第四十三話① もしも、何か一つでも違っていたなら(前編)
「大好きだよ、ハイド」
はっきりと、そう伝えられて。
フィルスタの姿が見えなくなるまで、ハイドは彼女を見送った。彼女の言葉を、何度も何度も胸中で繰り返しながら。
独り、森の中に残されて。フィルスタの姿が、完全に見えなくなって。
思わず、声が漏れた。
「俺も大好きだよ、フィル」
本当は、告白されたときに伝えたかった。それなのに、声を出せなかった。自分とフィルスタの違いが、言葉を遮った。
自分は歳を取らない。歳を取れない。
ハイドの外見は、人間で言うところの二十代中盤くらい。もともと童顔のハイドは、老化が停止して今の外見となった。
フィルスタとの未来を考えた。
十年後には、同世代に見えるだろう。
二十年後には、ハイドの方が年下に見えるだろう。
四十年後には、親子のように見えるだろう。
六十年後には、祖母と孫にしか見えなくなる。
それでもフィルスタは、自分を愛し続けてくれるだろうか。それ以前に、ハイドの正体を知っても、好きでいてくれるだろうか。
吸血鬼。人間とは異なる怪物。だからこそ、三人の皇帝に危険視された。絶滅まで追い込まれた。
天を仰ぎ、ハイドは、母から聞かされた話を思い出した。吸血鬼の村が、三人の皇帝の手引きにより襲撃を受けたこと。逃げ隠れた母が、偶然聞いた皇帝達の話。
ハイドが生まれたのは、大陸歴一三三二年。今から約六〇〇年前。ノース王国の山奥にある、今では存在しない村だった。少数の吸血鬼が、ひっそりと暮していた村。
吸血鬼は圧倒的な能力を持ちながら、誰もが穏やかな性格をしていたという。自分達の力で大陸を支配しよう、などという野心を抱くこともない。長い長い時間を、緩やかに生きていた。
生きていく上で人間の血が必要だから、ごくたまに街に繰り出す。吸血鬼特有の催眠魔法で人間の意識を失わせ、健康を害さない程度の血を吸い出す。噛んだ痕を回復魔術で治し、そのまま去る。
催眠魔法の効果と回復魔術により、人間は、血を吸われたことに気付かない。吸血鬼の存在すら認識できない。
吸血鬼は回復魔術の効かない体質だ。だが、吸血のためだけに、誰もが回復魔術を身につけていた。
吸血鬼は寿命が長く、しかも能力が高い。自然界では圧倒的強者だ。数が増えたら、この世の全てを食い尽くしそうなほどの。食物連鎖の頂点。
そのせいか、吸血鬼の受胎率は極端に低かった。女性の排卵は、せいぜい年に一回ほど。排卵のタイミングで性交をしても、確実に受精するわけではない。
吸血鬼は、その数をゆっくりと減らしていたらしい。緩やかに、緩やかに。二、三〇〇〇年後には絶滅するだろう、という程度に。
しかし、吸血鬼の絶滅は、長い時を待たずに突如訪れた。ハイドが産まれて一年も経たない頃に。
吸血鬼の存在を嗅ぎつけた三人の皇帝は、自分達にとって脅威になり得ると判断した。支配する三国の兵を率いて、侵攻してきた。
吸血鬼は圧倒的な能力を持っているが、人間との戦闘経験がある者はいない。穏やかで、食べ物とする以外の理由で殺生をすることもない。
突然の襲撃に、吸血鬼の村は混乱に陥ったという。人間よりも遙かに高い戦闘能力を持ちながら、それでも傷付けられ、命を落とす者もいたそうだ。
人口が二〇〇人程度の吸血鬼の村。その百倍ほどの人数で攻め込んできた、三国の軍勢。
もっとも、吸血鬼の能力は、三皇帝の想像を超えていた。戦いに慣れていなくても、殺し慣れていなくても、吸血鬼は人間を圧倒した。必要最低限の攻撃で、必要最低限の傷を人間に負わせ、戦況を覆していった。
村の吸血鬼が戦っている間、母は、仲間の手引きよって避難させられていた。
吸血鬼の村には、滅多に赤ん坊が誕生しない。一歳に満たないハイドは、村にとって宝そのものだった。誰からも愛され、誰からも可愛がられていた。だから、母と共に早急に逃がされた。
村での戦いは、吸血鬼側が優勢になっていった。
だが、戦況は、突如一変した。
三人の皇帝が前線に出てきたのだ。
三人の皇帝の力は、吸血鬼をも上回っていた。戦い慣れた、吸血鬼以上の力がある者達。
村の吸血鬼達は、瞬く間に重傷を負わされた。回復魔術が効かず、怪我をしたら自然に治るのを待つしかない。回復魔術で負傷を治せる皇帝が相手では、明らかに分が悪かった。
吸血鬼の三分の二が殺され、残った者達も重傷を負った頃。
皇帝達は、村の殲滅を、率いてきた軍に任せた。たとえ人間が相手でも、立つことすらやっとの吸血鬼達では、抵抗のしようがなかった。
戦線から離れた皇帝達は、村の外れに足を運んできた。
村の端に生えている、樹齢が千年以上にもなる巨大な木。
ハイドの母は、その上に隠れていた。
皇帝達は、母の存在に気付かない。木の付近で、雑談のように、自分達の遊びについて話し始めた。
皇帝達は、吸血鬼よりも長い刻を生き続けている。生きることに飽き、それでも死ぬ気はない。
だから、三人での対戦形式で遊ぶことにした。
三人の皇帝が、それぞれ相対するゲーム。
三人はまず大陸各地に散り、それぞれの地で暮す人々を集めた。王を選び、国を作った。できた国で、街や軍を作った。
この大陸は、ゲームの基盤。国は、ゲームの駒。
三国に戦争をさせて、どの国が勝つかを競おう。三人の皇帝それぞれが三国の国王を操り、従わせ、戦争をさせる。
ルールについても話していた。
皇帝は、魔術とは異なる魔法を使える。
魔術は、火、土、風、水を司り、自然の力を使って物理作用を起こす術。回復魔術は、生物の体力を使って身体を治す術。
対して魔法は、自然とは無関係なところから力を出し、物理作用を起こす術。吸血鬼が使用する催眠魔法も、魔法の一種だった。皇帝達は、さらに高度な魔法を使用できる。
皇帝達が互いに設けたルールは、複数ある。
異世界から、一人だけ召喚できる。召喚した者に魔法をかけ、この世界に順応できるようにする。強い者を召喚できれば、それだけ戦争が優位になる。
召喚者が死んだら、次の召喚者を召喚してもいい。
召喚者が二人以上召喚されないよう、見張りの道具を各自が所有する。各国の召喚者の、存在と生存を認識できる玉。三つの玉は、召喚者が生存しているときは、それぞれ青、赤、黄色に光る。召喚者が死んだら、灰色になる。二人以上召喚者を転移させたら、砕け散る。
ハイドの母が隠れている木の下で。
皇帝達は、試した召喚魔法の状況を笑いなら話した。




