第四十七話③ 生きていたから、選択しなければならない(後編)
「そうなんだ。で、今、イチヤはどこにいるの?」
「さあ?」
ロキは、また不機嫌そうな顔になった。先ほどのように一瞬ではない。今度は、不機嫌な表情を崩さなかった。
「この玉は、召喚者の生存を探知する物だからね。居場所までは分からない。イチヤがどんな状態なのかも分からない。死にかけてるのかも知れないし、サウスウェストで拷問を受けているのかも知れない。あるいは、ほとんど無傷なのかも知れない」
「場合によっては、明日死んでることが分かるかも、ってこと?」
「そうだよ」
「……」
イチヤが、明日にでも死ぬような深手を負っている可能性はあるか。
レトは自問し、その可能性を否定した。
イチヤが死んでいるのであれば、フロンテーラの戦いで殺された可能性がもっとも高い。次に可能性が高いのは、深手を負いながらも逃走し、逃げている途中で死んだケース。ただし、フロンテーラの戦いからもう二週間以上も経っているから、この可能性も低い。深手が要因で死ぬなら、もうとっくに死んでいるはずだ。だからレトも、一週間しかイチヤを待たなかった。
イチヤはどこかで生き延びている。どこにいるのかは分からないが、現在も命の危険に晒されている可能性は、極端に低い。
思わず気が抜けそうになるのを堪えて、レトは無表情を維持した。
「じゃあ私は、これからイチヤを探して、また戦場に戻ればいいのね?」
「いや、違う」
レトは、回答が分かり切っている質問をしたつもりだった。
それなのに、ロキに否定された。
レトの顔から力が抜けた。無表情を維持できず、つい首を傾げてしまった。
「どういうこと? サウスウェストと戦わなくていいの?」
レトの疑問に対し、ロキは溜め息をついた。
「今回の戦いについて、情報が入ってきたんだよ。逃走して生き残った千人長とかの申告だ」
千人長と聞いて、レトの脳裏に、カボの顔が思い浮んだ。出会った当初はイチヤに敬意を示しながら、村人の蹂躙を禁じられた途端に手の平を返した男。
「リミテスは――今のパスティオン公爵は、かなりの堅物だ。リミテスの兄が相当の馬鹿だったみたいだからね。その馬鹿を反面教師にしたのか、リミテスは驚くほど生真面目に生きてる」
「そうらしいね」
「まあ、リミテスがそんな堅物だから、兵士達も、リミテスには本音を漏らさない。皆で口裏を合せて、今回の敗戦の理由を報告してた。フロンテーラでの戦いは明らかに劣勢だったから、これ以上被害が大きくなる前に逃走した、って」
内容としては嘘ではない。もっとも、劣勢の要因を作り出したのは、交戦当初から闘争心を欠いたノース軍にあるのだが。
「兵士達が――千人長が、リミテスに正確なことを報告するとは思えなかった。だから俺は、敗戦の原因を独自に調査したんだよ」
「で、どうだったの?」
「イチヤは、兵士達にまったく信頼されてなかったみたいだね。いや、信頼されてないってのは、ニュアンスが違うか」
「そうだね」
イチヤは、兵士達に信頼されていなかったのではない。嫌われていたのだ。
「兵士達の集まる場所に密告者を配置させたら、簡単に事実が分かったよ。イチヤは、兵士達をかなり抑圧してたんだ」
「抑圧っていっても、倫理上は当たり前のことなんじゃない?」
戦争といっても、敵国に対して何をしても許されるわけじゃない。少なくとも、戦えない人達を蹂躙していい理由などない。
ロキは、呆れたように溜め息をついた。
「戦争に倫理観なんて必要ないだろう? 結局のところ、やってるのは殺し合いなんだ。戦場に出る者は死んでも仕方ないけど、戦場に出ない者は保護されるべきだ、なんて理屈は馬鹿げてる」
「……」
ロキの言い分に、レトは、少なからず不快感を覚えた。
レトは、心を殺して召喚者の付き人を務めた。付き人として必要だったから、シュウに体を差し出した。初めて彼と寝たときは、不快感と痛みしかなかった。体を弄ばれるのは、屈辱でしかなかった。自分の心を殺さなければ、耐えられなかった。マセリアを助けるためという目的がなければ、生きることに絶望していたかも知れない。
マセリアを助けるためだから、耐えられた。
でも。それでも。
シュウと寝たことをイチヤに知られのは、辛かった。
戦争に巻き込まれて蹂躙される人達は、目的も理由もなく、レトのような屈辱を味わうのだ。屈辱と苦痛にまみれて殺されるのだ。仮に殺されなかったとしても、心に大きな傷を負う。
そんな人達の苦痛を「戦争だから仕方がない」なんて一言で片付けたくなかった。
「まあ、とにかく、イチヤは絶望的に人望がない。また戦場に出たとしても、誰の力も借りられずに負けるだけだ」
イチヤが軍を率いて戦っても、また負ける。この部分に関して、ロキの言うことは正しい。レトの目から見て、イチヤは、明らかにシュウより弱かった。生まれ持った素質も低い。彼一人で、千人単位の軍を相手に勝つことなど不可能。周囲の兵隊の助力がなければ、戦いには勝てない。それなのに、兵士達には嫌われている。
「じゃあ、これからどうすればいいの?」
聞くと、ロキの表情が変わった。呆れ顔から、また不機嫌そうな様子に戻った。
「イチヤを殺して」
「!」
ロキの言葉に、レトは目を見開いた。
召喚者は一人しか呼び寄せられない。しかし、イチヤは戦場で使い物にならない。では、どうすべきか。
イチヤを殺して、新たな召喚者を転移させる。
ロキの指示は、論理的に考えれば予測できたものだ。それでもレトは、無意識のうちに、論理的思考を避けていた。
避けていたのに、ロキに指示された。
指示に従わなければ、ロキは、マセリアの治療を放棄するはずだ。
指示に従う振りをしてイチヤを殺さないようにする、なんてこともできない。レトが指示を無視していると判断しても、ロキは、マセリアの治療をやめるだろう。
レトは必死に、イチヤを殺さない言い訳を考えた。
言い訳は、意外なほど簡単に見つかった。
「イチヤを殺せ、って言われても。居場所も分からないのに、どうやって殺すの? 探してくれるの?」
「……」
ロキは押し黙った。イチヤの居場所を探れないというのは、どうやら事実のようだ。召喚者の生存を示す玉は、本当に、召喚者の生き死にしか探知できないらしい。
黙り込むロキに対し、レトは提案を出した。
「じゃあ、私は一旦、レアルカピタルにでも行くよ」
レアルカピタル――ノースの王都だ。イチヤと初めて出会ったのも、旅を開始したのも、レアルカピタルだった。
「王都なら、セントロと並んで、国中の情報が集まるでしょ?」
セントロは、ノースの中央都市と呼ばれる大都市だ。筆頭公爵とも言われるディグノ家の領地でもある。
「レアルカピタルか……」
言うと、ロキは無言になった。そのまま、じっとレトを見てきた。
イチヤの情報が王都まで流れてくる可能性は、低い――と、レトは考えていた。
イチヤ自身も、敗戦の理由は自覚しているはずだ。兵士達の信頼を得られなかった。自軍と敵対していた、といっても過言ではない。
そんな彼が、敗戦直後に目立った行動をするだろうか。
答えは否だ。
おそらくイチヤは、片田舎に身を潜めている。あるいは、森の中で隠れながら、自給自足で生きているか。
いずれにせよ、イチヤの情報が王都まで入ってくる可能性は、限りなく低い。
イチヤを見つけないことが、彼を守ることになる。
「……」
ロキに見つめられながら、レトの心臓は、少しだけ速く動いていた。本心を悟られるのではないかと、冷や冷やした。彼に従わなければ、マセリアの治療は打ち切られる。
ロキは再び、小さく息をついた。
「まあ、一旦はそれでいこうか。俺は俺で、独自にイチヤの行方を探るけど」
ロキに言われて、レトは、思わず安堵の息を吐きそうになった。慌てて顔に力を入れ、無表情を装った。
「分かった。じゃあ、二、三十日の間に用意を済ませて、レアルカピタルに向うよ」
「俺は俺で、別の路線で情報を集めるよ」
「うん。で、他に何かある?」
「いや。用は済んだ」
「じゃあ、私、お母さんのところに戻るから。仕事してると、あんまり一緒にいられないし」
「そうだな。レアルカピタルに行く前に、できるだけ側にいればいいよ」
ロキの言葉を受けて、レトはこの場を立ち去ろうとした。
きびすを返したレトに、ロキは、最後に告げてきた。
「サウスウェストかサウスイーストを陥落させなければ、マセリアは完治させない。もちろん、ノースが陥落なんてしたら、その時点で治療は打ち切ることになる。分かってると思うけど、肝に銘じておいて」
イチヤが生き延びて、逃亡を続ける限り、ノースに新しい召喚者は現われない。ノースに新しい召喚者が現われないと、サウスウェストの侵攻を止めるのは不可能だ。いつか、ノースはサウスウェストの手に落ちる。
レトも分かっていた。
イチヤもマセリアも助けるなんて、不可能だ。
どちらかを助ければ、どちらかを失うことになる。
産まれたときから愛してくれた母か。
生まれて初めて特別な感情を抱いた異性か。
どちらも失いたくないなんて要望は、決して通らない。
レトはロキに何も返さず、村に戻っていった。
※次回更新は7/26を予定しています
※今回の話に出てきたディグノ公爵家は、以下の作品にも出ています
『浮気して婚約破棄されたけど、概ね計画通り』
https://ncode.syosetu.com/n5700jn/




