第三十九話 嘘と情
イチヤを待ち続けて七日。
夜が明け、八日目になった。ぶ厚い雲の向こうに朝日が昇っても、イチヤは帰ってこなかった。
ハイドの想像通りだった。おそらくイチヤは、フロンテーラの戦いで殺された。ノースの皇帝ロキは、これから、イチヤの次の召喚者を呼び出すだろう。
レトの顔は、曇り切っていた。暗い顔のお手本のような表情。
空からは、今にも雨が降りそうだ。
「レトさん」
ハイディアの声で、ハイドはレトに訊いた。
「これからどうするんですか?」
七日だけイチヤを待つ。それは、レト自身が言い出したことだ。もっとも、今の様子から、まだ待つと言いそうではあったが。
そんなハイドの予想を、レトは裏切った。
「一旦、故郷に帰る」
「故郷?」
「ヒロイーナ村、って知ってる?」
「ええ」
ハイドは、この大陸にある街や村を、概ね記憶している。
「そこ、私の故郷なの。一旦帰ってから、次の召喚者を待つことにする」
「そうですか」
レトは召喚者の付き人だ。魔術師としての腕と綺麗な外見を買われて、王――もしくは、王の付近にいる公爵など――に付き人を命じられたのだろう。ハイドはそう推測していた。
「ハイディアはどうするの?」
「そうですね……」
レトに訊かれ、ハイドは少し考えた。
シュウの行動がきっかけとなり、ノースとサスウェストは本格的に戦争を開始している。先日のフロンテーラの戦いで、サウスウェスト側も少なくない犠牲を出した。とはいえ、召喚者は生き延び、さらにノースの召喚者を仕留めた。それならば、またノースに仕掛けてくるはずだ。ノースの次の召喚者が、戦場に立つ前に。
――そうすると……。
さらに深く、ハイドは思考した。
シュウを殺した後、サウスウェストは、一旦、兵の補充と召喚者抜きでの進攻を行った。召喚者が召喚されてから戦場に出られるようになるまで、一年はかかると考えられている。戦いの基礎を学び、集団戦の戦術を覚え、馬術を身につける時間。それらの訓練を経て、初めて戦場に立つことが可能となる。
だが、イチヤは、シュウが殺されてから七ヶ月程度で防衛戦上に立ち、八ヶ月程度でサウスウェストに攻め込んだ。サウスウェストとしても、この早さは想定外だったはずだ。だから、召喚者を侵攻の前線に立たせず、フロンテーラの守りに置いていた。
イチヤが早々に戦場に立てたのは、彼に才能があったからではない。レトが、早急に彼を育てたのだ。いち早く彼に実戦を学ばせ、占拠した村で戦わせた。
イチヤは、恵まれない才能を、実戦で磨いた感覚で補っていたのだ。
これらの事実から、次のサウスウェストの動きが予想できる。
サウスウェストは、今度はチサトを前線に立たせてノースに攻め込んでくる。イチヤの次の召喚者が、戦場に立つ前に。自国の兵力の目減りを自覚していても。
今後の戦争の動きを予測し、ハイドは、レトの質問に答えた。
「中央都市に行こうと思います。正直なところ、今回のことで戦争には嫌気が差しました」
「それは――」
言いかけて、レトは一旦言葉を切った。すぐに続きを口にした。
「――イチヤと同じ理由で?」
ノースの兵が、敵国の村人を蹂躙した。イチヤは激高し、蛮行を止めた。
「はい」
小さく、ハイドは頷いた。
「自分の意思で戦場に出た人が死ぬのは、仕方がないと思えます。でも、戦いに無関係な人まであんな目に合わせるのは、納得できません」
「……」
少しだけ、レトが笑ったように見えた。どこか自虐的に。
「そうだね。イチヤも怒ってたから」
自虐的で、悲しそうなレトの顔。彼女の目が、しっかりとハイドに向けられた。
「イチヤがあなたを信用していた理由が、よくわかる。あの場でイチヤに共感してたの、ハイディアだけだったから」
ハイドは何も言葉を返さなかった。
レトは頭を下げた。
「ありがとう、ハイディア。あなたは、私も助けてくれた。あのときの私には、逃げるなんて発想がなかった。戦い続けてたら、私も死んでた」
ハイドがレトを助けたのは、彼女を思いやる気持ちからではない。優秀な魔術師であり、かつ短期間でイチヤを育てた彼女が、惜しかったからだ。もちろん、本音を口にはしないが。
ハイドは首を横に振った。
「いえ。本当は、レトさんもイチヤ様も助けたかった。でも、二人とも助けるなんて、私一人じゃ無理だった」
嘘である。ハイドの力があれば、二人を助けるだけではなく、あの戦いを勝利に導くこともできた。
「だから、できるだけ、お二人とも生き残る選択をしたつもりだったんですが……」
ハイドは、意図的に表情を曇らせた。
「すみません、レトさん。私が力不足で」
「ううん」
レトは、土のかまくらに繋いだ馬に触れた。繋いだロープを解き、鐙に足をかけて乗った。
「ハイディアが不可能なことは、誰にだって無理だと思う。あなたは凄い魔術師だから。私よりもずっと凄い。あなたがいたから、私は生き残れたの」
「そう言っていただけると救われます」
自虐に満ち、悲しそうなレトの顔。今の彼女の気持ちが、はっきりと表われた様子。
ハイドが出会った頃のレトは、常に無表情だった。仕事を淡々とこなすだけの人形。
けれど、今のレトが、本当の彼女なのだろう。イチヤへの気持ちが、彼女の感情を表に出させている。
とはいえレトは、すぐに以前のように戻るはずだ。イチヤを失い、また次の召喚者を育てるのだから。
「それじゃあ。本当にありがとう、ハイディア」
「こちらこそ、お世話になりました」
ハイドが一礼したのを見届けて、レトは馬を走らせた。馬の蹄の音。彼女の姿が、どんどん小さくなってゆく。
レトの姿が完全に見えなくなった頃。
ハイドは小さく息をついた。
「さて、と」
本来の自分の声で、小さく漏らす。
レトに言った通り、一旦は、中央都市セントロに行こう。中央都市であれば、様々な情報が入ってきやすい。国の状況に関することも、戦争の状況に関することも。
ハイドは度々、他の二国にも足を運んでいた。一人でデルパイース川を渡ることなど、ハイドにとっては散歩のように簡単だった。
他の二国に渡り、ときには女性のふりをし、ときには本来の姿のまま、各国の兵となって召喚者を観察していた。
現在のサウスウェストとサウスイーストの召喚者は、両者共クズだ。私利私欲に溺れ、悦楽に溺れ、召喚者という立場に胡座をかいている。
ハイドが求めているのは、私利私欲に溺れず、平穏のために戦える召喚者。戦争を終わらせるために戦える召喚者。
では、戦争を終わらせるにはどうしたらいいか。
答えは簡単だ。
三人の皇帝を殺せばいい。
三人の皇帝こそが、二百年も続く戦争を引き起こした張本人なのだから。
今のところ、ハイドが求める召喚者は現われない。才能と能力に恵まれ、平穏を求める召喚者。
ハイド自身は、あまり目立った動きをしたくない。自分の存在を、皇帝に感付かれたくない。だから今まで、自分の手で下劣な召喚者を殺すことはしなかった。下劣な今の召喚者が死ねば、すぐに、次の召喚者が招かれるのに。
でも、と思う。
――俺も、もうそろそろ……。
ハイド自身にも、もう時間がなくなってきた。
皇帝を三人共殺すため、危険を冒す必要があるかも知れない。
リスクを冒して召喚者を殺し、次の召喚者に期待するか。
あるいは、さらに大きなリスクを冒して、自分一人で皇帝と戦うか。
迷いながら、ハイドは馬に乗った。ゆっくりと走り出す。
流れてゆく景色を眺めながら、歌を口ずさんだ。公演で歌っている曲。吸血鬼の少年と、エルフの少女の物語。ハイド自身が、想いを綴った歌詞。
歌詞が、昔を思い起こさせる。嬉しくて、幸せな思い出。胸が痛いのに苦しくはなかった。でも、苦しくないのに頭を抱えた。
頭を抱えている間に、手遅れになってしまった。
手遅れになって、ハイドに残されたのは。
後悔と、復讐心。
歌いながら、胸中で呟いた。
――俺は絶対に――
絶対に、仇を討つよ。
※次回更新は7/10を予定しています




