第十三話② イチヤとレト(後編)
「……なあ、レト」
意識を現在に戻し、イチヤは、レトの目をじっと見た。十五歳の体なら、この時点で、間違いなく勃起しているはずだ。全裸の美女が目の前にいるのだから。
だが、イチヤの男性器はまったく反応しない。
この世界でも、イチヤは、恋人をつくることを諦めていた。剣の訓練をし、上達した報酬としてレトが体を差し出してきたとき、まったく勃起できなかったから。異世界に来ても、何も変わらない。大切なものなどない。大切な女性ができることもない。
日本にいたときと同じように、自分の将来に夢なんて持てない。
しかし。
生きる理由や目的は、妻や子を得ることだけじゃなかった。
「俺は確かに、女とヤれない。色恋で自分を高めることはできない」
それでも、実現させたいことができた。欲望を満たせなくても、自分の尻を叩ける目標ができた。
「サウスウェストに侵略された村を見てきた。理不尽な暴力で、大切なものを奪われる人達を見てきた。他人の下劣な欲望のせいで、傷付く人達を見てきた。笑いながら、人から何かを奪おうとする奴等を見てきた」
五味や千里を、悪い意味で上位互換させたような奴等。かつての自分のように被害に遭い、傷付けられ、奪われる者達。
レトが怪訝な目をした。
「そんな世界を変えたいから戦える、ってこと?」
「ああ」
「どうして? 傷付いてるのは自分の家族でもないし、恋人でも友人でもないのに」
「……」
イチヤは大きく息を吐いた。レトを納得させるため、日本にいた頃の自分について、彼女に語った。自分が戦える動機。戦争なんてない世界にする。国内の兵を、外との戦いのためじゃなく、治安のために使える世界にしたい。そうしたらきっと、みんな、もっと平穏に生きられる。傷付く人達が格段に減る。
「だから俺は戦える。お前とヤれなくても、だ」
「……そう」
イチヤの話を聞き終えたとき、レトは、どこか寂しそうな顔になっていた。いつもの冷静で無感情な彼女ではなかった。再びイチヤの隣りに座ると、そのままベッドに体を投げ出した。仰向け。恥じらいなんて捨て去ったように、裸の体を晒していた。
「なあ、レト」
「何?」
レトは、片腕を顔の上に乗せていた。目元を隠している。どんな表情をしているのか、イチヤからは見えない。
レトはまだ十八歳の女の子だ。この世界の価値観がどのようなものかは、イチヤには分からない。ただ、日本の基準で考えるなら、十八歳というのは人生で一番楽しい年頃だ。学生であっても就職していても、友人や恋人と楽しく過ごす時期。
それなのにレトは、召喚者の付き人なんかをしている。付き人兼、情婦。自分の体を、他人に好きにさせる仕事。
「レトはどうして、召喚者の付き人なんてやってるんだ? 国王や皇帝の命令だからか?」
「……」
「やりたくてやってるのか?」
「……」
「俺には、正直、レトが好き好んでやってるようには見えないんだけどな」
イチヤと出会ってから、レトは、常に冷淡な様子を見せていた。淡々と日々を過ごす。どんなときでも、冷たい無表情だった。イチヤに課題を出すときも。サウスウェストに侵略された村を、解放したときも。フロンティアに入ったときも。
レトがイチヤの前で表情を変えたのは、二度だけ。ハイドの歌声を聞いたときと、今この瞬間。
もしかして、と思った。レトは、皇帝や国王の命令に逆らえずに、この仕事をしているのではないか。逆らえず、嫌悪感を抱きながら仕事をするうちに、自分の感情を閉ざしたのではないか。自分の心を守るために。
イチヤの目の前には、今、裸のレトがいる。一糸纏わぬ姿。綺麗な肌。目を引く乳房。綺麗な顔立ち。元の世界から来た者なら興味を引かれるだろう、長いエルフの耳。くびれた腰。その下にある女性器。
男の欲望を満たせる体が、すぐ隣りにある。
仕事として差し出された体。
レトは、自分の腕で目元を隠したままだ。目元を隠したまま、ポツリと呟いた。
「お母さんを助けたいから」
「助けたい? 人質にでも取られてるのか?」
「ううん。違う。病気なの」
「その治療費のためにか?」
「……」
少し間をおき、レトは、横になったまま頷いた。
「まあ、そんなとこ」
今のレトの表情は分からない。声は、いつも通り淡々としている。涙声になるわけでもない。トーンが上がるわけでもない。
それでも。
イチヤは、少しだけ、レトという女性のことを知れた気がした。彼女の話に嘘はないだろう。声のトーンは変わらないし、表情は見えないが、いつもと雰囲気が違う。
レトは決して、冷たい女ではない。皇帝や国王の命令を淡々とこなす機械のような女でもない。
イチヤはレトを抱き上げた。突然のイチヤの行動に、彼女は「はっ?」と声を上げた。
イチヤはそのまま、レトをベッドの中央に寝かせた。裸の彼女に、布団を掛けた。
「何なの、いきなり」
いつもの冷淡な顔に戻って、レトが訊いてきた。
「明日から俺は、訓練だからな。馬の乗り方とか、戦術とか、色々やることがあるんだろ。もちろん、レトに手伝ってもらうことだって、たくさんあるはずだ」
「だから?」
「今日はもう寝る。お前も寝ろ」
言うとイチヤは、自分もベッドに寝っ転がった。キングサイズほどのベッドだ。二人で横になっても、十分過ぎるほどスペースがある。
イチヤはレトに背を向けた。
「じゃあ、おやすみ」
イチヤは、女性の前では勃起できない。それは精神的なものが理由であり、自慰行為は可能だ。もちろん、裸の女性を見たら性欲が沸き立ってくる。このままどこかで一人になって、レトの裸を想像して、オナニーをすることだってできる。
とはいえ、とてもそんな気にはなれなかった。レトを欲望の対象として見たら、彼女の尊厳を踏み躙ってしまう気がした。
ベッドの上で、衣擦れの音がした。レトが少し体勢を変えたのだ。
静まり返った部屋で、レトの小声が聞こえた。
「おやすみ」
※次回更新は4/25を予定しています。




