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第二十六話② この戦いは勧善懲悪ではなかった(後編)


 イチヤを恐れて女性から離れた兵士が、ポツリと呟いた。


「……そうだよ……」


 明らかに不満が混じった声。


「俺達は、命懸けで戦ってるんだ。それなら、これくらいの楽しみはあっていいはずだろ?」


 一人が声を上げると、他の者も続いた。


「それに、サウスウェストの奴等だって同じことをしてたんだ! 俺達も同じことをして、何が悪いんだ!?」

「シュウ様は、俺達と一緒に楽しんでくれた! こうやって、俺達と、勝利を祝ってくれた!」


 ――祝い?


 嫌悪感と共に、イチヤは、兵士の言葉を胸中で反芻した。自分より弱い者を傷付けて、泣かせて、無意味に命を奪うことが祝い? そんなことを、前の召喚者はしていたのか?


 イチヤの心の中で、嫌悪感が大きくなってゆく。この場にいるノースの兵を、皆殺しにしてやりたいほどの嫌悪感。あまりの気分の悪さに、声さえ出せない。


 イチヤが黙っていると、兵士達が、次々と声を上げた。皆、同じようなことを繰り返していた。これは、命懸けで戦ったことへの正当な報酬だ。シュウ様は、むしろ率先して女を犯していた。戦争なんだから、負けたらどんな扱いをされても文句は言えないはずだ。


 イチヤに次々と向けられる、批難とも否定とも、聞き方によっては説得とも聞える言葉。彼等の声には、怒りも混じっていた。自分達の楽しみを邪魔された怒り。


 多くの兵士が、イチヤに言葉を投げながらも、自分の足元にいる女性を見ていた。彼等の心の声が聞えてくるようだった。早く続きがしたい。思う存分欲求を発散したい。


 兵士達は、イチヤから許可が出るのを待っている。待っているだけではなく、批難の言葉を投げかけ、許可の言葉を引き出そうとしている。


 目の前にいる兵士達は、イチヤにとって、もう仲間ではなかった。調教し、従えなければならない獣達。言葉の通じない畜生共。


 なかなか許可を出さないイチヤに痺れを切らしたのか、兵士の一人が、投げやりに言い放った。


「もういい! 俺はやるぞ! 我慢できねえ!」


 再び、足元の女性に跨がる。彼に乗られた女性には、もう抵抗する気力もないようだ。虚ろな視線は、どこを見ているのかも分からない。もしかしたら、何も見えていないのかも知れない。


 女性に覆い被さった兵士は、我慢できないと言った。


 だが。


 我慢できないのは、イチヤも同じだった。我慢の対象はまったく別だが。


 イチヤは一瞬で、女性に跨がった兵士に近付いた。こいつらは畜生だ。言葉なんて通じない。


 ――それなら、獣にも分かる方法で言い聞かせてやる!


 兵士は、イチヤの接近にまったく反応できなかった。欲求を満たすことに夢中で、目の前の女性しか見ていなかった。


 下劣な情欲を露わにした顔。その顔が、ゴトリと床に落ちた。胴体から切り離されて。暗がりでも分かるほど大量の血が、周囲に広がった。襲われていた女性は、ようやく瞳に光りを宿した。もっとも、それは恐怖の光だったが。


 転がった兵士の頭。彼の髪の毛を鷲掴みにし、イチヤは拾い上げた。仲間であるはずの、兵士の生首。周囲に生首を晒し、声を張り上げた。


「たとえ敵国の人間でも、蛮行は容認しない! 文句があるなら俺が相手になってやる!」


 自分の周囲にいるのは、言葉が通用しない獣。言葉が通じないなら、恐怖を植え付けるしかない。村人を傷付けたら殺される、と。獣が相手なら、これだけで十分のはずだった。


 それでもイチヤは、言わずにはいられなかった。堪え切れず、声が出た。


「敵国だから許される? ふざけるなよ。お前等は、自分の家族が同じ目に遭ったら、どんな気持ちになる? 自分の恋人が同じ事をされたら、何を思う? 向ってくる敵は倒す必要がある。けどな、無抵抗の人間を傷付けていい権利なんて、誰にもないんだ!」


 薄暗い宿舎内でも分かるほど、兵士達の顔は青ざめていた。恐怖に歪んだ顔。恐怖の中に、苛立ちを宿した顔。各々が同じような表情を見せながら、彼等は、脱いでいた下履きを拾い上げた。いそいそと履き上げる。


「おい」


 周囲にいる兵士の一人に、イチヤは、手にした生首を放り投げた。切り口から血が飛散った。


 投げつけられた兵士は、ほとんど反射的に生首を受け取った。戦いに身を置いているだけあって、生首程度で狼狽えることはなかった。


「そのゴミを片付けておけ。あと、このゴミもだ」


 言いながらイチヤは、首が切り落とされた死体を蹴った。


「……はい」


 怒りが混じった声が返ってきた。どの兵士の声かは分からない。気にもしなかった。


 兵士の一人が、イチヤに斬られた兵士の胴体を持ち上げた。そのまま、宿舎から出て行く。他の多くの兵士も、同様に。


「ちょっと待て」


 出て行く兵士達を、イチヤは一旦引き留めた。


「十人単位で、宿舎の周囲を見張れ。森の捜索に手を抜いた馬鹿が多いだろうからな。いつ何が起こるか分からない。見張りと休息は、交代で取れ」


 イチヤはもう、自国の兵に対して敬意を示すのはやめた。カボに対しても、もう敬語を使うことはないだろう。


「あと、もう一つ。村の家に着いたら、女の人の服を、それぞれの家から持ってこい。馬鹿が欲求に任せて破りやがったからな。大事な捕虜だ。体調を崩させるわけにはいかない」

「……」

「返事はどうした?」

「……承知しました」


 ぞろぞろと、兵士達が宿舎から出て行く。


 イチヤは二階に上がり、様子を見た。ここには、幽閉された村人しかいなかった。まだ暴行される前のようだ。ランプに照らされる室内には、恐怖と絶望に満ちた顔が溢れている。


 村人達に対し、イチヤは頭を下げた。


「俺達の国の兵が鬼畜にも劣る蛮行を働いたこと、深くお詫びします」


 ザワッと、村人達から言葉にならない声が上がった。

 構わず、イチヤは続けた。


「認識していると思いますが、ここにいる人達には、捕虜になってもらいます。村の外に逃がすわけにはいきませんし、しばらくは窮屈な生活をしてもらいます」


 イチヤは、下げた頭を上げた。恐怖よりも強い驚きが、村人達の顔に出ていた。


「ですが、もう二度と、先ほどのような蛮行はさせません。この俺の首に誓って」


 村人達からの返答はない。ザワつきは収まったが、信じられないという表情を見せる者ばかりだ。無理もないだろう。シュウは、村人達に対する暴行を推奨していたというのだから。


 顔も知らない前召喚者に、イチヤは憤りを覚えた。


 シュウは、この世界に来て得た力に魅了されてしまったのだろう。何でもできると勘違いをし、何をしても許されると錯覚した。学生のいじめと同じだ。学校という小さな籠の中で自分の優位性を自覚した者は、平気で他者を虐げる。いじめに対して罪悪感を抱くこともない。五味秀一や青野千里のように。


 つい先ほど、イチヤは、兵士達に恐怖を植え付けた。欲求に任せた暴行を許さないために。自国の兵士達を、畜生同然だと判断した。


 でも、と思う。彼等だって、自分の国に家族がいる人間だ。家庭の中でよほどの諍いがない限り、家族を大切に思っているだろう。サウスウェストの人々にも、同じように家族がいる。戦いに出る者であれば、戦いの中で命を失うこともある。でも、戦いに出ない者は違うのだ。それを、いつか分かってくれたら……。


 そのときは、また敬意を持って接しよう。


 驚く村人の視線を受けながら、イチヤは一階に降りた。


 一階にいた兵士達は、もう宿舎に残っていなかった。ノース軍でこの場にいるのは、レトとハイディアだけだ。広い宿舎の中で、すすり泣く声が聞える。兵士達が引き上げ、恐怖と苦痛から解放され、正気に戻った女性達。正気に戻り、自分がされたことを自覚し、屈辱と悔しさ、悲しさに包まれているのだろう。


 彼女達の周囲には、まだ暴行されていない女性達や、家族と思われる男性が寄り添っている。両手を後ろで固定され、ロープで繋がれながら。慰める言葉も見つからない様子で、ただ一緒に泣いている。


 暴行されていなかった村人には、詫びと誓いの言葉を言えた。けれど、すでに傷付けられた人達に何を言えばいいのかは、イチヤには分からなかった。何も言えず、無言で、レトとハイディアのもとに行った。


「レト。ハイディア」

「何?」

「何ですか?」


 レトの様子は、やはり変わらない。

 ハイディアの様子は、先ほどから少し変化していた。彼女の目から、侮蔑と軽蔑の光が消えていた。


「頼んでいいか?」

「何を?」

「何をですか?」

「兵が村の家から服を持ってきたら、ここの女性に渡して欲しい。たぶん、俺から渡したら怖がらせるから」


 村の女性から見たら、イチヤもノースの兵なのだ。自分達を辱め、犯し、屈辱と恥辱の沼に突き落とした者の仲間。レトとハイディアもノースの兵だが、彼女達は女性だ。男のイチヤよりも、与える恐怖は少ないだろう。


「分かった」

「承知しました」

「じゃあ、一旦ここから出よう」


 イチヤはもう一度、捕虜にした村人達を見渡した。惨劇の場所。暴行された女性だけではなく、女性を助けようとして殺された男性もいる。もう動かない男性達の近くで、彼等の家族と思われる人が泣いていた。


「俺達がいたら、多分、無駄に怖がらせる」

「ええ」

「そうですね」


 重すぎる気持ちを抱えて。

 イチヤは二人を連れ、宿舎から出た。


 空は晴れていて、透き通るほど綺麗な月が見えた。


※次回更新は6/3を予定しています

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