第十四話 守りに入るのではなく、挑むために
「イチヤ様の力を信じていないのではありません。ただ、リスクが大きいのではないかと」
イチヤの提案に対し、将軍の一人が反対の意思を示した。
フロンティアの城壁の外。多数の軍勢が城壁周辺を見張っている。見張り以外の兵は訓練をし、あるいは食事や睡眠を取っている。未だ厳戒態勢が続く国境付近。
フロンティア軍の会議は、そんな状況で、青空のもとで行われていた。
イチヤがフロンティアに来て、一ヶ月ほど。
パスティオン邸で話した通り、イチヤはすぐにフロンティア軍に合流し、訓練を始めた。隣りには、いつもレトがいた。
この世界の戦争について、イチヤには、学ぶべきことが山のようにあった。集団戦での戦略、戦術。身体能力任せの剣術を、本物の剣術にすること。剣の手入れの仕方。軍の統制を取るため、百人長以上の地位がある者の、顔と名前を覚えること。馬の操り方。
戦術や戦略を覚えるのは、それほど難しくなかった。日本にいた頃、イチヤは、いつも本を読んでいた。軍記物の本から得た知識が、大いに役立った。この世界には魔術があるため、戦い方も軍の陣形も、元の世界の歴史とは異なる。とはいえ、もともとある知識で十分に応用が利いた。今では、イチヤが戦略を発案できるほどになった。
剣術については、地道に磨くしかなかった。現時点でのイチヤは、軍内の誰よりも強い。木剣や木槍を用いた模擬戦をしたが、イチヤの相手になる者はいなかった。十人二十人を相手にしても、一方的に勝つことができた。魔術師を交えた模擬戦も、同様に。
軍の指揮を執る者達とは、今では気安く話すようになった。もちろん、彼等の名前と顔は完全に記憶している。日本にいた頃は、職場以外で人と話すことなどほとんどなかった。そんな自分が、他人の名前と顔を覚え、コミュニケーションを取るようになるなんて。自分でも意外だった。
馬術は一番苦労した。知識だけではどうにもならず、かつ、運動神経や身体能力だけでもどうにもならない。数え切れないほど馬を暴れさせ、落馬した。不器用なイチヤに対し、レトは、いつも通り淡々と馬術を教えてくれた。半月経つ頃には、戦場に出られる程度には乗れるようになった。おそらく、もとの世界の自分では、一年経ってもまともには乗れなかっただろう。
一ヶ月経って、なんとか戦場に出られる下地を整えて。
その間、サウスウェスト軍は、不気味なほど静かだった。少し前までフロンティア周辺で戦い続け、周辺の村々の侵略までしていたのに。
侵略した村をイチヤに奪還され、多くの兵を殺されたので、一旦体勢を整えているのか。あるいは、慎重になっているのか。もしくは、その両方か。
どちらにしろ、サウスウェスト軍は再び攻め込んで来るはずだ。各将軍は、そう確信していた。敵には、ノースの前召喚者を仕留めたことによる勢いがある。さらに、ノースを征服するためには、絶対にフロンティアを墜とす必要がある。
これら二つの理由から、軍の会議の焦点は一つに絞られていた。
攻め込んで来るサウスウェスト軍を、どのように迎え撃つか。
サウスウェスト軍が一旦引いたこと、および、周辺の村の侵略に失敗したことから、次の敵軍の動きが推測されていた。一旦引いてより多くの兵を率いて、総力戦に出てくるはずだ、と。
では、総力戦でくるサウスウェスト軍に対し、どのように戦うべきか。
イチヤが提案した意見に対し、将軍の一人が反対したのだ。
「イチヤ様の力を信じていないのではありません。ただ、リスクが大きいのではないかと」と。
レトは、イチヤの隣りにいる。だが、彼女は、会議の議論には参加しない。イチヤの付き人だから、常に傍にいる。それだけだ。
「リスクは確かにあります」
イチヤは周囲を見回した。十人の千人長に、三人の将軍がいる。その中にはカボもいた。イチヤがフロンティアに来たときに、城門を開けてくれた千人長。
「でも、ここで俺の存在を前面に出して返り討ちにできれば、敵の勢いを完全に削げるはずです。少なくとも、シュウが殺される前くらいには」
サウスウェスト軍は勢いに乗っている。理由は、ノースの召喚者であるシュウを殺せたから。だが、それだけではない。
「サウスウェスト軍はこう考えているはずです。『ノースの召喚者は、まだ戦争には参加できない』と。これまで俺が聞いた話から、その可能性が高い」
異世界から来た召喚者が戦争に参加できるようになるまで、どれくらいの期間が必要か。
戦争に参加するためには、様々な訓練を行う必要がある。いくら基礎能力が高い召喚者でも、何も学ばないまま戦争に参加するなど、自殺行為に等しい。
この期間について、ノース国内では、概ね一年ほどと言われていた。おそらく、他の二国も大差はないだろう。
だからこそ、イチヤの推測が成り立つ。「ノースの新しい召喚者は、まだ戦争に参加できない」と、サウスウェスト側は考えている。
将軍達に意見しながら、イチヤは、ちらりとレトを見た。彼女はいつもの澄ました顔で、会議の行方を見守っている。
レトは、イチヤが召喚されてから一ヶ月ほどで旅に連れ出した。剣術を学んだ期間が、召喚後のたったの一ヶ月。技術的には、素人に毛が生えた程度の腕前だった。それでもレトは、先を急いだ。山賊などを相手にさせ、イチヤに実戦経験を積ませながら。
――こうなることを見越してのことだったのか?
レトの強行軍が、結果的に、イチヤの戦争参加を早めた。サウスウェストの予測を遙かに超えて。
レトは、全て意図していたのか。もし意図的だったのなら、彼女の先を見通す目は、相当なものだ。
レトが何を考えているのか、彼女の表情から伺い知ることはできない。ただ、せっかく彼女が作った好機を、無駄にしたくない。
「こんなに早急に召喚者の戦闘準備ができた。サウスウェストがそれを知ったら、確実に怯みます。どんなに少なくとも、今の勢いはなくなる。それどころか、『せっかく召喚者を殺したのに、こんなに早く次の召喚者が出てきた』と、意気消沈するかも知れない」
イチヤは再度、周囲にいる者達に視線を送った。一人一人と目を合せてゆく。日本で読んだ漫画のセリフを、丁度いい機会だと口にした。何の漫画のセリフかは忘れたが。
「挑まない者は、何も得られないんです。それはこの戦争も同じです。リスクのある戦いに挑む。そのリスクに勝ったとき、色んな道が開けるはずです」
つい先日まで、無気力だった奴が言うセリフじゃないけどな。胸中で、イチヤは皮肉げに付け加えた。
しばらくの間、会議で議論が繰り広げられた。
最終的に、イチヤの案が採用された。
隣りにいるレトは、相変わらず無表情だった。
※次回更新は4/28を予定しています。




