第十二話② リミテス・パスティオンとの対面(後編)
自分の推測が正しいか確認するため、イチヤはレトに訊いてみた。
「シュウがサウスウェストの召喚者に近付くまで、二人は、何か会話をしてなかったか?」
「そんな雰囲気はあった。周りの兵士達は剣を振るってるんだけど、あの二人は、自分に向けられた剣とか魔術を捌きながら、見つめ合ってたから」
「どんな話をしてたかは分かるか?」
「分からない。私は戦士型と違って、基本的に後方で戦うから」
戦士は剣が届く位置まで相手に近付き、攻撃する。遠距離攻撃ができる魔術師は、遠くから相手を狙い撃つ。当然ながら、戦士と魔術師は違う場所で戦うこととなる。もちろん、会話も聞こえない。
「そうか」
レトの返答に納得しつつ、イチヤはほぼ確信していた。シュウとサウスウェストの召喚者は、顔見知りだったはずだ。
「レト。もう一つ教えてくれ」
「何?」
「サウスウェストの召喚者は、女だったのか?」
「ええ。女の魔術師」
「なるほどな」
イチヤはさらに推測を立てた。シュウとサウスウェストの召喚者は、おそらく、元の世界で恋人か夫婦だった。あるいは、元恋人か元夫婦。そう考えると合点がいく。相手が恋人や妻だからこそ、シュウは油断した。
シュウが殺されてから、概ね半年。状況から考えて、ノース王国はよく持ち堪えていると思う。召喚者を殺され、戦力面でも精神面でも支えを失いながら。
「シュウが殺された後、サウスウェストは、一気に攻め込んでこなかったんですか?」
再びパスティオンの方に向き直り、イチヤは訊いてみた。
「……不幸中の幸いとでも言うんだろうかね。シュウが殺されるまでの被害は、ノースの方が小さかったんだよ。戦況自体はノースが押してたわけだからね。だからサウスウェストは、ノースに攻め込むために、国境だけじゃなく国内中央から兵を召集する必要があった。召集と軍の統制に時間がかかったから、本格的に侵攻を開始したのは、一ヶ月くらい前からだったんだ」
「なるほど」
うんうんと頷き、イチヤは質問を追加した。
「サウスウェストの召喚者は、ノース国内に攻め込んできてないんですか?」
「たぶんね。召喚者と断言できるほど強力な魔術師は、今のところ見当たらない。おそらくだけど、国内の守りに加わってるんじゃないかな? 数を攻撃に費やして、国内防衛は質を重視する、という感じで」
サウスウェストの思惑が、イチヤには概ね想像できた。
フロンティアを陥落できれば、ノース制圧のための拠点とすることができる。そうなって初めて、サウスウェストは、召喚者をノース国内に連れ込むつもりなのだ。フロンティアを墜とされたら、ノースは、サウスウェストに攻め込むどころではなくなる。サウスウェスト側は、防衛を意識せずに済む。
「パスティオン卿」
「なんだい?」
「俺はここに来るまで、サウスウエストに侵攻された村を複数解放してきました。それぞれの村にいたサウスウェスト兵を全滅させたわけではないですが、フロンティア侵攻の拠点にさせることは防いだはずです」
「そうか」
パスティオンは小さく息をついた。どこかホッとした様子だった。
「助かるよ。実は、混乱を避けるために、今の戦況はフロンティアの一般住民には伝えていないんだ。兵達にも箝口令を敷いてる。実際、街の中は、それほど混乱していなかっただろう?」
「ええ」
イチヤが立ち寄った鍛冶屋や食堂。公演に集まった人々。彼等は、何の不安に襲われることもなく、日々の生活を送っていた。城壁の外の緊張感など、嘘のように。
「サウスウェストの侵攻をなんとか食い止めているけど、完全に撤退させたわけじゃない。事実として、周辺の村に危害が及んでる。周辺の村を占拠できなかったわけだから、今度は、総力戦で勝負してくるかも知れない。もっとも、敵国の準備には、少し時間がかかるだろうけど」
いずれにせよ、フロンティアでの戦いは間違いなく起こる。パスティオンの推測が正しければ、敵国の召喚者がフロンティアの戦いに参加することはないだろうが。
では、フロンティアが陥落したらどうなるか。
結果は、火を見るより明らかだった。周辺の村が、残酷な結末を物語っていた。
「さっきも言った通り、俺は、ここに来るまで、いくつかの村を解放してきました」
「うん」
「サウスウェスト軍に侵攻された村では、例外なく、ひどい惨劇が起こっていました。男性は嬲り殺されていましたし、女性は、乱暴の末に殺されるか、正気を失うほどの大きな傷を心に負ってました」
「うん」
「もしフロンティアが陥落するようなことになれば、ここでも、同じような惨劇が起こると思います。しかも、人口が多い分だけ、より悲惨なことになるのではないかと」
「そうだろうね」
パスティオンは険しい顔を見せた。今の状況を、彼は、誰よりもよく理解しているのだ。
イチヤは背を丸め、パスティオンの方に身を乗り出した。
「だから俺は、フロンティアを守るために戦います」
暴力や謀略によって、傷付けられる人達がいる。自分のように理不尽に傷付けられる人を、これ以上見たくない。それだけがイチヤのモチベーションだった。何より大きい、イチヤの動機。
「でも俺は、この世界に来て、まだ単騎で戦うことしか学んでいません。ついでに、馬にも乗れません。集団戦の経験もありません」
元の世界で、イチヤは乱読家だった。軍記物の小説や歴史書なども読んだことがある。戦国時代や十字軍の戦いにおける戦略なども、頭に入っている。だが、ただ読むのと実際に戦うのでは、まるで勝手が違う。ましてこの世界には、魔術があるのだから。
「だから、サウスウェストが攻め込んでくる前に、できるだけ戦い方を学びたいです」
「それについては、この都市にいる兵達から学んで欲しい。馬術なら、レトが教えられるはずだ。彼女は馬の扱いも上手いからね」
イチヤはレトに視線を向けた。そうなのか?――と無言で訊く。
「まあ、あなたに教えられる程度には」
「それなら、明日からでも教えてくれ。戦術なんかは他の人達に教わる。もちろん、城壁の外でだ。サウスウェストがいつ攻め込んでくるか、分からないしな」
「ええ」
頷くと、レトはパスティオンに要望を出した。
「パスティオン様。聞いての通り、私達は、明日から城壁の外で生活します。ただ、これまでの旅の疲れもあるので、部屋を一室、ご用意していただいてよろしいでしょうか?」
レトの言葉に、イチヤは少なからず驚いた。平民であるレトが、侯爵であるパスティオンに対して「今晩はこの家に泊めろ」と要求したのだ。この世界の常識はイチヤには分からないが、身分の差から考えると、暴言に等しいのではないだろうか。
イチヤの驚きをよそに、パスティオンは当然といった様子で頷いた。
「もちろんだ。イチヤは、この国を守る要になる人物だからね。しっかり疲れを取ってもらわないと」
「……」
改めてイチヤは、この世界における召喚者の重要性を突き付けられた気がした。
パスティオンが、部屋の外に向かって声をかけた。
「誰か、控えてる人はいるかい?」
「はい」
部屋の外から、女性の声が聞こえてきた。
「ちょっと来てくれないか」
「かしこまりました。失礼いたします」
部屋のドアが開いた。
部屋に入ってきたのは、使用人とおぼしき女性だった。イチヤがイメージしているようなメイド服は着ていない。動きやすそうな布製のズボンに、長袖の服。その上からエプロンをしている。
「ご用でしょうか?」
「この二人を、空いてる寝室に案内してほしい。大事な客人だから、できるだけ広い部屋を」
「承知いたしました」
再度、使用人が頭を下げた。
使用人に指示を出し、パスティオンは、イチヤ達の方に向き直った。
「部屋への案内は、彼女がしてくれる。今夜はゆっくり休んでくれ」
「はい」
「ありがとうございます」
イチヤとレトはソファーから立ち上がった。使用人のもとに足を運ぶ。
パスティオンに要望を出すとき、レトは「部屋を一室」と言った。つまり、今夜は彼女と一つの部屋で過ごすということだ。
イチヤの事情を知りながら、それでもレトは、イチヤを癒そうとしてくれる。
それが、彼女の仕事だから。
使用人に連れられ、イチヤとレトは書斎を後にした。
※次回更新は4/22を予定しています。




