第三十二話② 侵攻直前(後編)
常識的に考えるなら、彼女達は後衛にすべきだ。優れた魔術師である彼女達に背中を任せ、戦士である自分が、先頭に立って攻め込む。
だが、配置を考えているときに、イチヤの頭に恐怖が過った。
敵軍の召喚者。ハイディアクラスの魔術師。一騎打になったら、勝てる気がしない。勝てる気がしないから、ハイディアを側に置いておきたい。けれど、そうすると、後衛の戦力が大きく低下する。敵の魔術に対する処理能力も激減するだろう。
占拠した村人に下劣な欲望を向け、無惨に蹂躙した自国の兵士達。彼等を守る義理も義務も、イチヤにはない。それなら、自分の安全を最優先にして、人員の配置をしてもいいのではないか。
保身が、頭に浮かんでいた。
イチヤは大きく息を吐いた。両手で、自分の頬を叩いた。
パンッ、と乾いた音が鳴った。
傍にいるレトとハイディアが、キョトンとした。
胸中で、イチヤは自分に言い聞かせた。
――目的を忘れるな!
戦争などない世界にする。理不尽な暴力などない世界にする。かつての自分のような、生きることに絶望する人など出ない世界にする。それが目的。そのために戦っている。
日本にいるとき、イチヤは、いつ死んでもいいと思っていた。自殺するほど死を切望していたわけではないが、生きたいと言えるほど生に喜びを感じてもいなかった。
生きる喜びを失うほど、五味や青野に貶められた傷は大きかった。
物語のような奇跡が起きて、この世界に転移してきた。転移したことで、漫画のような力を得た。
イチヤは拳を握り締めた。今の自分の力は、この世界を平穏にするためにあるんだ。ロキがどんな目的で自分を召喚させたかなんて、知ったことではない。
ようやく見つけた、生きる目的。目的のために生きる。前に進む。もともとは、自分の命に執着などなかった。だったら、多少の危険など恐れる理由はない。
「ハイディア」
「はい?」
「基本通り、前衛を戦士で、後衛を魔術師で進軍する。後衛の指揮を頼む。必要に応じて、敵の後衛を殲滅しに向ってくれ。ハイディアが指揮をするなら、安心して任せられる」
「……」
ハイディアは少し沈黙した。彼女が何を考えているのか、イチヤには分からない。
ほんの数秒の沈黙の後、ハイディアは頷いた。
「承知しました。ただ――」
「何だ?」
「敵軍には、サウスウェストの召喚者がいる可能性があります。失礼を承知で言わせていただきますが、剣が届かない距離での戦いでは、イチヤ様でも分が悪いと思います」
「ああ。分かってる」
「お気を付けて」
「ありがとう」
ハイディアに礼を言って、イチヤはレトを見た。
「レト」
「言っておくけど、私はイチヤの近くにいるから」
お前も後衛の指揮を頼む――そう指示する前に、レトに先手を打たれた。
「以前から言ってるけど、私は、イチヤの付き人だから。あなたの近くにいて、あなたをサポートする」
いつも淡々としているレト。けれど、今の彼女の目には、強い意志が宿っていた。
イチヤがレトと行動を共にしたのは、この世界の時間で約八ヶ月。元の世界の時間に換算すると、二年以上にもなる。けれど、こんな目をした彼女を、イチヤは初めて見た。
今この瞬間まで、イチヤは、レトを信用しなくなっていた。彼女はただ、召喚者の付き人として働いているだけ。だから、敵国の村人がどれほど悲惨な目に遭っても、平然としていられる。母親を助けたいという彼女には、確かに同情の余地があった。だが、家族以外の人間に対しては、一切の情を抱かない女。
そんなレトへの印象が、少し崩れた。それほどに強い意志を感じる、彼女の視線。
レトの目にどのような意思が宿っているのかは、イチヤには分からなかったが。
レトの言葉に、イチヤは頷いた。
「分かった。じゃあ、レトには、先頭に立ちながら敵軍の魔術を無効化してもらう。ただ、先頭に立つ以上、敵軍の戦士とも交戦することになる。リスクは大きいけど、いいのか?」
「分かってる」
「そうか」
ハイディアに指示し、レトの意見を受け入れて。
イチヤは十人の千人長に命じ、陣形を組ませた。
こちらが準備をしている気配を察したのか、はるか先で、サウスウェスト軍にも動きが見えた。迎え撃つ陣形を組んでいる。
軍の先頭に立ったイチヤは、背中の剣を抜いた。
「いくぞ! 目的は、フロンテーラの占拠!」
腹に力を込めて、大声で指示をする。
合間に、隣りにいるレトが、ポツリと呟いた。
「私も、平穏に生きられる世界を見たくなったの。あんたと同じ」
「!」
レトの声は、イチヤの耳にしっかりと入った。入り、彼女に対する心情を大きく変えさせた。
――俺と同じ目的で戦ってくれるのか?
母親のためだけではなく。
だが、その気持ちを口にしないまま、イチヤは最後の号令を出した。
「突撃!」
※次回更新は6/21を予定しています




