊くと、プリメラは照れ臭そうな顔を見せた。
「ローブです。魔術師用の。私、もっと魔術を磨きたくて。それで、とりあえず形から入ってみようかな、って」
プリメラの魔術は、村にいる魔術師型の人達に学んだそうだ。本格的に魔術を学ぶのであれば、都市に出て専門家に教わる必要がある。村にいる魔術師は、都市にいる魔術師よりも熟練度が低い。
そんな環境で回復魔術を使えるようになったプリメラは、かなりの才能があるはずだ。もっとも、イチヤは、魔術についてあまり詳しくないが。
プリメラは、自分の両手をじっと見つめた。土で汚れた両手。顔付きが、明らかに変わった。再会したときに見せていた、自虐的な表情。
「私、実は、少し調子に乗ってたんです。村で誰も使えない回復魔術を、使えるようになって。いつかこんな村なんて出て、召喚者様と一緒に戦うんだ、って。自分にはその力も才能もあると思い込んでました。村の――狭い世界しか知らなかったのに。戦争は殺し合いで、他人と殺し合うことがどれだけ残酷なことか、知りもしなかったのに」
「……」
イチヤは、人差し指で頬を掻いた。痒かったわけではない。プリメラが自虐的になる要因が、自分にもある気がしたのだ。トーダが息を引き取る前に、プリメラを怒鳴ったこと。
『自分のことよりも、お前のことを考えているこいつの前で、それでもお前は、『助けて』しか言えねぇのか!? こいつに何か言うことはねぇのか!?』
サウスウェスト軍に襲われたとき、プリメラは怯え切っていた。本人に指摘するつもりはないが、恐怖で失禁していたほどだ。トーダが命懸けで戦っているときも、プリメラは、怯えて何もできずにいた。
あのとき、イチヤはプリメラを責めた。彼女のために死にかけているトーダが、あまりに不憫に思えて。
でも、今にして思えば。
召喚者であるイチヤと違い、プリメラは普通の女の子なのだ。少し魔術に長けているだけの、普通の女の子。実戦の経験もない、もちろん殺し合いなどしたこともない、ただの女の子。そんな彼女が恐怖に囚われてしまっても、何ら不思議ではなかった。責められるようなことはなかった。
「あの、プリメラ」
プリメラの話を途中で遮って、イチヤは、彼女に詫びた。
「あの時は――サウスウェストが攻め込んできたときは、悪かったな。偉そうなこと言って、怒鳴ったりして」
イチヤが何のことを話しているのか、プリメラも理解しているのだろう。彼女は首を横に振った。
「あれは、イチヤさんの言う通りです。トーダが命懸けで守ってくれたのに、私は、トーダの心配すらできなかった。トーダのために何もできなかった。一緒に戦って、トーダを助けることもできなかった」
「でも、プリメラには実戦経験もなかったんだから――」
プリメラはイチヤの方に手を差し出し、言葉を遮った。
「さっきの話の続きですけど。私は、魔術を磨きたいと思ったんです。もしまた、身の回りで何かが起こったとき。私の周囲の人達が、危険に晒されたとき。せめて、一緒に戦えるように。せめて、力尽きる前に回復魔術をかけられるように」
イチヤの方に差し出した手を、プリメラは下ろした。
「トーダのために、なんて言うつもりはありません。結局、私は、トーダに何もできませんでしたから。それなら、私にできるのは、トーダに恥ずかしくない生き方をすることだと思うんです。トーダみたいに一生懸命自分を磨いて、自分にできることをして」
「……そうか」
イチヤはプリメラの年齢を知らない。見た目から考えると、十五前後だろう。
まだ少女と言っていい年頃の子が、自分のために生きることを放棄している。トーダの死を背負う生き方を選択している。
プリメラ自身は納得しているようだし、選択した生き方にモチベーションも感じているようだ。
けれど、あまりに寂しい気がした。
イチヤにとって、トーダはほぼ他人だ。まともに会話もしたことがない。とはいえ、その死に様は目に焼き付いている。好きな女の子のためだけに命を懸けた少年。
プリメラには、トーダを忘れないでほしい。
忘れないでほしいが、囚われても欲しくもない。プリメラにはプリメラ自身の幸せがあるはずなのだから。
もっとも、そんなことを伝えたところで、今のプリメラに響くとは思えない。
「イチヤさん」
呼ばれて、イチヤは我に返った。
「作業も一段落しましたし、家に戻ってご飯にしませんか? お父さんとお母さんも、役員さんと話し終わったみたいですし」
「そうだな」
プリメラと一緒に、彼女の両親達のところに行く。
近付いてきたイチヤを見て、プリメラの両親は、どこか暗い顔をしていた。もっとも、「暗い顔をしている気がする」という印象を抱いただけだから、特に何も訊かなかったが。
家に戻り、食事をし。
夜になるまで、イチヤは剣の訓練をして。
プリメラは魔術の訓練をして。
その日の夜。
プリメラと彼女の両親は、村長の家に出掛けていった。
「遅くなると思うので、イチヤ様は先に寝ていてください」
そう、イチヤに言い残して。
※次回更新は8/1を予定しています




