↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/140

第四十七話② 生きていたから、選択しなければならない(中編)


「あ。おはようございます、皇帝陛下」


 ロキが来るとは思っていなかったのだろう。マセリアは少し慌てて、挨拶をした。


「どうされたんですか? 今日は治療の日ではなかったと思いますが」

「ああ。マセリアの治療は来週だよ。ただ――」


 マセリアの肩越しに、ロキはこちらを見てきた。

 レトとロキの目が合った。


「やっぱり一旦戻ってたんだね、レト」

「……ええ。あの状況だから。次の指示があると思って」


 戦場にいたことは、マセリアには知られたくない。だからレトは、言葉を濁した。


 ロキも察したのだろう。戦場のことは口にしなかった。


「そうだね。レトに伝えたいことがあって来たんだ。ここに戻ってると思ってたから」

「じゃあ、場所を変えていい?」

「もちろん」


 レトは椅子から腰を上げた。


「お母さん。後片付けは、戻ってきたら私がするから。安静にしてて」

「うん」


 マセリアは、どこか浮かない顔をしていた。先ほどのレトの涙が引っ掛かっているのだろう。


 母を安心させたくて、レトは微笑んで見せた。


「私なら大丈夫。自分で言うのも馬鹿みたいだけど、私、魔術に関しては天才みたいだから。この間、ちょっと大変なことがあったんだけど、もう大丈夫だから」

「……そう?」

「うん。だから心配しないで」

「わかったよ」


 レトはドアに近付き、ロキの横に並んだ。


「それじゃあ、行きましょう」

「ああ」


 一旦マセリアの方を振り返り、レトはまた笑顔を見せた。無理矢理作った笑顔。


「じゃあ、お母さん、たぶんすぐに戻るから」

「うん。いってらっしゃい」

「いってきます」


 レトは、ロキと共に家から出た。


 村では、住人が各自の仕事に勤しんでいる。畑を耕す者。薪を割る者。木材を生成する者。狩ってきた獣を燻す者。


 村人は皆、知り合いのようなものだ。当然、マセリアが皇帝の治療を受けていることも知っている。マセリアの治療のために、レトが皇帝のもとで働いていることも知っている。もっとも、レトの仕事の内容を知っている者はいないが。


 ロキが、村の外を指差した。


「ちょっと人が多いから、森の中にでも行こうか」

「そうね」


 レトの顔に、マセリアに見せた表情はもうない。感情のない無表情。心を殺した眼差し。


 イチヤが死んだ。それなら、別の召喚者の付き人を命じられるはずだ。イチヤのような召喚者など、もう現われないだろう。また違う男に体を弄ばれながら、戦う準備をするのだ。


 全ては、マセリアを助けるために。


 ロキが歩き出し、レトは彼に続いた。


 歩いている途中で、何度か村人に声を掛けられた。近所に住んでいるおばさん。小さい頃によく遊んだ、幼馴染み。レトが幼い頃に相手をしてくれた、近くに住むお兄さんやお姉さん。


 村の人達は、レトが回復魔術を使えるようになったとき、驚いていた。将来有望だと期待してくれた。皇帝のもとで仕事をすると聞いたとき、誰もが、やっぱりレトは凄い子だと誉めてくれた。


 レトが何をしているのかも知らずに。


 もちろんレトは、弱音など吐くつもりはない。自分の仕事がどのようなものか、村の人達に教えるつもりもない。仕事の内容を訊かれたら、傷付いた兵を回復魔術で治療をしている、と答えるようにしている。戦場で兵士に回復魔術を施すこともあるから、完全な嘘というわけではない。


 しばらく歩いて、村の外に出た。


 森の中に入ると、木々の枝や葉が太陽の光を遮った。地面には、無数の線状の影ができている。


「この辺りでいいかな」


 呟いて、ロキは足を止めた。

 彼に合わせて、レトも足を止めた。


 周囲には緩い風が吹いていて、木の葉がカサカサと揺れている。


「……で」


 最初に口を開いたのは、レトだった。ロキの要件は、概ね予想ができている。


「次の召喚者を転移させたんでしょ? 私は、いつ顔合わせをすればいいの?」


 フロンテーラで敗北し、召喚者を――イチヤを殺された。サウスウェストにも損害を与えたものの、現在の戦況は最悪と言っていい。


 サウスウェストは、体勢を整えたらすぐにでも攻め込んでくるだろう。しかも、今度は、チサトが川を渡って攻めてくる可能性が高い。敵国は、今回の戦いでこう判断しただろうから。


『ノース側は、召喚者を早急に戦場に出す術に長けている』


 シュウが殺された後、レトは、イチヤの初期訓練を最小限の期間で終了させた。シュウが殺され、サウスウェストが攻め込んでくると予測できたから。だから、サウスウェストが想定するより早く、イチヤを戦場に出す必要があった。


 今となっては、すっかり裏目に出ているが。


 チサトがサウスウェスト側の守りに専念せず、攻めに加わるなら、ノース側にはかなりの被害が出るだろう。少なくとも、フロンティアは陥落させられるはずだ。敵国がフロンティアを攻略する前に次の召喚者を育てることなど、不可能なのだから。


 それなら今度は、ノースの中央部まで陥落させられるのを覚悟して、じっくり召喚者を育てるべきだ。次の召喚者がチサトを殺せなければ、確実にノースは負ける。


 ノースの敗戦は、マセリアの死を意味する。レトが役割を果たせなくてもマセリアを助ける、なんて情はロキにはないだろう。


 ロキに質問をぶつけつつ、レトは、今後の戦略を練っていた。


 しかし、ロキが発した言葉で、レトの思考は一瞬で霧散した。


「反論するみたいで悪いけど、イチヤの次の召喚者は、まだ転移させてない」

「は?」

「っていうより、次の召喚者を転移させることはできない、って言った方が正しいかな」

「なんで!?」


 つい、レトは大きな声を上げてしまった。


 三国の戦争において、召喚者の存在は大きい。戦力としてはもちろんだが、召喚者の圧倒的能力は、軍の心の支えにもなる。頼れる者がいる軍と頼れる者がいない軍とでは、兵士達の士気がまるで違うのだ。


「まさか、召喚者なしで勝てっていうの?」


 そんなことなど不可能だ。それはつまり、マセリアを救えないことを意味する。これまで、心を殺して召喚者の付き人をしてきたのに。


「そうは言ってないよ。言い方が悪かったかな。今(・)は(・)召喚者を転移させられないんだ。状況が変われば、また転移させられるよ」

「……どういうこと?」


 レトが訊くと、ロキは、一瞬だけ不機嫌そうな顔を見せた。ゲームで負けそうな子供のような顔。


「イチヤが、まだ生きてるからだ」

「!?」


 レトは目を見開いた。少しの間、ロキの言葉の意味が理解できなかった。


 フロンテーラの戦いで、イチヤは、チサトを相手に劣勢を強いられていた。彼の援護をする者は、レト以外にはいなかった。イチヤとレトが殺されるのも、時間の問題だった。


 レトに逃走を提案したのは、ハイディアだった。美しく、レトよりも有能な魔術師。彼女は、レトが援護するからイチヤも戦い続けてしまう、と言った。だから、レトが逃げて援護がなくなれば、イチヤも逃亡を選択するだろう、と。


 ハイディアと共に逃げたレトはデルパイース川を渡り、イチヤが戻るのを待ち続けた。七日間待ち続けて、それでも彼は戻ってこなかった。彼の死は、間違いないと思えた。


 でも、イチヤは生きているという。


「ちょっと待って」


 レトは額を押さえた。いくつもの疑問が頭に浮かんだ。疑問の中の一つを口に出した。


「どうしてイチヤが生きてるって知ってるの? フロンテーラの戦いを見てたの?」


 理由は分からないが、三国の皇帝は、直接戦場には出ない。召喚者以上の能力があり、戦場に出れば敵国の軍など簡単に殲滅できるだろうに。レトが訊いても、ロキは、その理由を決して教えてくれなかった。


 ロキはフロンテーラにいなかったはずだ。それなのに、彼は、イチヤの状況を知っている。


 ロキは少し考えた後、ローブの懐から、一握り程度の大きさの玉を取り出した。赤く光る玉。


「何、これ?」

「これはね、ノースの召喚者の生死がわかる玉だ」

「は?」

「召喚者は異世界人だからね。この世界の人間とは異なる気配を放ってるんだ。それを検知して光るようになってるんだよ」

「……」


 たった一人の気配を検知して反応する玉。そんな物の存在を信じられるはずがなかった。しかし、ロキは、イチヤが生きていると確信している。確信の根拠がこの玉なら、事実なのだろう。


 戸惑うレトをよそに、ロキは続けた。


「もし召喚者が死んだら、光は消えて灰色になる」

「光ってるから、イチヤは生きてるってこと?」

「うん、そう」


 ロキに、嘘を言っている様子はない。また、仮に嘘だとしても、嘘をつく理由も思い浮ばない。召喚者を転移させなければ、ノースは危機に陥る。自分の国を危険に晒す理由など、ロキにはないはずだ。


 イチヤは生きている。


 にわかには信じられないが、事実だろう。そう確信した途端、レトの胸中に、今まで感じたことのない温かさが広がった。安堵のあまり、この場にへたり込んでしまいそうだった。喜びのあまり、泣いてしまいそうだった。


 自分の心情を自覚していたから、レトは、表情を固く維持した。顔全体に力を込め、気持ちが出ないようにする。いつもの、無感情な表情。


 召喚者が死ねば、次の召喚者が現われる。一人の召喚者に特別な感情を抱くことは、決して好ましいことではない。


 だからレトは、イチヤの生存に対し、特別な感情がないように演じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
今思ったんだが。 召喚者を生け捕りにできても遠隔で死ぬようにできているとか……そんなカラクリが裏にありそうな気がするぜ。 とにかく。 まだ生きててよかったですが……?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。