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第二十六話① この戦いは勧善懲悪ではなかった(前編)


 まだ周囲が暗いうちに、イチヤとレトはブランコ村に戻ってきた。村の周囲を囲む、地面に突き刺さった木の柵。


 森の中を数時間捜索したが、いつの頃からか、ノース兵をまったく見かけなくなった。皆、早々に捜索を切り上げ、村の戻ったのだと推測できた。村に戻ったのは、自分達が一番最後だろう。


 イチヤは、少なからず不安を抱いていた。村人の逃走を許さないことは、今後の戦いにとって重要だ。こちらの動きを敵国に悟らせないため。こちらの出方に対して策を練らせないため。それなのに、捜索に出た部隊は、早々に撤収してしまった。


 もしかしたら、戦いが続いて疲労が溜まっているのかも知れない。ブランコ村を制圧した部隊はこのまま少し休息を取らせて、次の村は別の部隊を率いて攻め込もうか。


 無言のまま考え、イチヤは、村人を幽閉している宿舎へ向った。


 歩いている道中で、イチヤは、ふいに違和感を覚えた。周囲にある家々から、人の気配を感じない。森へ捜索に出た部隊は、もう村に戻ったはずだ。疲労が理由で戻ったのなら、村人の家で休息を取るだろう。宿舎に村人を幽閉し、村人の家で休息を取ることは、戦略として周知されていた。


 それなのに、村人の家から人の気配を感じない。


 村の中に点々と立つかがり火。夜の闇を照らす明り。明りによってできた影は、イチヤとレトの二人分だけ。


 何か嫌な感覚がして、イチヤは足を速めた。イチヤに合わせて、レトも歩く速度を上げた。


 宿舎が近付いてくる。近付くごとに、人の声が聞えてくるようになってきた。甲高い叫び声。怒号のような低く大きな声。でも、まだかすかにしか聞えない。


「レト、走るぞ」

「どうしたの、イチヤ」


 言うやいなや、イチヤは駆け出した。レトも着いてくる。


 宿舎に近付いてゆく。聞える声は、どんどん大きくなる。耳に入ってくるのは、悲鳴と怒号。


 宿舎が見えた。入口に、人が一人佇んでいる。ハイディアだ。


 耳に届く悲鳴や怒号は、明らかに、宿舎の中から聞えている。


 ――まさか……。


 嫌な予感が、イチヤの胸に広がった。そんなはずはないと、胸中で否定した。


 ノース国内で、サウスウェスト軍から村を解放していたとき。


 イチヤは、敵軍の蛮行に憤りを覚えていた。弱者を嬲り、薄汚い悦楽に浸るゲス共。自分を貶めた五味秀一や青野千里のような奴等。


 下劣な行為をする敵軍が許せなかった。被害に遭ったノースの村の人々に、かつての自分を重ねた。人生を踏み潰されて涙を流す、自分と同じ人達。そんな人達がもう出ないように、この戦争に参加した。かつての自分を救うような気持ちになれたことが、イチヤの動機だった。この世界で生きる目的になった。


「ハイディア!」


 宿舎まで辿り着いて、イチヤは大声でハイディアを呼んだ。もし戦争に負けたなら、真っ先に敵兵に目を付けられそうな美女。


 イチヤの声に反応して、ハイディアはこちらを見た。彼女の目は冷たく、それでいて曇り切っていた。


 ハイディアに近付いた。すぐにレトも追い付いてきて、イチヤの隣りに来た。


「イチヤ様」


 ハイディアの目に宿る、冷たい光。それは明らかに、侮蔑と軽蔑の光だった。


「イチヤ様も、そうなんですか?」

「何が……だ?」


 イチヤは言葉を噛んでしまった。口が上手く回らない。


 宿舎の中から聞えてくる、女性の悲鳴。涙が混じった男性の怒号。室内で何が行われているのか、もう明らかだった。それでもイチヤは、信じたくなかった。自分が転移したノースという国は、サウスウェスト軍に侵略されて、国内の人達が泣かされていた。だから、侵略してきた蛮族を制して、平穏な国にする。そんな勧善懲悪を、イチヤは信じていた。


 聞き返したイチヤに対し、ハイディアは、無言で宿舎に視線を向けた。


 ハイディアにつられて、イチヤも宿舎を見た。入口の扉が閉まっている。


 いつの間にか、イチヤの体は震えていた。視界の端にいるレトは、相変わらず澄ました顔をしている。サウスウェスト兵に蹂躙された人達を見たときに、イチヤが何を思ったのか、知っているはずなのに。


 震えたまま、イチヤは扉に近付いた。扉に手をかけ、開け放つ。


 扉によって遮られていた悲鳴や怒号は、突き刺すようにイチヤの耳に入ってきた。同時に目に映る、地獄とも言える光景。


 兵士に犯され、泣き叫ぶ女性。すでに全てを諦め、虚ろな目をしている女性。暴行の末に、すでに失神している女性。失神しているように見える女性の中には、亡くなっている人もいるかも知れない。


 自分の妻や娘、姉や妹が暴行され、泣き叫ぶ男性。兵士に襲われる女性を助けようとしたのか、斬り捨てられている男性もいた。


 かつてイチヤは、同じような光景を何度か見た。


 ただ、以前と違うのは。


 被害者は、ノースの村人ではなく、サウスウェストの村人。

 加害者は、サウスウェスト兵ではなく、ノースの兵。


 イチヤの体の震えが、大きくなった。強く拳を握り締めた。心臓が、バクバクと大きな音を鳴らしていた。理不尽な暴行。殺戮。下劣な蹂躙。鬼畜とも言える行為。


 加害者は、共に戦った仲間。


 レトとハイディアも、宿舎内に入ってきた。レトの表情は変わらない。この光景を見ても、眉ひとつ動かさない。ハイディアは、嫌悪を露わにしている。


 宿舎中に響き渡るほど大きな声が、イチヤの口から吐き出された。


「何をしてる!?」


 女性達の悲鳴よりも、男性達の怒号よりも大きな声。


 一瞬で、宿舎内が静まり返った。ノース兵やブランコ村の男達の視線が、イチヤに集まった。暴行されている女性達の様子は、変わらない。泣き続けているか、虚ろな目をしているか。あるいは、意識がないか。


「申し訳ございません、イチヤ様」


 沈黙を破ったのは、カボだった。腕立て伏せのような体勢で床に伏していたが、すぐに立ち上がった。彼の足元には、涙を流す少女。


 宿舎内はランプの明りのみで、薄暗い。それでも、カボの足元にいる女性がまだ若いことは分かった。イニシオ村で出会ったプリメラくらいの年頃か。その少女は衣服を破られ、ほぼ全裸だった。


 カボは、苦笑しながらイチヤに近付いてきた。下半身だけ裸という、間抜けな姿で。口元には、苦笑を浮かべている。


「イチヤ様が戻ってきてからと思っていたのですが。ただ、思ったよりお戻りが遅かったので。兵士達も我慢できなかったんです。なので、先に始めさせていただきました」


 イチヤの心情とカボの発言が、まるで噛み合っていない。彼は、イチヤがなぜ激怒しているのか、まるで理解していない。


「……は?」


 思わず、イチヤは間の抜けた声を漏らした。何を言っているんだ、こいつは。


 イチヤの気持ちに気付かないカボは、媚びるような笑顔を向けたまま、さらに続けた。


「ですが、イチヤ様のお気に召しそうな綺麗な女には、手を付けさせていません。なので、どうかご勘弁を」


 ふいに、イチヤは思い出した。初対面のときの、カボの様子を。イチヤとレトをフロンティアに招いたとき、彼は言っていた。


『あなたと戦える日が来ることを、楽しみにしています』


 そう言ったカボに、嫌な雰囲気を感じた。嫌悪に近い感覚。


 今さらになって、ようやくイチヤは理解した。カボは、イチヤという強者を連れて敵国の村を制圧し、村人を蹂躙することを楽しみにしていたのだ。


 同時に、思い知らされた。この戦争は、善と悪の戦いではない。元の世界にあった戦争と同じだ。自国の我を通し、相手国を侵略する。巻き込まれた戦えない人達を、戦利品とばかりに弄ぶ。


「さあ。イチヤ様もどうぞ楽しんでください」

「は……」


 なぜか、イチヤの口から笑い声が漏れた。どうして笑ってしまったのか、自分でも分からない。怒りが限界点を突破して、もう笑うしかなかったのか。それとも、自分の甘さが滑稽で、可笑しかったのか。あるいは、別の理由か。


 イチヤが笑ったことで、怒りを治められたと思ったのか。カボは、浮かべた笑顔の中に安心した様子を見せた。


 安心した顔のまま、カボは吹っ飛んだ。イチヤの拳を顔面に受けて。


 カボは、イチヤより十五センチほど身長が高い。体重も、イチヤより十キロ以上は重いだろう。しかし、イチヤには、召喚者としての圧倒的な身体能力がある。体格差など無意味にするほどの身体能力。


 吹っ飛んだカボは、そのまま、悦楽に耽る兵士達の群れに突っ込んだ。頭を床に叩き付けられ、ゴンッという派手な音を鳴らし、そのままピクピクと痙攣した。失神したようだ。


 ノース兵もブランコ村の男性も、皆、呆然としていた。

 女性達の数名が、驚きと安堵の混じった顔を見せていた。まだ暴行されていない女性達。


 暴行されていた女性達の様子は、一向に変わらない。当然だろう。傷付けられ、尊厳を踏み躙られたのだから。かつてのイチヤのように。


 イチヤは、背中の鞘から剣を抜いた。先端を兵士達に向け、感情のままに怒鳴り散らした。


「今すぐ薄汚い行為をやめろ! ここの村人は捕虜だが、不必要に傷付けるな! もしまだ続けるなら、俺がこの場で叩き斬る!」


 宿舎内の所々から、短い悲鳴が聞えた。激怒したイチヤを恐れる声。イチヤの怒声で、兵士達は、弾かれたように跨がっていた女性から離れた。


 激しく動いたわけでもないのに、イチヤの呼吸は荒くなっていた。怒りと失望が激し過ぎて、興奮状態になっている。


 隣りにいるレトが、澄ました顔のまま聞いてきた。


「何をそんなに怒ってるの?」


 剣を突き出した格好のまま、イチヤは顔だけレトに向けた。


 彼女の表情には、相変わらず変化がなかった。男が、女性を暴行している光景を見ても。女性に対する性的暴行に対しては、女性の方が強い嫌悪感を示すと思っていたのに。


「分からないのか?」

「分からないから聞いてるの」


 表情だけではなく、口調もいつも通りのレト。本当に、イチヤの怒りの理由が分からないらしい。


 そんなレトに対しても、イチヤは強い苛立ちを覚えた。


「フロンティアに向う途中の村でも、同じようなことがあっただろうが! 敵兵が、戦えない村の人達をいたぶって! 傷付けて! あれと同じだよ!」

「でもあれは、自分の国の人が傷付けられてたからでしょ? 今は違うじゃない」

「……」


 あっさりとした返答に、イチヤは呆然としてしまった。敵国の人間になら、何をしてもいい。そんな価値観が、まかり通っているのだろうか。胸中で自問したが、答えは分かり切っていた。敵国の人間になら何をしても許されると思っているから、平気でこんなことができるのだ。


 イチヤは強く唇を噛んだ。この世界の価値観に、吐き気がした。生まれた国が違うだけで、同じ人間なのに。国の都合で戦争をしているだけで、ただ平穏に生きている人には、何の罪もないのに。


 長いものには巻かれろ、という言葉がある。強い権力があるものには従え、という諺。この諺にならうなら、イチヤは、この世界の常識に従うべきなのだろう。たとえ勃起できなくても、村の女性を辱めて悦楽に浸るべきなのかも知れない。


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