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第四十話③ 森の少女(後編①)


「あの……ここはどこなんですか?」

「えっと、森の中?」


 至極当然という答えが、美女から返ってきた。間違いではない。


 訊き方が悪かったのだ。緊張したり混乱したり上手く質問できなかったりで、フィルスタは、ますます恥ずかしくなった。


 もっとも、美女の方は、フィルスタの質問で色々と察してくれたようだ。質問を返してきた。


「君はどこから来たの?」

「ペリフェリア村ってところからです。村の人達と狩りに出て」

「ああ、そうか。それで、村の人達とはぐれたんだね?」

「はい」

「ペリフェリア村か……」


 美女が、背筋を伸ばして空を見上げた。ややボロボロの、長袖の服。同じく、ややボロボロの長いズボン。皮を何枚も重ねた、頑丈そうな靴。今まで緊張して気付かなかったが、声だけではなく、体付きも男性のようだった。エルフ以外の人種の女性は、こんなにも胸が小さいのか。新しい発見が、フィルスタの緊張を解きほぐしていった。


 美女は、視線をフィルスタに戻した。


「ちょっと遠いね。今から行くと、夜になる。正直、夜の森で動き回るのはお勧めできないな」


 夜の森で肉食獣に襲われたら、ひとたまりもない。フィルスタ自身、分かっていたことだ。


 美女は顎に手を当て、斜め上に目線を向けた。何かを見ているのではなく、何かを考えているという様子だ。少しだけ沈黙を置いた後、彼女は再び口を開いた。


「もしよければ、今晩は俺の家に泊まる?」


 聞かれて、フィルスタは言葉に詰まった。泊めてもらえるなら、非常にありがたい。即答でお願いしたいくらいだ。


 フィルスタが言葉に詰まったのは、美女の一人称を聞いたからだった。彼女の一人称は「俺」だった。エルフ以外の人種は、女性でも、一人称が「俺」なんだ。初めて会う人種から、フィルスタは、色んなことを学べている気になった。


 フィルスタの沈黙を迷いだと思ったのか、美女は、再び顔を覗き込んできた。


「もしかして、不安だったりする?」

「はい?」

「大丈夫だから。森で迷った女の子を、襲ったりしないから」

「は?」


 襲ったりしない。フィルスタが美女の言葉を理解するまで、数秒ほど時間がかかった。すぐにまた、疑問がひとつ生まれた。エルフ以外の人種は、性的な意味で、女性が女性を襲うのだろうか?


「あの……」


 恐る恐る、フィルスタは訊いてみた。


「ひとつ、訊いていいですか?」

「うん。いいよ」

「私、エルフ以外の人に会うの、初めてなんです」

「まあ、ペリフェリア村は閉鎖的な村らしいからね。エルフ以外の人種がいないんだよね?」

「はい。それで、ですね」

「何?」

「エルフ以外の人種の人は、女性が女性を襲ったりするんですか?」

「……?」


 美女の表情が、まるで時間が止まったように硬直した。


 二人の間に、しばし沈黙が流れた。

 遠くから、鳥の鳴き声が聞えた。


 少しの時間を置いて、美女の表情が動いた。困ったようなハの字眉になった。


「えっと、ね。申し訳ないというか、何というか」

「何がですか?」

「俺、男だから」

「はぁ!?」


 つい、フィルスタは大声を上げてしまった。

 美女――もとい、目の前の男性は苦笑した。


「いや、そんなに驚かれても。だいたい、声とか体とか、どう見ても男だと思うけど。どうして俺を女だと思ったの?」

「いえ、その……綺麗だったんで」


 男性は、また優しい顔に戻った。


「そうなんだ。ありがとう、って言うべきかな?」

「いえ。なんかすみません」

「全然気にしてないよ」

「でも、本当に男の人なんですか?」

「本当だって」


 言うと、男性は悪戯っぽい顔を見せた。


「裸になって証明すれば、信じてくれる?」


 フィルスタの頬が熱くなった。


 フィルスタは、父親以外の男の裸を見たことがない。性的なことも未経験だ。村の同世代の女性は、約半数に恋人がいるのに。


 フィルスタは、慌てて首を横に振った。顔が熱い。たぶん、真っ赤になっているだろう。


「で、どうする? 一晩、俺の家で過ごしても大丈夫?」


 訊かれたが、フィルスタには選択肢はなかった。


「あの……お世話になります」

「うん。本当に何もしないから、安心して」


 男性は、しゃがみ込んでいるフィルスタに手を差し伸べてきた。


「俺はハイド。君は?」


 フィルスタは、男性――ハイドの手を取った。


「私は、フィルスタです。フィルって呼ばれてます」


 ハイドに引き上げられるようにして、フィルスタは立ち上がった。


「じゃあ、フィル。俺の家に案内するよ。少し歩くけど、大丈夫? 疲れてない?」

「大丈夫です」

「じゃあ、着いて来て」


 ハイドが歩き出した。彼の後についていく。

 歩きながら、ハイドが訊いてきた。


「フィルは、綱昇りとかできる?」

「え? まあ、はい」


 フィルスタは魔術師型だ。戦士型ほどの筋力はない。だが、狩りに必要な最低限の体力や身体能力はある。もちろん、綱昇りくらいはできる。


「よかった。実はね、俺の家って、木の上にあるんだ。で、ロープで昇り降りして外出してるんだよね」

「木の上? どこかの村とかじゃないんですか?」

「いや。俺、一人で生きてるんだ。で、一人で狩りをしたり、野草なんかを採集して生活してる」

「一人で、ですか?」

「ああ」


 村人が狩りに出る際は、必ず八人以上で行動する。人数が少ないと獲物に逃げられてしまう。肉食獣に遭遇したときに食い殺されてしまう。


 つまりハイドは、村人が八人以上いなければできないことを、たった一人で行っているのだ。


「凄いですね」

「何が?」

「一人で狩りをして、一人で生きてる、って」

「そうでもないよ」

「エルフ以外の人種の人は、皆、そんなに強いんですか?」

「……」


 少しだけ、ハイドの返答が遅れた。ほんの一、二秒程度。不自然な間の後、彼は声色を変えずに答えた。


「人族、エルフ、ドワーフの基本的な能力に、そんなに差はないよ。人種に関係なく、天才ってのは存在するけど。つまり、俺が少し特殊なんだ」


 フィルスタは、ハイドの後ろを歩いている。彼が表情は見えない。ただ、不自然な間の後でも、彼の声は優しかった。


「あと、敬語はいいよ。敬称もいらない。ハイドでいい」

「じゃあ、ハイド。訊いてもいい?」

「何?」

「どんな訓練をしたら、一人で狩りをしたり、肉食獣と戦ったりできるようになるの? 正直、私、村の人とはぐれて恐かった。だから、一人でも、自分の身くらいは守れるようになりたい」

「……」


 また、ハイドの返答まで間があった。今度は十秒ほどか。言葉を選ぶように、彼は答えてくれた。


「凄く失礼な言い方になったら申し訳ないんだけど」

「ううん」

「さっきも言った通り、俺は特殊なんだ。自惚れた言い方をすれば、才能に恵まれてる。だから、一人でも生きていけるんだ」


 才能に恵まれている。つまり、自分を天才だと言っている。にも関わらず、ハイドの声に自惚れは感じなかった。むしろ、どこか自虐さえあった。声は優しいのに、口調がどこか暗い。


 もしかして、ハイドにとって嫌なことを訊いてしまったのではないか。そんな気になって、フィルスタは努めて明るい声を出した。


「ハイドの家って、木の上にあるんだよね?」

「うん。そうだよ」

「どうやって建てたの? そもそも、木の上に家なんて建てられるの?」


 明るいフィルスタの声に、ハイドは微笑で答えた。


「風の魔術で木を切って、それを、森の中でも特別大きな木の枝に引っ掛かるように固定したんだ。家と木の接着は、土の魔術でしてね。ティグレの跳躍力は最大で六、七メートルくらいだから、それよりも高い位置の枝に固定したんだ。枝と枝の間に固定してるから、オソとかティグレが木を登ってきても、家自体が()()()になって室内には侵入できないしね」

「?」


 ハイドの話を聞いても、フィルスタは、彼の家を想像することができなかった。無意識のうちに首を傾げてしまう。


 フィルスタの前方で、ハイドが笑ったようだった。


「もうすぐ着くから、すぐにどんな家か分かるよ」


 彼の言う通り、ハイドの家が見えてきた。


 日没直前の赤い陽光が、木々の間から差し込んでいる。


 立ち並ぶ木々の中でも、ひときわ大きな木があった。きっと、森の外から見たら、この木だけが突き出て見えるのだろう。それくらい大きな木だった。太く、高い木。


 それだけ大きな木だから、もちろん枝も太い。


 ハイドの家は、木の枝に挟まれる位置にあった。入口から地面にロープが垂らされている。これを使って家まで登るのだろう。


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