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第三十三話② 優しいだけでは殺せない(後編)


 ハイドは左翼を率いて、戦士型の部隊を迂回した。後方にいる、敵軍後陣に向かう。走行の合間に、風の魔術を放った。馬を走らせながら、適度に敵兵を魔術で仕留める。


 この戦いにおいて、ハイドには一つの目論みがあった。イチヤとサウスウェストの召喚者を戦わせてみよう、と。


 皇帝を討つなら、現時点で、サウスウェストの召喚者くらいは殺せる力が欲しい。その程度の力がなければ、話にならない。もしサウスウェストの召喚者に敗れる程度なら、この先どれほど修練を積んでも、皇帝を討つ力にはなれない。


 イチヤとサウスウェストの召喚者を戦わせるなら、当然だが、まずは二人を鉢合わせる必要がある。


 ハイドは敵を仕留めながら、敵の召喚者の位置を探った。敵軍の中に、強力な魔術を使う奴がいるはずだ。


 ノース軍の後陣右翼が、敵軍後陣の魔術を相殺している。両国の兵力は、概ね五分五分か。放たれる魔術も同等程度なので、どちらも、戦士型の部隊の援護ができずにいる。


 兵力、後衛の力量、前衛の力量、その全てが概ね五分五分に見えた。もちろん、召喚者を戦力に換算しなければ、の話だが。


 五分五分なら、持久戦になる。


 イチヤは前衛の先頭に立ち、次々と敵兵を斬り捨てているようだ。交戦を続ける前衛の一部で、とりわけ目立って血飛沫が舞っている。イチヤとレトが奮闘しているのだろう。イチヤが接近してきた敵兵を斬り、レトが、少し距離のある敵兵を魔術で仕留める。彼の周囲だけ見れば、ノース軍が圧倒的優位だと思えるはずだ。


 ――でも、実際はノースが圧倒的に不利だね。


 ハイドは冷静に、全体の動きを見ていた。


 交戦する前衛。イチヤの周囲は前進を続けている。だが、彼から離れた位置にいるノース軍は、少しずつ後退している。敵軍に押されているのだ。


 モチベーションが低く、命を惜しむノース軍。モチベーションが高く、敵を殺すことだけを考えているサウスウェスト軍。どちらが脅威かは、火を見るより明らかだ。


 とはいえ、イチヤとレトの奮闘により、戦いは均衡している。


 ハイドが率いる後衛左翼が、交戦している前衛を迂回できる位置まできた。


 その瞬間だった。


「前衛後退! 身を丸めて守れ!」


 戦場に、女の声が響いた。人間の声だけで出せる音量ではない。間違いなく、風の魔術で声を増大させている。風の魔術の中でも、かなりの高等技術。こんな魔術を使えるのは、本当にごく少数だ。


 ハイドは瞬時に悟った。声の主は、サウスウェストの召喚者だ。


 女の声の直後、敵軍前衛が後方に走った。


 フロンティア軍の反応が少し遅れ、両軍の間に隙間ができた。


 ――来る!


 敵軍後衛から放たれる魔術を、ハイドは、この場にいる誰よりも早く察知した。その魔術の出所も。


 交戦する両軍の上空が、キラキラと光った。魔術で作られた水が太陽光を反射している。上空約十メートルの位置。


 上空の水は一瞬で凍り、鋭い刃となって落下してきた。無数の、人間をも貫通できる大きな氷柱(つらら)。二〇〇人前後を仕留められる広範囲で繰り出されている。人間の魔力で放てる魔術ではない。間違いなく、召喚者の魔術だ。


 ハイドはすかさず対応した。周囲に舞う土埃の高さは、せいぜい地上から二、三メートル。五メートル以上上空で火を起こしても、粉塵爆発は起こらない。


 ハイドは、前衛部隊の上空六メートルほどの位置に向い、火の魔術を放った。風の魔術も交え、範囲を広げる。


 上空から落下してくる氷柱が、火に包まれた。周囲に、熱で気化した蒸気が広がった。とはいえ、氷柱が落下する範囲はかなり広い。全ての氷柱を完全に溶かすことは不可能だった。氷柱の先端を溶かし、小ぶりの塊にする程度だ。それだけで、殺傷能力はほぼなくなる。


 落下してきた氷の塊が、兵士達を襲った。バチバチバチッと、氷が音を立てて兵士達に落下した。まるで氷の雨だ。


 氷に打たれ、ノース軍の前進が完全に止まった。殺傷能力を奪ったとはいえ、氷の塊に打たれれば、痣ができる程度の怪我はする。もちろん痛みもある。


 ノース軍の兵士はたじろき、彼等が乗る馬は痛みで(いなな)いた。


 ほんの数秒、両国前衛の交戦が止まった。


 ハイドは、交戦が止まった隙を見逃さなかった。


 先ほど、サウスウェストの召喚者が大きな魔術を使った。魔術の出所と動きで、彼女の位置が概ね特定できた。敵軍後衛の先頭。イチヤの位置から、ほぼ直線上にいる。


 つまり、イチヤの前方にいる敵兵を全滅させれば、必然的に、彼等は対面することになる。


 ハイドは、敵軍前衛の上空に魔術を作り出した。風の魔術。サウスウェストの召喚者が行ったのと同じように、上空から魔術を落として敵を殲滅させる。ただし、敵に落とすのは氷柱ではない。風の魔術で作ったかまいたち。


 敵軍前衛のほぼ中央に、鋭い風が落下した。馬をも切り裂く風。両軍の前衛が交わるほぼ中央で、血飛沫が舞った。死に損なったサウスウェスト兵が、悲鳴を上げている。


 ――これで、遭遇する道筋はできたはずだ。


 イチヤとサウスウェストの召喚者が遭遇する道筋。


 ハイドはそのまま後陣左翼を率いて、敵軍の後陣部達に向った。


※次回更新は6/24を予定してします

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