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第十二話① リミテス・パスティオンとの対面(前編)


 パスティオン邸内。


 イチヤとレトが通された部屋は、綺麗に整えられていた。日本の感覚で言えば、十二~十四畳くらいの広さだ。部屋の中央部に木製のテーブルがあり、その両サイドに革張りのソファーがある。奥には、机と椅子。椅子の背後に窓があり、金や銀の刺繍が施されたカーテンが閉められていた。


 部屋の両サイドには、ドレッサーやキャビネットがある。ガラス張りのキャビネット。ガラスの向こうに、皿やグラスが見える。


 壁にいくつか設置されたランプが、室内を淡く照らしていた。


 窓際の椅子に、一人の人物が座っていた。年齢は四十~五十くらいか。無精髭を生やし、長い髪の毛を後ろで束ねている。髪の色は茶色がかっていた。ドワーフの血が入っているのだろう。彼が、領主のリミテス・パスティオンらしい。


 パスティオンは椅子から立ち上がると、こちらに向かって歩いてきた。机の上には、書類らしき紙束がある。ここはどうやら、彼の書斎のようだ。


 パスティオンの格好は、とても貴族とは思えなかった。兵士が訓練で着るような皮の上下。タンクトップのように肩口が見える服。


 パスティオンはソファーに腰を降ろした。


「こんな服装ですまないね。どうしても、畏まった服装が苦手なんだ。だから、仕事に集中したいときは、落ち着ける格好をしていてね。まあ、バットラーには、身なりについてよく注意を受けるんだけど」


 パスティオンが苦笑交じりに言うと、バットラーは咳払いをした。


「まあ、立ち話もなんだから、そこに掛けてくれないか?」


 パスティオンが向かいのソファーを指し、座るよう促す。

 彼に言われた通り、イチヤとレトはソファーに腰を降ろした。


「案内ありがとう、バットラー。仕事に戻って大丈夫だよ」

「かりこまりました」


 一礼して、バットラーは部屋から出て行った。


 よそ者と主人を残して、出て行っていいのかよ――胸中でイチヤは呟いたが、すぐに思い出した。レトは、前召喚者もパスティオン邸に連れて来ていたのだ。つまり、少なくともレトは、パスティオンやバットラーにとってよそ者ではない。


「さて」


 パスティオンは背中を丸め、上半身を少し前に乗り出した。


「レト。前回といい今回といい、召喚者の案内、ご苦労だったね」

「いえ。仕事ですから」

「それと――」


 パスティオンはイチヤに視線を向けた。


「――君が、今回の召喚者なんだね?」

「はい」

「知ってると思うけど、僕はリミテス・パスティオンだ。パスティオン家の現当主で、この国境付近一帯の領主でもある。同時に、周辺の軍の管理もしている」

「存じてます」

「それで、君の名は?」


 イチヤは、パスティオンに対して軽く頭を下げた。


「イチヤと申します。半年ほど前に、この世界に召喚されました」

「そうか。助かるよ」


 どういう理由かは分からないが、召喚者は、一国に一人しか存在できない。現在の召喚者が死ぬことで、次の召喚者を呼ぶことができる。


 イチヤが半年前にこの世界に来たということは、半年ほど前に、前召喚者が戦争で死んだことを意味する。もちろん、その内容も皇帝ロキやレトから聞いていたが。


「それでは、イチヤ」

「何でしょう?」

「君は、この国の現状について、どの程度聞いているんだい?」

「そうですね――」


 イチヤは顎に手を当てた。今まで聞いたことや経験したことを、思い浮かべる。頭に浮かんだ内容を、パスティオンに伝えた。


 イチヤの前の召喚者は、シュウという名前だった。本名か偽名かは知らない。

 シュウは軍を率いて国境の川を渡り、サウスウェスト領内に攻め込んだ。最初に狙ったのは、国境から三キロメートルほどの場所にある、サウスウェストの大都市フロンテーラ。

 川を渡る際の戦いで圧勝したノース軍は、勢いに乗っていた。このまま、フロンテーラも制圧すると思われた。

 だが、シュウが、サウスウェストの召喚者に殺された。敵国の召喚者は、凄まじいほど優れた魔術師だという。


「――と、まあ。俺が聞いてるのは、こんなところです」

「そうか」


 パスティオンは小さく溜め息をついた。


「じゃあ、僕から少し補足させてもらうよ。とはいえ、イチヤが言った通りで概ね間違いない」


 パスティオンの話によると、前召喚者のシュウは、凄まじい力をもった戦士型の人族だったそうだ。だからこそ、国境の川を渡る際に圧勝を収め、勢いに乗って敵国に攻め込むことができた。


「でも、たぶん、それが駄目だったんだろうね」


 パスティオンは額を押さえた。


「聞いてるかも知れないけど、フロンティア付近のデルパイース川は、国境付近で唯一といっていいくらい、川幅が狭くて浅いんだ」


 川幅は概ね二十メートルから四十メートルほど。深さも、せいぜい一メートル。敵の邪魔さえなければ、歩いて渡ることも可能だ。


「だから、ノースもサウスウェストも、この国境での動きには敏感だった」


 両国とも、相手国の動きを警戒していた。見張りのための待機所を複数建て、常に兵士を常駐させていた。敵国の兵が渡ってこようとしたら、川の水に足が取られているところを、魔術で狙い撃ちにした。


「でも、シュウは、強引に川を渡ることに成功した。敵国の魔術師が無数に放つ魔術を、ことごとく剣で切り落とした。川を渡りきって、国境の警備をしていた敵国の兵を壊滅させた。正直、そんなことができるなんて思っていなかったから、驚いたよ」

「……」


 深さ一メートルの川を歩いて渡ることは、川の流れが速くなければ可能だろう。馬で渡れば、より安全性が担保できる。


 しかし、川を渡っているところを魔術で狙い撃たれるというなら、話は別だ。


 仮に、国境を守る敵国の魔術師が百人ほどいたとする。その人数が撃ってくる魔術を自分の剣で完全に捌ききることが、どれほど難しいか。野球のバットで、無数に投げられる球をことごとく打ち返すようなものだ。


 シュウはそれを実践した。国境を渡り切り、敵国の見張りをことごとく斬って捨てた。


 元の世界からこの世界に来た人間は、能力が飛躍的に上昇する。戦士型なら、元の世界での能力をベースに、各種の身体能力がそれぞれ三倍ほどになる。


 シュウは、間違いなく、元の世界でもかなりの身体能力があったはずだ。先天的に運動能力が優れた人間だったのか。もしくは、アスリートだったのか。いずれにせよ、イチヤよりも遙かに身体能力や運動能力が優れていたのは確かだ。イチヤは、元の世界では、運動能力も身体能力も人並みより大きく劣っていた。


「シュウの強さに、軍全体の士気が上がった。だから、大した策も練らずに、一気にフロンテーラに攻め込んだ」

「無策で攻め込んで、結果、負けた――と」

「ああ。なまじ能力が高いだけに、駄目だったんだろうね」


 自分の力にどれほど自信があったとしても、戦いとは相対的なものだ。どれほど強くても、相手の方が強いかも知れない。あるいは、策で上をいかれるかも知れない。結果、負けることになる。


「それほど強いシュウが負けたってことは、サウスウェストの召喚者は、圧倒的に強いってことですか? それとも、力の差を覆すほどの策を練られたんですか?」


 イチヤが聞くと、パスティオンはレトの方を向いた。

 レトは無言で頷いた。イチヤの質問に答える。


「シュウが殺されたところは、私も見てた。周囲で兵士達が戦ってる中で、シュウはなぜか、サウスウェストの召喚者に、無防備に近付いたの。剣を構えるでもなく」

「それで、殺された?」

「ええ。ある程度近付いたところで、いきなり火の魔術を食らった。ほとんどの魔術師には不可能なほど、大きな炎だった。一気に火だるまになって、藻掻きながら黒焦げになってた」

「……」


 レトの話を聞いて、イチヤは、一つの可能性に辿り着いた。シュウとサウスウェストの召喚者は、元の世界で顔見知りだったのではないか。それも、シュウが無防備になってしまうほど親しい間柄。


 けれど、サウスウェストの召喚者は、あっさりとシュウを裏切った。結果、殺された。


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