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第四十一話① 人間とは違う生き物に生まれて(前編)


「また、ここに遊びに来てもいい? 私、ハイドともっと話したい」


 フィルスタにそう言われ、ハイドは迷った。


 正直なところ、ハイドも、フィルスタにまた会いたかった。野草を取りに森に出たとき、たまたま出会った少女。ハイドにとって彼女は、母親以外で初めて親しく話した女性だった。


「いいよ。ただ、またフィルが森で迷うといけないから、村の近くまで迎えに行くよ」


 つい、そう答えてしまった。人間と関わるべきではないのに。自分は、人間とは異なる生き物なのに。


 吸血鬼。人間とは異なり、千年もの寿命を持つ生き物。


 ハイドは、ただ一人生き残った、最後の吸血鬼だった。人間の十倍ほども生き、成人したら死ぬまで老化しない。


 ハイドは現在、概ね七〇〇歳ほどになる。正確な年齢は、もう覚えていない。


 自分以外の吸血鬼を最後に見たのは、二十歳の時。母が息を引き取るときだった。皆殺しにされてゆく吸血鬼の村から、ハイドを連れて逃げ出した母。


 ハイドは、ノース王国の山奥にある小さな村で産まれた。人口二〇〇人にも満たない、小さな村だったらしい。


 ハイド自身には、村の記憶がない。吸血鬼の村が滅ぼされたのは、ハイドが物心つく前だった。


 吸血鬼は、今ではすでに伝説上の生物となっている。実在しない、空想上の生き物とさえ思われている。人間より遙かに長い寿命を持ち、人間より遙かに強力な魔力を持ち、人間より遙かに強力な身体能力を持つ生物。


 とはいえ、母の話によれば、吸血鬼は誰もが穏やかな性格だったそうだ。争いを嫌い、不必要な殺生をせず、人から離れて静かに暮している。


 しかし、「吸血鬼」の名の通り、定期的に――概ねひと月に一回ほど――人間の血を吸わないと体調を崩す。一回の吸血は、人の生命に影響が出ない程度。だから、時折人間の村や街に足を運び、特有の催眠()()を使って人間の意識を失わせ、血を吸っていた。


 吸血鬼は寿命が長い分だけ、性行為による受胎率が低い。そのため、緩やかに数を減らしながらも、平穏に生きていた。


 約七〇〇年前に、三人の皇帝に皆殺しにされるまでは。


 吸血鬼であるハイドと、エルフ――人間であるフィルスタ。生きられる時間も、保てる若さもまるで違う。


 それでもハイドは、またフィルスタに会いたかった。ここ一〇〇年ほど、ずっと独りで生きてきた。人間と接触するのは、たまに街に出て血を吸うときくらい。


 ――もしかしたら、俺は寂しかったのかな。


 フィルスタを家に上げ、彼女をベッドに寝かせ、彼女が寝付けないことを気配で察しながら、ハイドは自分の心情を推測していた。


 フィルスタが寝息を立て始めたのは、明け方になってからだった。壁に開けた穴から、かすかな光が差し込み始めた頃。


 フィルスタが眠っても、ハイドは眠れなかった。気分が高揚している自分を、確かに感じていた。母以外で、初めて親しく話した人。初めて親しく話した異性。これは、人と接触した興奮か。もしくは、異性に接することで湧き出した性欲か。


 自分の中にある気持ちを、ハイドは、理解することができなかった。


 結局フィルスタは、昼過ぎまで眠っていた。


 ハイドは床に横になり、彼女の様子をずっと眺めていた。一睡もすることなく。


 やがて太陽が真上まで昇り、家に差し込む光も強くなってきた頃。


 フィルスタが目を覚ました。


「ん……んん?」


 目を覚ましたフィルスタは、戸惑うような声を漏らした。寝ぼけていて、今の自分の状況を理解できないのだろう。


 フィルスタの声で目が覚めた振りをして、ハイドは、床で上体を起こした。


「あ。フィル、起きたの?」


 訊くと、フィルスタは、目をパチクリとさせてハイドを見た。途端に、少し大きめの声を上げた。


「あ……ああ!」


 どうやらフィルスタは、昨日のことを思い出したらしい。どこかソワソワとしながら寝癖のついた髪の毛を触り、照れたように長い耳に触れた。


「あの、おはよう、ハイド」

「ああ。おはよう。っていっても、もう昼だけどね」

「もうそんな時間!?」

「うん。どうする? もう帰る?」


 訊くと、フィルスタは目を伏せた。明らかに寂しそうだ。


 昨夜、フィルスタは言っていた。ハイドにまた会いたい、と。恐らく彼女は、初めて会う村人以外の人間に、興味を持ったのだろう。ハイドという人物に好感を抱いたのではなく。


 対してハイドは、フィルスタに対して好感を抱いていた。だから、「もう帰る?」なんて訊いておきながら、心の中では帰って欲しくなかった。反面、安全を考えるなら、日が暮れる前に彼女を帰すべきだと分かっていた。


 寂しそうな目をしながら、フィルスタが訊いてきた。


「ハイド。村の場所って正確に分かるの?」

「ああ。フィルの村はデルパイース川の近くだからね。今から行けば、夕方になる前に着くと思う」

「あの川って、そんな名前なの?」

「ああ。知らなかったの?」

「うん。村では、単に『川』って呼んでる」


 ハイドは、吸血のために街に出ることがある。ついでに買い物などをすることもある。そこから、地理の情報も得られる。


 たまにしか街に出ないハイドよりも、フィルスタは閉鎖的な生活をしているらしい。


 デルパイース川は広大だ。川幅が広く、ほとんどの場所が水深三メートル以上もある。国境となっているこの川があるから、戦争をしている三国は、なかなか敵国に攻め込めない。もっとも、閉鎖的なペリフェリア村の住民は、戦争の状況すら詳しくは知らないのだろうが。


 寂しそうな顔で少し黙った後、フィルスタは、昨日と同じ質問を口にした。


「ハイド。本当に、また会ってくれる?」


 意図せず、ハイドの口角が上がってしまった。


「ああ」

「じゃあ、今日はもう帰るね」

「わかった。俺も一緒に行って、道案内をするよ」

「ありがとう」


 フィルスタがベッドから降りた。

 ハイドもその場で立ち上がり、家の出入り口まで足を運んだ。


「俺が先に降りるよ。もしフィルが落ちそうになっても、下で受け止めるから。安心して降りてきて」

「うん」


 出入り口に引っ掛けたロープを掴む。そのままハイドは、握ったロープを滑るようにして下まで降りた。正直なところ、この程度の高さなら飛び降りても問題はなかったが。異質な自分の能力を、フィルスタに見られたくなかった。


 フィルスタは、ゆっくりと慎重に降りてきた。ロープを強く握り、恐る恐るといった様子で。


 地面に降りると、二人で並んで歩き始めた。


「ねえ、ハイド」


 フィルスタが話しかけてきても、ハイドは、周囲への警戒を怠らなかった。森にいるティグレは、一気に六、七メートルも跳躍できる。木の陰から跳びかかられたら、ハイドはともかく、フィルスタはひとたまりもない。


「何? フィル」

「次はいつ会えるの?」


 前置きもなく、フィルスタは本題を口にした。それだけ彼女は、ハイドに興味を持ってくれているのだ。そう考えると、ハイドはまた口の端を上げてしまった。


「俺はいつでもいいよ。フィルに合わせる。でも、昨日も訊いたけど、本当に大丈夫? 村を抜け出して、他の人に何か言われたりしない?」

「大丈夫。バレないようにするから」


 フィルスタは歯を見せ、悪戯っ子のように笑った。可愛らしい笑顔だと思った。


「ハイドがいつでもいいなら、三日後の夜がいいな。私、その次の日は特にやることないから。朝寝坊しても大丈夫だし」

「うん、わかった。でも、夜だと危ないから、俺が村の近くまで迎えに行くよ」

「いいの?」

「ああ。俺なら、肉食獣が襲ってきても、どうにでもできるからね」

「……」


 フィルスタの顔から、笑顔が消えた。首を傾げながら、ハイドをじっと見ている。


 何か変なことを言ってしまっただろうか。胸中で呟きながら、ハイドも、フィルスタを見つめた。


「ハイドって、何者なの?」

「はい?」


 ハイドは目を丸くした。


「何者、って?」

「昨日も言ったけど、肉食獣を返り討ちにするには、村の人達が何人も必要なんだよ。だから、狩りのときも肉食獣を警戒してた。でも、ハイドは、当たり前にみたいに『どうにでもできる』なんて言って」


 ハイドは少し、悪戯心を出した。


「案外、見栄を張ってるかもよ?」

「そうは思えない」


 即答だった。


「ハイドは実際に一人で生きてるし、昨日は、狩った肉も食べさせてくれた。戦士型の人みたいな動きもできてたし、魔術も使える」

「……うん」

「そんなに何でもできるのに、どうして一人で暮してるの?」

「大勢の人に囲まれるのが苦手だから、かな」


 少しだけ、ハイドは嘘をついた。


「俺も一時期は、街で暮してたことがあったんだ。でも、一人で生きる方が楽だから、森の中で生活してるんだ」


 本当のことを交えて、嘘をついた。


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