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第三十一話④ レト(後編)


 そこからのシュウの快進撃は、見事という他なかった。もともと素質が高かったようで、瞬く間に強くなった。兵を率いる能力も身につけ、一気に国境を突破した。力任せであることは否めなかったが。


 ほとんどシュウ一人の力で、強引に国境を突破した。待機所にいた敵兵を全滅させた。


 シュウが成果を上げたので、レトは、彼に体を差し出した。ロキから貰った避妊薬を飲み、彼の欲望の捌け口となった。


 国境を突破してすぐに、サウスウェスト国内に入り、フロンテーラ周辺の村を通過した。


 通ったついでに、制圧した村で、シュウは自国の兵を煽った。


「この村の奴等を好きにしろ! これは戦争なんだ! 勝った奴が全てを手に入れるんだ!」


 シュウの言葉に、自国の兵士達は歓喜した。村の女性を、性の道具のように扱った。村の男達を、暴力を楽しむオモチャにした。


 自国の女性兵は、最初は嫌悪した。しかし、暴力の楽しみを得て、彼女達の嫌悪は沈静化した。ノース軍が攻め込んだ村に、サウスウェストの()()はいなくなった。残されたのは、かつて村人だったオモチャ。オモチャで遊ぶノース軍。


 シュウは村の女達も犯していたが、それ以上にレトの体を弄んだ。村の女達は、誰でも犯せる。けれど、レトを抱けるのは自分だけ。そんな優越感を、シュウから感じていた。


 レトは本来、シュウのような男が嫌いだった。女性を自分の所有物のように扱う。見下す。欲望の捌け口としてしか見ない。彼に体を許すことは、屈辱と恥辱以外の何物でもなかった。


 それでもレトは、平然としていられた。ロキに受けた訓練が役立っていた。心を殺せる。無になれる。ただ黙々と、男を悦ばせることができる。


 口から吐き出す嬌声も、男を欲情させる仕草も、男を興奮させる行動も、全て仕事。全て演技。


 こんなことをしているなんて、お母さんには絶対に知られたくない。


 でも、お母さんを助けたい。


 シュウは、レトの体に夢中になった。夢中になったから、さらに成果を上げようとした。勢いのまま、フロンテーラに攻め込んだ。


 自国の兵には、村で存分に英気を養わせた。もっとも、英気を養うのに、ずいぶんと体力を使ったようだが。それでも、兵士のモチベーションは高かった。フロンテーラを攻め落とし、占拠すれば、こんな小さな村よりももっと楽しめる。兵士達の目は、獣のようにギラついていた。


 そして、フロンテーラに侵攻した。


 フロンテーラでは、サウスウェスト軍が厳戒態勢を整えていた。逃走した村人が、助けを求めてフロンテーラまで来たのだろう。


 ノース軍が攻め込み、一気に交戦状態となった。


 軍同士の戦いでは、基本的に、魔術師は後陣に立つ。戦士型が前方に出て攻め、魔術師が後方から攻撃する。


 だが、レトは、付き人として常にシュウの側にいた。それが仕事だから。気持ちのうえでは、彼と一緒にいたくなかった。心を殺して仕事をした。


 攻めてくる敵兵に、レトは次々と魔術を打ち込んだ。

 魔術の壁を乗り越えてきた敵兵を、シュウが斬った。


 攻め込み、前進すると、敵軍の将と遭遇した。信じられないほど強力な魔術を使う女。


 レトの魔術は、ロキの言葉を借りれば「世界でも指折りの、完成された魔術」というレベルだ。でも、敵の将の魔術は、レトよりも数段上だった。戦士が剣を振るうのと同じ速度で魔術を打ち出せる。さらに、威力も精度も尋常ではない。


 敵将に遭遇したとき、レトの頭の中に、確信と言える推測が浮かんだ。この女が敵国の召喚者ではないか、と。


 推測は的を得ていた。敵兵を斬り続けていたシュウが、突然、親しげに、敵将に声を掛けた。


「お前、チサト!?」


 敵将も、親しげにシュウを呼んだ。彼の本名を呼んだようだが、戦いの音で聞き取れなかった。


 少し距離を置いて、シュウとチサトは談笑していた。周囲が殺し合いをしている中で、笑顔で言葉を交わす二人。その光景はあまりに異様で、同時に、嫌な予感を抱かせた。


 果たして、ほんの数秒後に、レトの予感は的中した。


「お前がサウスウェストの召喚者なら、話は早いな。いっそ、ノースとサウスウェストを統合しないか? 俺達二人がいれば、サウスイーストを攻め落とすのも簡単だろ」


 親しげに言葉を交わし、シュウが、サウスウェストの召喚者――チサトに近付いた。


 次の瞬間、シュウの体が業火に包まれた。あまりに強力で、あまりに大きな炎。


 炎に包まれたシュウは、体をくねらせて藻掻いた。彼が地獄の苦しみを味わっていることは、容易に知れた。悲鳴は上がらない。おそらく、炎が肺すらも燃やしているのだろう。


 すぐに理解できた。チサトがシュウを燃やしたのだと。


 レトの確信を証明するように、チサトが笑っていた。


「ごめんね。悪いけど、私にアンタは必要ないの。昔と違って」


 昔と違って。その言葉の正確な意味を、レトは知らない。分かるのは、シュウとチサトが顔見知り――転移する前の世界で親しかったであろうということ。たった今、チサトがシュウを裏切ったということ。


 チサトの裏切りの結果、サウスウェストの召喚者が生き残り、ノースの召喚者は死んだ。


 レトは即座に、状況に対応した。ここで死ぬわけにはいかない。ここで死んでサウスウェストを制圧できなければ、母を助けることはできない。


「撤退! シュウが殺された! 撤退しろ!」


 言うが早いか、レトは即座に逃走を始めた。正直なところ、シュウのことなどどうでもよかった。どうせ彼は助からない。役に立たないなら、あんな男はどうでもいい。


 ノース軍の撤退が始まった。蜘蛛の子を散らすように、兵士達が逃走した。途中で、敵の魔術を受けて死ぬ者もいた。笑うチサトに、狙い撃ちされる者もいた。


 多くの兵を失いながら、レトはなんとか逃走に成功した。デルパイース川を渡り、ろくに休息も取らずに馬を走らせた。向う先は、故郷――ヒロイーナ村。


 ロキに、今回の敗戦を報告する必要がある。また新しい召喚者を転移させてもらわなければならない。


 だが、村に向う途中で、不安が襲ってきた。


 今回、レトは失敗した。もし、今回の失敗を理由に、ロキに見限られたら。彼が、母の治療を止めてしまったら。


 ――お母さんが死んじゃう。


 この数年、召喚者の付き人になるために、身を削るような訓練を積んできた。娼婦のような立ち回りも身につけた。苦労が水の泡になることなど、どうでもいい。それよりも、母を失うことが恐かった。


 不眠不休で馬を走らせて、故郷に戻り。

 母が待つ家に戻って。


 そこには、母の治療をするロキがいた。彼は、拍子抜けするほど穏やかだった。


「まあ、仕方ないな。俺も、そんなに簡単に敵国を落とせるとは思ってないよ」


 ロキは、ノースの召喚者が死んだことを知っていた。どうやって情報を得ているのかは分からないが。


 いずれにせよ、今回の失敗で見限られることはない。レトは胸を撫で下ろした。


「とりあえず、次の召喚者を転移させる。だから、もう一回頑張って」


 迷わず、レトは頷いた。

 そして、次の召喚者が転移させられた。それがイチヤ。


 サウスウェストは、ノースの召喚者を殺して勢い付いている。だから、のんびりとイチヤの訓練をしている時間はない。できるだけ早く彼を成長させ、戦場に立たせなければならない。もし、勢い付いた敵国が攻め込んできて、フロンティアを攻め落とされたら、戦況は一気に悪くなる。


 状況を考え、レトは、早急にイチヤを戦場に立たせようとした。そのためなら、いくらでも体を差し出すつもりだった。


 シュウに初めて体を許したのは、国境を越えて敵国に侵入できたとき。でも、今回は、戦力の向上が見えただけでセックスをさせてもよかった。とにかくイチヤのモチベーションを上げて、敵に攻め込ませないようにする必要があった。


 しかし、イチヤは、レトの体を求めなかった。彼は淡々と訓練をこなし、レトと共に旅に出て、黙々と戦い続けた。


 正直なところ、イチヤにシュウほどの素質は感じられなかった。もっとはっきり言うなら、イチヤはシュウより遙かに劣る。


 でも、イチヤは誠実だった。誠実で、実直で、真面目だった。同時に、弱い者を虐げる者に対して激しい怒りを覚える人だった。


 その誠実さは、自国の人間だけではなく、敵国の人間にさえ向けられていた。


 ブランコ村で、イチヤの信頼を失って。


 レトは思い出した。シュウに対して抱いていた嫌悪感を。彼や兵士達の蛮行に、吐き気すら覚えたことを。


 だから。

 イチヤの意思に従いたいと思った。


 母を助けることは大前提。だから、サウスウェストを攻め落とす必要がある。


 でも、それだけじゃない。


 損得勘定抜きに、レトは、イチヤを支えたくなった。彼の希望を叶えたくなった。サウスウェストを攻め落とすことで、少なくとも二国間が平和になる。


 平和と平穏のために戦う。そんな彼を助けたい。たとえこの先、イチヤからの信頼が戻らなかったとしても。


 母を助けられて、かつ、イチヤが望むような世界になるなら、これ以上のことはない。


 オプヘティーボ村から、イチヤが発って三日後。


 サクリフィシオ村を攻め込んだ兵の一人が、伝令のために戻ってきた。村の占拠に成功した、と。


 イチヤは戻ってこない。間違いなく、サクリフィシオ村で、兵士達の蛮行を防止しているのだ。


 これからは兵士を使って伝令をし、戦略を共有していくことになる。フロンテーラ進攻の戦略を。


※次回更新は6/18を予定しています。


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