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第二十二話 人材の見極め


 昨夜。

 フロンティア軍がサウスウェストに侵攻し、待機所を占拠した後。


 待機所の死体を片付け終えると、一部の見張りを残して、全員仮眠を取った。


 待機所の数は二十。そのうち十九を侵攻に参加した男性兵が使用し、残り一つを二人の女性兵に使用させた。これは、イチヤの指示によるものだ。


 待機所にいたサウスウェスト兵は、全て片付けた。戦いの場となった待機所は、どこも血痕や血の臭いが残っている。


 そんな場所でも、レトはしっかりと仮眠を取れているようだった。彼女の浅い寝息が聞える。決して深い眠りではないだろう。物音程度で目が覚める眠り。それでも、眠らないよりは遙かに疲労が取れる。


 レトは、前召喚者の付き人もしていたという。前回のフロンテーラの戦いにも参加していた。この程度の血痕など、すでに慣れているのだろう。


 隣りのレトを横目で見ながら、物音を立てないように上半身を起こす。暗闇に慣れた視界。一階に一室しかない待機所の部屋は、二人だけで寝るには無駄に広い。もっとも、仮眠を取るのに男女同室を避けるというイチヤの考えには、好感を持てた。


 ――イチヤは、前の召喚者とは違うみたいだね。


 声に出さず、胸中で呟く。前召喚者のシュウは、欲望だらけの男だったという。異世界からこの世界に転移し、圧倒的な力を得て、その力に溺れた。その結果が、前回のフロンテーラの戦いだ。


 犠牲を払いながらフロンテーラに侵攻し、返り討ちに合った。シュウ自身も、サウスウェストの召喚者に殺された。


 イチヤと前召喚者を比較しながら、レトが眠っていることを再度確認する。小さく息を吐き、物音を立てないように魔術を発動させた。氷の魔術。作る氷に不純物が入らず、限りなく透明になるように集中する。作成しているのは、十センチ四方ほどの氷の板。表面が、磨き上げられたように滑らかな板。即席の鏡だ。


 出来上がった氷の板は完全に透明で、かつ、表面が高級ガラスのように歪みなく滑らかだった。


 透明だから、向こう側が透けて見える。このままだと鏡の役割を果たさない。だから、黒いローブで手を包んで持つ。裏側を黒にすることで、氷の反射が表だけに働く。鏡のように顔を映すことができる。


 鏡に映った自分を見て、ハイディアは――ハイドは、再び息をついた。安堵の溜め息。水中を移動してきたが、化粧は落ちていない。上手く変装できている。


 以前、フロンティアの公演でイチヤやレトと出会った。二人とも、ハイドの歌声を賞賛してくれた。イチヤは、十万ディネロもの投げ銭をしてくれた。


 イチヤを見て、ハイドはすぐに感付いた。シュウの後に転移してきた召喚者だ、と。彼から、他の人間にはない圧倒的な力を感じた。


 召喚者は、国の英雄とされる。戦争の要となる驚異的な力を持ち、それこそ、一騎当千の戦力となる。


 そんな人間が各国に一人ずついるから、戦争は、ここ五十年ほど膠着状態となっている。どの国も、敵国の召喚者に自国の召喚者が殺されることを恐れている。どの国も、召喚者不在のときに攻撃されることを恐れている。だから、召喚者を守りにしか使えない。結果、敵国への侵攻が足踏み状態となる。膠着状態が続く。


 戦争が膠着状態でも、召喚者の扱いは変わらない。国を守る英雄。


 では、異世界で普通の生活をしていた者が、突如転移し、圧倒的な力を手に入れ、さらに英雄として扱われたらどうなるか。


 増長し、図に乗り、傲慢になる。この例から外れた召喚者は、ハイドの知る限りほとんどいない。


 けれどイチヤは、他の召喚者とは違うように見えた。召喚者としての力はまだまだ未熟だが、傲慢さも下劣さも感じなかった。


 もしかしたら、と思った。


 ――イチヤなら使えるかも知れないな。


 ハイド自身の目的のために。


 イチヤのことを見極めたかった。彼の近くで見極めるために、兵役に志願した。変装し、声帯をコントロールすることで女になりすまして。入隊試験で、()()()()()不自然ではない程度の力を見せつけ、合格した。入隊直後に、サウスウェスト侵攻に参加したいと希望を告げた。


 概ね、思った通りにことは運んだ。すぐにサウスウェスト侵攻の部隊に加わることができた。しかも、侵攻の中心を担う部隊に。


 一つ困ったことと言えば、周囲の男達にやたらと口説かれることか。いちいち丁寧に断るのが、本当に面倒臭い。この間なんて、ハイドをイチヤに紹介した将軍に、延々と口説かれた。あまりにしつこいので、燃やして消し炭にしてやろうかと思ったくらいだ。けれど、将軍は男爵家の人間だ。一兵卒と違って、行方不明になったら大きな問題となる。後先を考え、なんとか思い留まった。


 ハイドは、ローブの内ポケットから化粧道具を取り出した。変装が解けていないとはいえ、化粧が少し落ちかけている。まだ変装しておきたい。


 音を立てないように、アイラインを整える。もともと女顔のハイドだが、ハイディアに変装するときは、少し気弱そうに見える目元を作った。さらに、眉も少し細くした。これだけで、外見的印象は相当変わる。


 化粧を終えると、ハイドは、これからの予定を頭に浮かべた。今後の作戦について、色目を使ってカボから聞き出していた。


 おそらく朝方に、サウスウェストの兵二〇〇ほどが、この待機所に来る。つい先ほど片付けた見張りと交代するために。


 交代の兵を返り討ちにした後、フロンティアから兵を召集する。まずは二千ほどの兵。さらに少しずつ兵に川を渡らせ、最終的には、一万ほどの軍勢でフロンテーラに進軍する。


 ――これから、どうなるかな。


 やはり声に出さず、ハイドは胸中で呟いた。


 イチヤは、自分が求めるに値する人物となるだろうか。


 傲慢ではなく、欲にも溺れない召喚者を、ハイドは待ち続けていた。これほど皆に持てはやされ、英雄扱いされながら、それでもイチヤは今のままでいられるだろうか。


 さらに言うなら、今のイチヤでは、力量も足りない。召喚者だから、当然のように普通の人間よりは強い。どれほど鍛え抜かれた者でも、人間である限りイチヤに勝てないだろう。それでも彼は、まだ召喚者としては弱い。


 今の人格と情緒を保ったまま、イチヤは、今よりも遙かに――召喚者としても強い部類と言えるほどに強くなれるか。ハイドはそれを、今回の戦いで判断するつもりだった。


 夜明けまでまだ時間はある。外はまだ、闇に包まれている。


 仮眠を取るため、ハイドは再び横になった。


※次回更新は5/22を予定しています

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― 新着の感想 ―
イチヤを客観的にみるという興味深まる話でした。 うん、パイディアのことで意表を突かれるのもまた一興ではありつつも、この作品の主題ってイチヤをどう描いていくかだと思っているから。そのうえで彼は「まだま…
ハイド=ハイディアでしたか! やられました。 残りの国の召喚者だと思ってた! 何者なのかますます気になるーーー!!
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