第四十八話③ 単に好感を持っているだけでは、殺さない理由にはならない(後編)
「シーダ様」
「何でしょう?」
「腹の探り合いはやめて、いくつかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「私の知っていることであれば」
「失礼ながら、無償でお伺いしても? 私は、この都市に留まり続けることはできません。様々な場所で歌いたい、という理由だけではなく」
「無償というわけにはいきませんが、ハイド様が拒否をすれば、強要するつもりはありませんよ」
「ありがとうございます」
小さく頭を下げて、ハイドは聞いた。
「では、一つ目です。私は召喚者様が殺されたと伺いましたが、その情報は誤りなのでしょうか? 召喚者様が確実に生きているという根拠は?」
「皇帝陛下のお言葉です。皇帝陛下は、召喚者を転移させられる。けれど、皇帝陛下の魔力でも、転移可能な召喚者は一人のみ。新しい召喚者を転移させられないことが、召喚者が殺されていない証拠です」
「皇帝陛下のそのお言葉に、嘘はないと?」
「では、逆に伺います。召喚者が不在となった状態で戦争をすれば、負ける公算が高い。自分の国が制圧される可能性が高いのに、どうして召喚者を転移させないのでしょう? 皇帝陛下が嘘をつく理由がありません」
シーダの言う通りだ。三人の皇帝は、大陸の三国を使ってゲームをしている。国取りのゲーム。わざわざ負けるようなことをする理由はないだろう。
「確かに仰る通りです。では、もう一つ。召喚者様がお尋ね者になる理由は?」
訊いたものの、この質問の答えに関しては、概ね想像がついている。
シーダは、ハイドの想像通りの回答を口にした。
「どうやら今回の召喚者は、戦場で我を通すために、従わない兵を殺したらしいのです。戦いの勝利よりも我を優先し、従わない者を殺した。結果、戦いに敗れることになったそうです」
「我を通した、とは?」
「兵を――軍を、自分の思うようにコントロールしようとしたそうです」
「そうでしたか」
――ものは言いようだな。
侮蔑の感情を込めて、ハイドは胸中で吐き捨てた。イチヤは、兵の暴挙を止めただけだ。サウスウェストの民衆を蹂躙するという暴挙を。もっとも、「軍を自分の思うようにコントロールしようとした」と言えば、嘘ではない。
同時に、イチヤの行動が敗戦に繋がったのも事実だ。イチヤの指示により、兵士達のモチベーションは確実に失われたのだから。
「では、最後の質問ですが。これは、先ほどの質問とはまったく関係ないのですが」
「どのような質問ですか?」
「シーダ様は、戦争をどのようにお考えですか?」
「守るために行うものであり、侵略のために行うべきものではないと考えております」
一切の迷いなく、シーダは答えた。
「兵役についた者は、戦いの場にて命を失う可能性があります。ですが、一部の者を除いて、失われていい命などないはずです。だからこそ、多くの命を守るための戦いであれば必要ですが、他者の権利を奪う戦いなど存在するべきではないのです」
この戦争が始まったのは、もう二百年ほど前だ。当然ながら、シーダは開戦時に産まれてもいなかった。戦争が始まった理由など知りもしないだろう。
「失礼を承知で伺います。シーダ様は、戦争自体は賛成ではないという印象を受けました。では、この戦争を止めるために、何か活動をしているのですか?」
少し迷った様子を見せつつ、シーダは小さく頷いた。
「活動、と言えるほどのことではないかも知れません。ただ、夫も私も、国王陛下には何度も進言しました。他の二国に休戦協定をもちかけ、戦争をやめるようにと。もちろん、ただ進言するだけではありません。戦争によって、どのような被害を受けるか。どれほどの損失があるか。戦争による被害や損失がない場合、国内にどれほどの利益が出るか。経費や労働力、国内の治安や犯罪検挙率も書き記して、提出もしました」
シーダの言うことが事実なら、彼女はやはり優秀な才女だと言える。ただ平和主義を唱えるのではなく、データとして戦争による不利益を説明し、進言できる。
おそらく、国王は、ディグノ夫妻の進言に対して論理的な否定はできなかったはずだ。
それでも、戦争は終結しないだろう。
「それでも、戦争は続けられているんですね」
シーダは頷いた。
「国王陛下は私達の進言を認めつつも、休戦は認めてくれませんでした。理由は教えていただけませんでしたが」
国王は、当たり前だが国の王だ。要するに、国内で最大の権限を持つ者である。とはいえ、国王よりも強い権力を持つ者がいる。各国に存在する、三人の皇帝。戦争をやめないのは、彼等の指示によるものだ。
「そうでしたか」
おそらくシーダは、どうして国王が休戦のための行動をしないのか、分からないはずだ。国王は、国の存続と繁栄を誰よりも望んでいるはずなのだから。もちろん、他国を制圧し、自国の領土とすることで、大きな利益を得られもする。それにしても、二百年もの長きに亘り戦争を続けるのは、総合的に見れば不利益の方が大きい。
「シーダ様」
「何でしょう?」
「最後と言っておきながら恐縮なのですが、もう一つ、質問を追加してもよろしいでしょうか?」
「構いません」
「では。戦争で、他国領土に進軍することがあります。その際に、進軍した村や都市で、住民に対し、非道な行いをすることは許されると思いますか? 戦争なのだから、一般民衆も巻き込まれて傷付けられるのは、当たり前のことだと思いますか? 陥落させた村や都市での暴挙は、勝利の報酬として認められるのでしょうか?」
シーダは顔をしかめた。明らかに不快感を露わにしている。
「ハイド様」
「はい」
「その回答をする前に、少し昔話をしても?」
「ええ」
「昔、私が今の夫と結婚する前ですが。本来であれば、私は、パスティオン侯爵家のクリーブ様と結婚する予定でした。すでに今の夫と恋仲でしたが、両家での話が進んでおりましたので」
「存じております。割りと有名な話ですので」
「しかし、婚約成立後に、私はその話を蹴りました」
「それも有名な話なので、伺っております。なんでも、クリーブ様には変質的な性癖があり、それをシーダ様にも押し付けようとしたとか」
「それはまあ、そうなんですが。でも、それだけではありません」
「と、いいますと?」
「クリーブ様は、パスティオン家の侍女にも自身の趣味を強要し、辱めておりました。私によくしてくれた侍女も、被害を受けておりました」
「……」
シーダが何を言いたいのか、ハイドは理解した。
「その侍女は、今でも私の世話をしてくれています。私はたまに、今日のように勝手に家を抜け出して、その侍女に叱られたりするのですが。それも、私のことを心配してくれてのことなのです。立場上では、彼女は私の侍女です。ですが、私は彼女を、掛け替えのない親友だと思っています」
前提を語り終えると、シーダは、キッパリとした口調で断言した。
「強者が弱者に対し、尊厳を踏み躙るような蹂躙をすることは許されません。先ほど、『一部を除いて失われていい命などない』と話しましたが、自身の欲望のためだけに他人を傷付けられる者は、その『一部』に該当します」
シーダの言葉には、口先だけではない感情が込められていた。彼女は本当に、有能なだけではない、高潔な心を持つ才女なのだ。
礼も詫びも込めて、ハイドは深く頭を下げた。
「無礼な質問にも真摯な回答をいただき、ありがとうございます」
「いえ。ただ、下心もあるんですよ。真面目に対応することで、ハイド様が、この都市での活動を優先してくれたら、というような」
先ほどの厳しい口調とは変わり、シーダは優しい声を出した。
「私達のお抱えにすることは難しそうですが、ご検討いただけると幸いです」
「ぜひ」
ハイドは頭を上げた。
シーダと目が合って、互いに笑い合った。
「では、私はそろそろ失礼いたしますね。先ほどお話しした侍女が、心配してるでしょうから」
「はい」
シーダが立ち去ってゆく。
話していて気持ちのいい人物だった。彼女の後ろ姿を見送っていると、つい、頬が緩んでしまう。
しかしハイドは、すぐに気持ちを引き締めた。
イチヤが生きている。彼が生きている限り、ノースに次の召喚者は現われない。
そして、皇帝を討つ仲間とするのに、イチヤでは力不足だ。
では、どうするか。
イチヤは、好感を持てる人物だった。実直で、真面目で、下劣な行為を許さない正義感がある。正直なところ、殺したくはない。
「フィル……」
愛する人の名が、口から漏れた。愛する人を死に導いた者達が、どうしても許せなかった。
百年以上も忘れられない愛する人と、単に好感が持てる人物。どちらを優先すべきか。
愛する人の仇を討つことと、単に好感を持てる人の命。どちらを優先すべきか。
答えは、簡単に出た。
イチヤを殺そう。次の召喚者を転移させるために。より強い仲間を得て、フィルスタの仇を討つために。
フィルスタの仇を討つためなら――三人の皇帝を殺すためなら、どんな悪魔にだってなってやる。
フィルスタを失ってから、百年以上経つ。
それでも。
ハイドの両手からは、未だに、冷たくなってゆく彼女の感触が消えないから。
※次回更新は7/28を予定しています。
※今回の話に出てきたシーダは、以下の作品にも出ています
『浮気して婚約破棄されたけど、概ね計画通り』
https://ncode.syosetu.com/n5700jn/




