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第四十一話② 人間とは違う生き物に生まれて(後編)


 一〇〇年ほど前まで、ハイドは街で暮していた。三国の戦争が始まる前まで。


 もっとも、ひとつの場所に定住することはなかった。


 吸血鬼のハイドは、外見上は歳をとらない。ずっと若いままだ。ほんの十年二十年程度なら、いくらでも誤魔化しが効く。むしろ、周囲には「いつまでも若くて羨ましい」などと言われる。けれど、外見上歳をとらないまま三十年四十年と経てば、周囲の態度は変わってくる。異質な生き物を見る目を向けられる。


 だから、一つの場所には十数年程度しか定住せず、あまり人と関わらないようにし、時期を見て移住した。そんな生活を、六〇〇年ほども続けた。


 状況が変わったのは、三国の戦争が始まってからだった。


 各国にいる、三人の皇帝。彼等が、「召喚者」と呼ばれる異世界人を転移させるようになった。他国に戦いを仕掛けるよう国王に命じた。こうして、戦争が始まった。


 戦争が始まれば、当然、各国は戦力の補充に躍起になる。生活の中で自在に魔術を操っていたハイドは、すぐに目を付けられるようになった。強制的に、軍への入隊を強いられた。


 ハイドがその気になれば、入隊を強制する者達を、皆殺しにもできた。けれど、その選択は避けた。


 亡くなった母の教えが、ハイドを自制させた。


『目立たないように、慎ましく生きなさい。絶対に、吸血鬼だってことを皇帝に知られないように。皇帝の耳に入らないように』


 街にいると目立ってしまう。自分の魔力や身体能力を隠し、弱者を装うことも考えた。けれど、ふとした拍子に自分の力を出してしまうかも知れない。もし盗賊などに命を狙われたら、必然的に戦う必要が出てくる。


 自分の力が明るみ出ないようにするには、どうしたらいいか。答えは簡単に出た。街から離れ、人から離れ、誰もいない場所で、独りで生きればいい。


 こうしてハイドは、森で暮すようになった。街から離れた場所にある、深い森で。


「――あ、でも、誤解しないでほしいんだけど、フィルと話すのは楽しいよ。だから、また会おうって思ってるし」


 言い訳のように伝えた言葉に、フィルスタは、どこか半信半疑な顔をした。


 今の発言は、ハイドの本心だ。嘘偽りはない。森で生きる選択を、間違いだったとは思わない。母の教えは、ハイドを守るためのものだ。彼女の教えを守るために、最善の選択をしたと思っている。


 それでも。

 独りで生きる選択をしたけれど。


 フィルスタとは、また会いたかった。出会ってまだ丸一日も経っていないのに、ハイドは、明らかに彼女に惹かれていた。寂しさのせいか、愛情のせいか、性的欲求のせいかも分からないままに。


 唐突に、フィルスタが足を止めた。

 彼女に合わせて、ハイドも足を止めた。


 フィルスタが、じっとこちらを見つめている。真意を探るように。


 木々の間から差し込む、昼間の陽光。

 どこからともなく聞こえてくる、小鳥の声。


 絡み合う視線。


 フィルスタの瞳に、ハイドが映っている。

 ハイドの瞳にも、フィルスタが映っているだろう。


「ねえ、ハイド」

「何?」

「もし迷惑なら、正直に言ってね」


 陽光に照らされるフィルスタの目は、少し潤んでいるように見えた。


 思わず、ハイドは彼女の手を取った。


 出会ってから、まだ丸一日も経っていない。少し知り合っただけの仲。


 ハイドにとっては、もう何百年振りかの、たくさん話した女性。


 でも、フィルスタには、ハイドよりたくさん話す人など数多くいるだろう。


「約束するよ、フィル」

「?」

「どんなことがあっても、フィルと会う場所に行く。そこで、ずっと待っている。もし約束の場所にフィルが来なかったら、俺から村に押し掛ける」


 この状況でこんなことを言うのは、少なからず滑稽だ。一目惚れした相手に粘着する変質者のようですらある。


 ハイドの行動と発言に、少し驚いた様子を見せて。直後、フィルスタは、プッと吹き出した。嬉しそうな笑顔だった。


「村に押し掛けるのは少しまずいかな。ハイドも言ってた通り、私の村って、凄く閉鎖的だから。余所の人を受け入れたことも、たぶんないし。私が知る限りでは、だけど」

「うん、知ってる。そうするくらい、俺にとっては迷惑でも何でもないってことだから」

「……」


 フィルスタの笑顔の種類が変わった。はにかむ様子。恥ずかしそうな、照れたような。


 フィルスタは、ハイドに掴まれた手の向きを変えた。手と手を繋ぎ合わせた。指を絡めてきた。


「ありがとう、ハイド。このまま帰るのが少し不安だったけど、安心した」


 手を繋いだまま、フィルスタはハイドの横に並んだ。


「じゃあ、行こう」

「うん」


 繋いだ手は離さなかった。そのまま歩き出した。


 真上にあった太陽が傾き、少しずつ夕方が近付き、ペリフェリア村付近まで来た。


「あ。ここからなら、もう村の場所が分かるかも」


 手を繋いだまま、フィルスタは、もう一方の手で前方を指差した。


「太陽が沈む方に真っ直ぐ行けば、村に着くんだよね?」

「うん。じゃあ、この辺までなら、一人で来れる? それとも、もう少し村の近くがいい?」


 今度の待ち合わせの場所について、ハイドが訊いた。主語を抜いて訊いたが、フィルスタは察してくれたようだ。


「大丈夫。この辺りまでなら、夜でも迷わないで来れるから」

「じゃあ、三日後の夜に。待っているから」

「うん。待ってて」


 再び足を止めた。再び見つめ合った。繋いだ手を離すのが、名残惜しかった。離したくなかった。


 フィルスタが、絡めた指から少しだけ力を抜いた。

 彼女に合わせるように、ハイドも指から力を抜いた。

 手の平と手の平を、重ね合わせただけの状態になった。


 どちらからともなく、手を離した。


 フィルスタは、離した手を上げた。ハイドに向って手を振った。


「送ってくれてありがとう、ハイド」

「村はもう目と鼻の先だけど、一応、気を付けて」


 ハイドも手を振った。


 フィルスタが歩き出した。ゆっくりと離れてゆく。何度も振り返り、何度も手を振りながら。


 彼女の姿が見えなくなるまで、ハイドは見送り続けた。離れ、木々の影に隠れて彼女の姿が見えなくなると、途端に寂しくなった。


 少し前まで繋いでいた手を見た。まだかすかに、フィルスタの温もりが残っている気がした。


 ハイドはこれまで、七〇〇年もの年月を生きてきた。長く生きれば長く生きるほど、時間の流れを早く感じるようになった。一〇〇年前のことですら、つい最近のように思える。


 人間の寿命は、長くて一〇〇年ほど。

 一〇〇年後には、フィルスタはもういない。


 彼女の温もりが残る手。ハイドは軽く握り、天を仰いだ。


 フィルスタは今、たぶん十五、六歳だろう。少女と言っていい年頃。


 十年後には、少女ではなく一人の女性となる。

 二十年後には、中年に差し掛かる。

 四十年後には、初老という年頃になる。

 八十年後に生きていれば、長寿の老女となる。


 では、八十年後の自分はどうだろうか。考えて、ハイドは少しだけ笑ってしまった。少しだけ笑って、胸が痛くなった。


 八十年経っても、自分は変わらない。今の姿と変わらないまま、今と変わらず生き続けている。三〇〇年後くらいには死ぬだろうが、それでも、姿形は変わらない。ハイドの母がそうだった。人間でいう三十歳前後の外見で老化が止まっていた。死ぬまでその姿のままだった。


 一緒にいたい人と、一緒に歳を取ることができない。長く一緒にいる人と「お互い、歳を取ったね」と語り合うこともできない。


 人間と同じような姿形の、人間とは異なる生き物。異形の怪物。


 だからこそ吸血鬼は、三人の皇帝に目をつけられた。


 天を仰いだまま、ハイドは目を閉じた。

 孤独感が、ひどく心に纏わり付いた。


※次回更新は7/14を予定しています

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― 新着の感想 ―
ハイドの事情が明かされましたね! さて、フィルスタですが…… 村でどう説明するんでしょう。 閉鎖的な村だからこそ気になりますね。
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