表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/30

第十六話 敵国進軍計画


 デルパイース川での防衛戦で圧勝してから、二日後。


 レトは一旦、フロンティアを離れた。軍を管理する将軍やパスティオン侯爵には「私用」と話していたが、イチヤには理由を教えてくれた。


 病に伏せる母親のもとに、一度戻るという。


 レトの故郷は、ノース王国のほぼ中央にあるヒロイーナ村。フロンティアから概ね三〇〇キロメートルに位置する村らしい。公爵家のひとつ、ディグノ公爵の領土だという。中央都市セントロから約三キロメートルの場所にある、小さな村。


 レトは、イチヤと二人だけで旅をしているときも、一時期故郷に戻っていた。その時は事情を話してくれず、私用とだけ告げていた。


 レトが語っていた予定では、七日ほどでヒロイーナ村に到着。看病も兼ねて、六十日ほど母親と一緒に過ごす。その後、七日ほどかけてフロンティアに戻る。この世界での一ヶ月は概ね九十三日なので、ひと月以内には戻って来ることになる。


 レト不在の間は、サウスウェストへの侵攻は行わない。これはイチヤの独断ではなく、フロンティア軍の総意だった。


 レトは、召喚者の付き人を任されるほどの魔術師だ。フロンティア軍に所属しているどの魔術師よりも優秀だと思われている。実際に、先日の国境での戦いでは、フロンティア軍の魔術師の指揮を務めた。


 あのとき、デルパイース川から上陸したサウスウェスト軍の一部は、イチヤを素通りしてフロンティアに向かった。彼等は最終的に火だるまになって全滅したが、その際の指揮を執ったのがレトだった。的確な距離まで敵を引き付け、魔術を放つ方角を示し、かつ、彼女自身も強力な火球を放った。


 イチヤが前回の戦いの主役なら、レトは影の主役と言えた。


 レトが不在の間、イチヤは、自分の能力の研鑽に努めた。自主的な訓練はもちろん、他の戦士や魔術師に相手をしてもらい、自らを鍛え上げた。


 訓練だけではなく、軍の会議にも参加した。


 今回の戦いでは、イチヤの戦略が大きな成果を上げた。フロンティア側の死傷者はゼロ。誰一人として犠牲を出さず、サウスウェスト軍を撤退させた。しかも、ただ撤退させただけではない。ノースの召喚者の存在を知らしめ、敵の精神的優位性を完全に打ち消した。ノースの前召喚者を殺したことによる、精神的優位性。


 勢いを削がれたサウスウェストは、しばらくは攻めてこないだろう。フロンティア軍の誰もが、そう考えていた。イチヤも同意見だった。だからこそ、会議でじっくりと戦略を練ることができる。今度は、こちらからサウスウェストに攻め込む。


「イチヤ殿はどう思われますか?」


 聞かれて、イチヤは顎に手を当てた。


 レトが故郷に帰ってから、二十一日目。三回目の軍事会議。


 昼間。


 フロンティアの城門から約一〇〇メートルの場所で、千人長以上の者が十六人、その場にあぐらをかいていた。イチヤを含めて、男ばかりが十七人集まった、青空の下での会議。


 サウスウェスト軍が攻め込んで来ることはないと思われるが、警戒は解けない。今でも、城壁周辺を常に見張っている。約千人ずつで部隊を編成し、それぞれの部隊が、交代で仕事をしている。


 イチヤに意見を求めたのは、カボだった。イチヤがフロンティアに来た日に、城門を開けてくれた千人長。出会った頃と変わらない無精髭。もっとも、初めて会ったときよりも少し伸びているが。


「そうですね――」


 ノースとサウスウェストの間には、デルパイース川。近くのデルパイース川は、馬で渡れる程度の深さと幅だ。それでも、進軍すれば絶対に目立つ。イチヤ自身が、川を渡ってきたサウスウェスト軍に気付けたように。あの時は夜襲だったが、簡単に敵の進軍を察知できた。


 効率よく、かつ、できるだけ犠牲を出さずにサウスウェストに上陸するためには、どうしたらいいか。


 浅い部分といえど、デルパイース川の深さは一メートルほどある。潜って泳ぎ、サウスウェストに上陸できれば、敵に気付かれる可能性は非常に低い。


 だが、それは難しいだろう。デルパイース川の幅は、短いところでも二十メートルほどある。流れのないプールでも、二十メートルを潜ったままで泳ぎ切るのは難しい。潜水状態で泳げる距離について、元の世界では、一七七メートルという記録がある。ただしこれは、訓練された人間が、プールで、フィン――水泳で使用する、足ヒレのような道具――を使用して出した記録だ。一定以上の武装をした人間ができることではない。


 敵側に気付かれずに上陸する方法はないか。


 もちろん、大軍を率いて強引に攻め込むのも一つの方法だろう。かつて前召喚者が行い、今回はサウスウェスト軍が実行しようとしたように。多くの犠牲者が出るだろうが、上陸に成功する確率は高い。


 けれどイチヤは、できるだけ犠牲を出したくなかった。


 ノース国内に進軍し、卑劣の限りを尽くしたサウスウェスト軍。イニシオ村などで見た、残酷な光景。あんな奴等に味方が殺されるのは、絶対に嫌だった。


 何か、簡単に潜水ができる方法はないか。日本にいた頃、イチヤは、数え切れないほどの本を読んだ。多くの本から得た知識を引っ張り出し、さらに、この世界に来てから得た知識も総動員した。


「あ」


 ふと思い立って、イチヤは小さく声を上げた。


「風の魔術って、要するに、空気の流れをコントロールするものですよね?」


 周囲に集まった将軍や千人長を見回し、聞いてみる。


 この場に集まっている十六人のうち、六人は魔術師だ。彼等に意見を求めた。


「ええ、そうですが」


 一人が答えると、イチヤは続けた。


「全身を包み込む――全身でなくても、頭部から胸辺りを包み込む空気のボールのようなものを、魔術で作るのは可能でしょうか? サウスウェストに上陸する兵全員分の」

「……?」


 質問をぶつけられた魔術師達は、揃って「意味が分からない」という顔を見せた。


 イチヤは簡単に、この発言の意味を説明した。水中でも呼吸が可能な状態にし、潜水してデルパイース川を渡る。可能な限り静かに上陸し、国境沿いにあるサウスウェストの待機所に奇襲をかける。見張りの兵を全滅させてから、大勢の兵を上陸させる。奇襲に成功すれば、最小限の被害で進軍することができる。


 六人の魔術師が、一様に、困った顔を見せた。

 彼等のこの反応で、イチヤは悟った。どうやら不可能らしい。


「なんと言いますか……理論的には可能なんですが……」


 魔術師の一人が、重い口を開いた。


「ただ、一人や二人に対して行うならともかく、一つの部隊全員に、となると……それができる魔術師が大勢必要になります」


 必然的に、サウスウェストに攻め込む人数が多くなる。行動する人数が多ければ多いほど、敵国に動きを察知されやすくなる。


 川の浅瀬が続く距離は、概ね一五〇メートルほど。敵も当然、その場所を集中的に警戒している。だからこそ、多くの待機所を造り、三〇〇~四〇〇もの兵を常駐させているのだ。


 敵の待機所に常駐している兵は、おそらく、大半が魔術師のはずだ。川を渡る際は、どうしても動きが制限される。地上のように動き回ることができない。動きが鈍っているところを、魔術で狙い撃ちにされる。


 反面、戦士型の兵を大勢引き連れて敵国に上陸できれば、戦況は一変するはずだ。三メートル以内の距離に接近できれば、魔術師型よりも戦士型の方が優位に立てる。


 問題は、どうやって実行するかだが……。


「イチヤ殿」


 考え込んでいると、将軍の一人に声を掛けられた。


「はい?」

「ひとつ、よろしいですか?」

「ええ」

「最近――それこそ、イチヤ殿がフロンティアに来た直後くらいの話なのですが。兵役を希望する者の中に、一人、気になる者がいまして」

「はあ」


 気の抜けた返事を返してしまう。将軍が何を言いたいのか、イチヤは理解できなかった。できれば、結論を先に言ってほしい。


 フロンティアは城塞都市であり、「国家の防壁」とも呼ばれている。人口の三割が兵役に就いていて、常時、兵隊の希望者を募集している。その希望者の中に気になる者がいた、ということなのだろうが。


「その者は、ハイディアという女で、魔術師なのですが――」

「!」


 将軍の言いたいことが見えてきた。とはいえ、イチヤは黙って将軍の話を聞いた。途中で口を挟んでしまったら、話が噛み合わなくなる可能性がある。


「――その女の噂を聞いて、私も会ってみたんです。もの凄い美人だという話を聞いていたもので」


 どうでもいい情報は省略してほしい。イチヤは胸中で毒突いた。口には出さないが。


「それで、実際に会ってみまして」

「ええ」

「その者の腕前を見たら、驚くほど凄かったんです」


 将軍の言いたいことは、イチヤの思った通りだった。結論が聞けたので、イチヤは質問を口にした。


「どれくらい凄いんですか? 一人で、複数人の空気のボールを作れそうですか?」

「イチヤ殿の戦略を実践できるかどうかは、本人に聞かないと分かりません。ただ――」

「ただ?」

「魔術の腕は、レト殿クラスだと思います」

「!?」


 さすがに驚き、イチヤは目を見開いた。レトと同じレベルの魔術師。それはつまり、国家から重要任務を任されるほどのレベルを意味する。ここにいる六人の魔術師も、レトに比べると一段二段は劣る。千人長や将軍という地位を手にするくらいなのに。


「いや、さすがにそれは……」


 苦笑しながら、他の将軍や千人長が口を挟んだ。彼等が否定するもの無理はない。


 イチヤも、にわかには信じられなかった。ただ、だからといって、実際に確かめもせずに否定するのは愚かしい。


「一度、俺にも会わせてもらえますが? 色々と話してみたいんで」


 イチヤが言うと、将軍は「すぐに手配します」と応え、立ち上がった。城門を見張る部隊の元に向かう。その魔術師を連れてくるよう、指示を出すのだろう。


 その魔術師――ハイディアという女魔術師が、本当にレトと同レベルなら。

 もしレトと同レベルで、それでもイチヤの案を実践できないなら。


 多少の犠牲を覚悟してでも、大勢で進軍するしかない。


 ――あるいは、俺が一騎駆けで川を渡るかだな。


 顎に手を当て、イチヤは胸中で呟いた。


※次回更新は5/4を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ